88 父の来訪1
ある日、巨漢を連れてカートが帰ってきた。
いつもの見回りに加えて、山賊の砦を1つ、物理的に潰してきたうえに、更には魔獣である怪鳥も一羽、仕留めてきたらしい。
『さすが旦那様です』と執事のオルドリッジも賞賛してやまなかった。
(凄い人なのよね、本当に。そして、私は恋人として受け入れてもらえている、のかしら?)
改めてティスは思うのだった。自分という人間が凡庸に思えてならない。
それから更に3日が経過している。
「閣下、今日の俺の仕事は」
連れてこられた巨漢のエイトンが朝食を終えた席に突撃してきた。
カードやパターガーらと同じく黒い服を着込んでいる。カートに聞くと将来的な腹心の候補ではあるらしい。
だが、今のところは新人という扱いであり、顎でカートに使われている。
「ボヤボヤしてないで、つべこべ言うな。とっとと盗っ人の一人でも叩き潰して来い」
カートがとんでもない理不尽を言う。本当に口答えも反論も許さないという言い草だ。
(部下にはとても厳しい御方なのね)
思うもティスとしても、軍務のことはまだ分からない。とりあえず静観していた。
「捕らえるのでもなく、叩き潰すのですか?」
当然の疑問をエイトンが言葉に出した。誰しもが抱く疑問だろう。法律の裁きの前に、物理的に叩き潰せと軍の頂点が言うのだから。
「俺がお前にしたことを忘れたのか?」
ジロリとカートがエイトンを睨む。
(普通、逆ではありませんか?)
ティスは聞いていて思う。何か粗相があったから、それを理由に言うことを聞かせるのが普通ではないのか。
「分かりました、行ってきます」
しかし、なぜだかエイトンも納得して走り去る。
(しかも、なんでか、あのエイトンさんも真面目)
もう4日目になるのだが、ここ3日間、毎日きちんと叩きのめした泥棒を担ぎ込んできていた。
「なかなか、良い拾い物をしました」
満足気にカートが言う。
「無茶振りしても、あまりグズグズ言わない。あれがクイッドだと法律がどうのとしつこいし。パターガーは働かせ過ぎているから、こっちの気が引ける」
ちょうどいい部下が手に入ったということらしい。
「あの御方は?」
ティスは4日目にして、ようやく尋ねる事ができた。紹介もしてもらえていない。
「あの男はティス殿に『あの御方』と。そんな丁寧に仰っていただくべき者ではありません」
紹介されなかったのは、カートの中でエイトンが紹介に値しなかったかららしい。
(カート様の中で、私はどんなお嬢様になっているのかしら)
思わず疑問に感じて、ティスとしては、こそばゆくもなってしまう。
「まぁ、奴は山賊の真似事をしようとしていたので、事前に叩きのめして連れて参りました」
事も無げにカートが答える。
(事前に叩きのめせば、そのまま部下にしても良いってこと?)
一旦は処罰するべきではないだろうか。
エイトンを連れてきた直後に、いろいろと手伝わされていたオルドリッジの姿をティスは思い出す。
(オルドリッジさんが事務的なところでは骨を折られたのね)
あまり度を超えるとそれこそ、女王リオナに介入されるのではないか。
「あまり、危ないことはしないで下さいね。どんな人にだって、死角はあるんですから」
ティスはそっとカートに歩み寄って告げる。
強いのは立ち振舞や戦闘を見ていればよく分かるのだが、無敵の人間などいないという意味で告げた。
「俺に死角は無いのですよ。ですが、ティス殿を心配させたくはありませんね」
カートが微笑んで告げる。
死角の有無を論じることになるとは思わなかった。
(私も言い方は下手だったけど)
戦う時には気をつけて、ぐらいの言葉で良かったのだ。
(でも、死角が無いって、そう言い切れるのは何でなのかしら)
ティスとしては首を傾げてしまう。
「少しでも、俺自身の負担を減らしたくて、ああいう手合いを見つければ拾うようにしているのですから」
笑ってカートが更に加える。
言われてみれば、確かにその通りなのであった。現にいつも実施している見回りを、ここ数日、エイトンに押し付けている格好だ。
「でしたら、私も次は連れて行ってくださいませんか?お役に立ちたいですし、勇んできたのに、私、このお屋敷で、寛がせてもらってばかりで」
気が引けるのだった。大事にされているということは、素直に嬉しいのだが。
(胸を張って、女王陛下に負けない、隣にいるのが相応しいと思ってもらうためには)
ティスはふと実家のことを思い出す。
短剣術に優れていた。密偵としてエルニス公爵家の郎党である実家では、自分は少し異端だったと思う。
(だから、お父様の評価は低くて、捨てられるみたいにエスト様につけられた)
エストについてラデン王国に行くとなった時も、父からの指示は何もなかった。
期待されていない、と暗に伝えていたのだとティスは感じたものだ。
「ティス殿の実力は存じておりますよ、ただ、一方でつい、甘やかしたくもなる。私にとっても予想外でこの心情を持て余しているのですよ」
どこまでも甘く、カートが自分を肯定してくれる。
「私が、そんなカート様のお役に立ちたくて」
それでもティスは告げるのだった。




