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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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91 父の来訪4

 カートが自分の顔を一瞥する。この客室で父親と2人きりになるということだ。

 本当は嫌でたまらない。

 それでもティスは頷いてみせた。

「ええ、もちろん。では、私は席を外します」

 笑顔を作ってカートが席を立った。そして客室を後にする。

「エスト様は人を惹き寄せる。つけておけば、大物が釣れるとは思っていたが」

 カートの背中を目で追って、姿が見えなくなり、父が口を開いた。まるで娘に向けるものとは思えぬ、値踏みするような視線だ。

「まさかラデンの狂戦士にお前が見初められるとはな」

 口の端を父が吊り上げた。もしかしたら笑顔のつもりなのかもしれない。

(嫌な笑顔)

 ティスは嫌悪感を抱いてしまう。

 密偵代わりに自分をラデン王国に送り込んだつもりでいるようだ。

 それが分かっていたから、ティスはラデン王国の現状など、この父親には何も報せていない。良いように使われるのなどごめんだ。

「私にとっても、嬉しいことです。とても素敵な御方で、大事にしていただいております」

 可能な限りたおやかな笑顔を作って、ティスは応じた。 

「小娘のようなことを言うな。言いたいことは分かっているだろう?まして、このまま妻にしてもらえるとでも?男爵家の小娘が?他国人でありながら?良くて妾、悪ければただ捨てられるだけだ」

 実の娘に向けたとは思えない言葉を、父のメルンスト男爵が吐き捨てた。

 この父親の中ではティスの評価は昔から高くない。詰られた記憶しか無かった。父親らしいことなど、してもらえたことも無い。

(確かに私は密偵としては気が回らない。性格も、向いてない)

 こそこそと探りまわるようなことが、昔から苦手で嫌いだった。

 エストに付けられてからも、何の情報もあげられなかったことで、父の覚えが悪いことも見え透いている。

「カート様は誠実な御方です」

 ティスは皮肉たっぷりに返す。

(貴方とは違う。私のことなんて頭ごなしに何も認めてくれない人とは)

 ここは言葉にして口からは発しなかった。

 あまり父親に多くをさらけ出したくはない。

「弄ばれて終わりだ。お前は、我が家の出自にしては珍しく、多少、双剣を使える。今はもの珍しさにチヤホヤされて、良い気になっているだけだ」

 やはり父の中では自分の評価は低い。

 カートがどうの、ではなかった。ティス自身に価値が無いから捨てられるのが既定路線、という論法だ。

 ティスは冷ややかな眼差しを正面から受け止めた。

「カート様は、そんな御方ではありません」

 自分の感じたままをティスは告げた。

 ここまで間違いなく大事にしてもらえたと思う。呆気なく惹かれてしまったのは、それだけ尊重してもらえたことが嬉しかったからだ。

(お父様からは、向けられなかった、温かさだから)

 ティスは自分の気持ちについて、動きをそう解釈していた。

「ふん、絆されているな。案の定、予想通り、いや、予想より下だ。お前は知らんのか?カート・シュルーダーといえばラデン王国軍の頂点。女王リオナの想い人ではないか」

 馬鹿にした顔で父が言う。

「存じております。確かに女王陛下はカート様にご執心のようでしたわ」

 負けじとティスは言い返す。

「はっ、愚かな娘だ。恥知らずめ。女王よりもお前のほうが勝っていて。カート・シュルーダーに想われているとでも?」

 嘲笑された。父親だから何を言っても許されるとでも思っているのか。

 ティスはカァァッと身体の内側が熱くなるように感じた。

「我が娘ながら、これは傑作だ。自分の方が女王よりも選ばれると思っている。それも本気で」

 乾いた笑い声を父が喉の奥から発した。

 耳障りな笑い声が不快でならない。

 ティスは無言でただ耐えた。言いたい人間には言わせておく。

 他に何が自分に出来ると言うのか。

「馬鹿なことを言っていないで、カート・シュルーダーに気に入られている内に、軍の内部にもっと食い込め。そうすればラデン王国軍を丸裸に出来る」

 不意に不穏な言葉が父の口から発せられた。

(え、ラデン王国軍を探るの?それが、なぜエルニス公爵家のためになるの?)

 ティスはむしろ違和感を覚えた。

「良いか。捨てられる前に、もっと現実的な別の男に取り入れ。どうせお前などカート・シュルーダーにとっては一時の遊びだ。現実を見ろ」

 父親が一方的に言葉を並べ立てる。

 こんな父に育てられたから、自分はかえってカート・シュルーダーに惹かれたのだ。

 分かりやすい好意を向けてくれて、周囲の目も憚られぬような寵愛を与えてくれる。

「嫌です。お帰りください。そして、2度と私の前に姿を見せないでください」

 自分はラデン王国で生きるのだ。ティスはカートに目をかけてもらう内に心に決めていた。

(そう、たとえ、この父の言う通り、いっときの迷いでカート様が私を目にかけてくださっているのだとしても)

 ティスは腹に力を込める。気持ちで少なくとも負けない。

「我が国は大変な状況だ。魔獣の襲来は絶えず。とうとうアーノルド閣下も負傷された。では、もしお前の言うとおり、誠実な人柄で言うことを聞かせられるのなら、せめてカート・シュルーダーを動かして、ラデン王国軍も動かせ」

 挙句の果てに吐き捨てるように父が言い放つ。無茶な要求だ。

 ティスは口を開いて拒絶しかける。

 そこへ急に部屋の扉が開かれた。

「全部、聞こえておりました。メルンスト男爵?御父上とはいえ、私の恋人を悪しざまにおっしゃるのなら、この屋敷には出入り禁止です」

 カートが入ってくる。

「私は耳が良い。この屋敷でどれほど密やかに会話をしようと聞こえてしまうのですよ」

 肩をすくめて更にカートが言い加える。

 父の顔が変わった。

(じゃあ、ルルとかとの会話も全部聞こえていたってこと?)

 ティスとしても恥ずかしいこと、この上ない話なのだが。

「ティス殿の父上を無碍にしたくはありませんので」

 カートに促され、父が屋敷を後にするのであった。

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