132 女王の帰還を受けて尚2
「北の大国ヘンリクとの交易路が通っている地帯だから、蔑ろにも出来ないのよね」
エストの頭にはラデン王国と周辺国の地図が入っていた。
(ていうか叩き込んだ)
苦い思いをエストは押し潰す。
基本的な事項には許諾の決裁を下しつつ、エストは数点を保留とする。
「お勉強、すんごい出来るんですね。私なんかラデン王国で生まれ育ったのに、そこまで詳しくは知らないです」
レビアが無邪気に感心している。
「人間は普通ね、要らない知識は忘れるように出来てるの。あんたにとっては要らない知識ばかりなんだから、別にそれでいいのよ」
知らない、ということを責めるべきではない。
レビアの場合は護衛なのだから、危険を察知して対処する力がしっかりあればそれでいいのだ。
「綺麗で頭良くて、おまけに優しいだなんて。恋敵になられたら、怖いです」
今度は勝手にレビアが怯え始める。
「大丈夫。あたしはパターガーさんにこれっぽっちも興味は無いから」
素気なくエストは宣言しておく。
(だって、顔が怖すぎるもの)
口には出せないことも思う。
「あんなに素敵なのに」
レビアが口を尖らせる。この娘は自分にどうしろというのだろうか。
「それで言い寄ったらあんたに警戒されるんでしょ?」
うんざりしてエストは告げる。
「そんな、女王陛下じゃあるまいし」
レビアがニコニコと笑う。
おそらくはなんとなく、エストは似たようなことをこの少女もしそうだと思った。
「はぁ。とりあえず休憩」
エストは高らかに宣言した。
確かに勉強も嫌いではないうえに、嫌というほどしてきた自覚はある。
(上手くやれてるんだとしたら、それはお勉強のおかげだけではないと思うのよねぇ)
エストは大きく伸びをして思う。
だが、そもそも勉強と仕事で必要となる才覚は別であるもエストは思っていた。
「ちょっと、小腹が空いたわね」
そしてポツリとエストは呟く。ずっと頭を使っていると糖分が欲しくなる。
厨房に行けば何か貰えるかもしれない。エストは立ち上がる。
「分かりましたっ!何かもらってきます」
しかし、自分よりも遥かに速くレビアがドアへ駆け寄り、そのまま消えてしまった。
「いや、私も散歩がてら厨房に行きたかったのに」
エストはポツリと呟く。
窓辺によって、今度は街並みを眺める。
(全く、デズモンドの奴と喧嘩しながら、陛下に押し付けられた政務をこなしてきたのが、こんなとこで役に立つなんてね)
エストはほうっと1つ息を吐く。
口を開けば2人とも罵り合ってばかりだった。デズモンドも無能ではないから、2人で力を合わせれば作業はグンと早く進んだものの。2人とも退くということを知らないので、罵り合いがある前提で、ともに行動していた。
広大なバール帝国とラデン王国とでは、当然、随分と状況が違うのだが。
(女王陛下が文官をきっちり育ててるから、私なんかでも務まってるだけなんだけどね。これがあの、カートさんって人と結婚したいためなんだったら、ちょっと引くわね)
エストは軽く体操して体をほぐす。
コンコン、とノックの音が響く。
「聖女様、カート・シュルーダーです。少々、よろしいでしょうか」
落ち着き払った声が告げる。
すぐには扉を開けようとしないところが、本人の慎み深さをよくあらわしていた。ただきちんとした用件なのだろう。
(あしらうわけにもいかないか)
ティスの想い人である。複雑なので手放しで会いたい相手ではない。
エストは椅子に戻る。
「どうぞ」
エストは姿勢を正して告げる。
「では失礼します」
いつもどおりの無表情で、カート・シュルーダーが足を引きずって入ってきた。黒いラデン王国歩兵隊の制服に身を包み、右手には黒い仕込み杖を持つ。
「ご無沙汰しております。女王陛下の代役をも務め上げられるとは、聖女様の才覚は私の想像を遥かに超えておられる」
淡々とまず、カート・シュルーダーが褒めてくれた。
ランパートの森でのことがあって、あまり良い印象は無かったが、カートからは特に屈託は無いらしい。
「急に仰せつかって、私もこう見えて必死なんですよ。新天地で国民の方達に迷惑をかけたくありませんし。私としては陛下に早く復帰してほしいのが本音ですね」
笑ってエストは告げる。
まだ来た理由は分からないが、喧嘩をしに来たわけではないらしい。
「そうですね。困ったものです。陛下は体調が優れないとか」
しれっとカートが言う。
(誰のせいだと思ってるのかしら?)
エストは思うも、女王リオナの恋が成就した場合、失恋するのは自分の侍女なのだ。
しかし、自分の侍女の恋が成就した場合、失恋するのはラデン王国の女王なのだ。最早、どうなるのが正解なのかも分からない。
「まぁ、大病ではないみたいですし、すぐに復帰されるのではないですか?」
エストは軽く言い放つのであった。




