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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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90 父の来訪3

 父に対して来訪を承諾する旨の手紙をティスは送ることとした。執事のオルドリッジに頼み、出してきてもらう。

 

(あまり、会いたい相手ではないのだけれどね)

 ティスは屋敷で敢えて何もせずに過ごすこととしていた。

「いずれ、ご挨拶を、とは思っていましたがね」

 返事を書いた7日後の夜半、穏やかな笑顔でカートが部屋を訪れてきた。

 日中にはいつもどおりエイトンを駆け回らせていたのだが、打って変わって自分には優しい。

「本当に急なことで、しかも、父が図々しいお願いをしてしまい、申し訳ありません」

 ティスは頭を下げる。

 おそらくは何事かを探りに来るのだ。あまりに見え透いていた。

 来訪する、というだけでも、あの父には立派な目的となり得る。

(いっそ、しくじってカート様に打ち倒されちゃえばいい)

 密かにティスは思ってすらいた。

「むしろ、こんな僻地に来られては、愛想を父君に尽かされるのでは、と危惧しておりますよ」

 声を上げてカートが笑う。

「私の父など大したものではありません。出入りの業者の方よりも酷い扱いをしていただきたいぐらいですわ」

 ティスは横を向く。所詮、男爵家の当主に過ぎない。

「ティス殿の御父上です。そういうわけにもいきませんよ」

 はっきりと破顔してカートが言い切った。

 楽しくてならないという顔だ。

(本当に実力のある人からすれば、確かに私の父なんて、そう警戒の要る相手ではないのかもそれないわね)

 ティスは思い直すこととした。

 それから他愛もない話を少しして、カートが自室へと戻る。

 予定通り、メルンスト男爵が屋敷を訪ったのは、翌日の昼前だった。

 中肉中背、白髪の混ざり始めた黒髪を短く刈り込んだ、気難しい顔の男性だ。いつもどおり、目つきが険しい。

 無表情なまま応接室に通されて、自分とカートを待っていた。

 ティスの記憶と変わらない風貌だ。

「お初にお目にかかります」

 カートがにこやかに挨拶をする。

「ジェムズ・メルンストと申します。娘がご厄介になっていると風の便りに聞き、粗相がないか確認に参りました」

 無表情なまま、しかし、恭しく父のメルンスト男爵が頭を下げる。

 最初から自分を謗るような口振りだ。粗相があると決めつける言葉である。

 カートの眉が早速ピクリと動く。

「ご息女のティス殿は素敵な女性ですよ。お父上もさぞやご自慢であろうと、出会ってから思い続けております。私は共に過ごせて果報者ですよ」

 真っ向からカートが父の懸念を砕きにかかった。穏やかな口振りだが、腹を立ててくれているとティスにも分かる。

「腕力ばかりを鍛えているような娘でした。行儀作法を最低限、学ばせようとしたところ、無茶な聖女様を諌めることも出来ず、他国へ出るような娘ですので」

 メルンスト男爵が頭を下げたまま告げる。

「では、国外追放が身に沁みて、マシになったことで、閣下の目に止まったのでしょうか。父親としてはそう思えてならない娘ですので」

 ここまで告げてメルンスト男爵が顔を上げた。

 いつもと変わらない。娘を巡って、隣国の軍人では頂点のカートと言い争いになっているのだが。

(それでいて、目と耳と頭は多分、よく動いている)

 ティスは父親から目を離すまいと決めていた。

 娘の自分も躊躇なく利用する。考えているのは自分の幸せなどではない。主家であるエルニス公爵家の安泰だけだ。

(それはそれで、本当は立派なのかもしれないけれど)

 少なくともティスにとっては、何の恩恵もない。

「それは、お父上の養育と教育の賜物ではございませんか?であった時から素敵な女性でしたから」

 臆面もなくカートが自分を褒め讃える。さりげなく肩を抱き寄せてきた。

「親としては普通のことしか致しておりません。私としても、娘に対して誠実にして寛大な対応をなさる閣下の御姿を目の当たりとし、安心いたしました」

 父が自分を見つめてきた。何か探るような眼差しだ。

(方向転換してきたわね、本当にいつも、嫌な感じ)

 ティスはかえって、心のうちでの警戒を強める。

 とりあえず自分を謗ることで、カートがどの程度、ティスに執着しているかを測ったのではないか。

「それは、お父上にとっても、大切なご息女でしょうから。私が勝手に魅了されているだけなのかもしれませんがね」

 堂々とカートが言い放つ。

(カート様ぐらい、お強いと、父の小細工なんて、最初から無いも同然なんでしょうね)

 ティスはまるで父に対して警戒をしていないカートを見て思う。

 いざとなれば実力で何を弄されても正面から粉砕することが出来るのだから。実際に向き合ってみて、カートとしては警戒に値しない脅威でしかないのだろう。

「カート様、あまり手放しでお世辞を仰られても、私、恥ずかしくてなりませんわ」

 ティスはカートの右腕を抱き、上目遣いに告げる。

 露骨に惚気る姿を見せるのは父にとっても予想外のはずだ。

(だって、父は私が魅力の無い人間だと思っているんでしょうから)

 ティスはそう考えていたのだが。少し違ったのかもしれません。

「なるほど、思いのほか、目をかけていただき、娘も懐いておりますな。では、閣下、少々、娘と。親子の会話をさせてはいただけませんか?」

 挙げ句、父からは嫌でたまらない提案をティスはされてしまうのであった。

 





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