131 女王の帰還を受けて尚1
「聖女様っ!少々よろしいでしょうかっ!」
文官テスロが王宮内の客室に飛び込んできた。
もういろいろと諦めて、聖女エストは王宮内で過ごすこととしている。その方が何かあったときに対応しやすいからだ。
(そ、つまり、文官が飛び込んでくる、まさにこんなとき)
待遇は悪くない。極めて丁重に扱われている。
本気で女王リオナの代わりとして、自分は扱われているのだった。
(もともとそんな話はあったけど、それでも屋敷にいたのよね)
エストは書見をしているところだった。
中断してテスロを見る。小太りの気のいい男だ。有能でもあるが、それ以上に小さな手間をいとわないところが、王宮内では重宝されている。
「よろしくないけどなぁに?」
弱冠16歳の小娘に過ぎない自分に何を訊きたいと言うのだろうか。
内心うんざりしつつも、事情を理解しているので、エストは笑顔を作って向けた。
「北西部の山間に暮らす者たちから嘆願書が纏まって届きまして」
文官テスロが気まずげに書類の束を渡してくる。
(どうなってんのよ、まったく)
エストは心の内でボヤく。
ちょうどラデン王国北西部の情勢についての資料を読み込んでいたところだ。
バール帝国に近い東部とは異なり、雪の降ることもある寒冷地帯である。小まめに連携を取ることの出来る距離ではないため、纏って報せが届くのが慣例となっていた。
「分かったわ。目を通しておく」
エストは快諾して受け取る。
安堵した顔で、文官テスロが帰っていく。自分に任せておけば安心だ、と思っているかららしい。一度、本人に『その表情は?』と尋ねてみたのだ。
(ていうか、いつまで、私は女王陛下の代わりをやんなくちゃいけないのよ)
エストは早速、嘆願書に目を通し始めて思う。
実は既に南部の都市エフローから女王リオナが帰ってきている。
「あそこは乾燥帯で独特。そして、代々、狂戦士が治めてきた場所なのよね」
当代ではカート・シュルーダーだ。
(つまり、他国からすれば、エフローの領主を把握しておけば、誰が狂戦士なのかが分かるという)
自分の場合はあくまで、バール帝国の時にはあまり把握する必要のない情報だった。だから知らされていない。
「例年あまりまともに統治されていない地域だったみたいだけど、カートさんは例外みたいね」
賊徒やゴロツキ、移民を尽く叩きのめして、ある種の恐怖政治を敷いているようだ。
「あの地域に限っては、それが有効、か」
ポツリとエストは呟く。
力がモノをいう土地柄ならではだ。
「あそこにはあまり、手を入れなくてもしばらくは大丈夫そうね」
呟いていて、一体、自分は何をしているのだろうかといぶかしくなる。そして実はエストはこの部屋に一人でいるわけではない。
「エスト様、すごいです。まるで女王陛下が良い人になって若返ったみたいです」
どういうわけだかティスの代わりに、女王リオナの護衛レビアがくっついているのだった。
紫色の髪と同色のクリクリと大きな瞳が愛らしい。エストの淡い紫色とは違い、鮮やかに濃いので、愛玩動物のような印象を受ける。
「どんな風にしてきたら、こんな無茶振りをされてるのに、笑いながら捌けるんですか?」
同い年のレビアがキラキラとした眼差しをむけてくる。
女王リオナや自分とは違い、傍においておけば癒しを与えてくれる愛らしさだ。これはこれで、他の者には真似ができない。
「私はどうすれば、あんたみたいに可愛くなれるのかを聞きたい」
仏頂面でエストは返す。
勝負をしたわけでもないのに、負けた気分だ。
「えっ!エスト様の方が断然、お綺麗ですっ!そんな見え透いたお世辞はおやめくださいっ!」
すっかり懐かれてしまった。思うままにレビアが言葉を返してくる。
どこまでも本音で話してくるのでエストとしては時折、返す言葉に困るのだが。
「あたしは、可愛くて羨ましいと言った」
書面に目を向けたままエストは告げる。
綺麗かどうかであれば、これまでの人生経験等から考えるに自分もレビアには劣らないのだろう。謙遜する方が失礼になることもあるとも学んだ。
だが、人柄や仕草の愛嬌など、他人には真似できない要素がある。
(ま、あんたは引き続きパターガーさんにその魅力を見せ続けていれば、いつかは落とせるわよ)
聖女らしからぬ下世話なことをエストは思うのであった。
楽しそうなレビアを尻目に、エストは書面に視線を落とし続ける。
冬季の雪害対策や閉ざされるがゆえの備蓄状況への対応を迫られていた。
(毎年、女王陛下が裁可されているようだけど、毎年、状況は変わるものね)
前年の対応では困ったところを並べ立てている。
それこそ雪かき用の人員や道具の手配なども事細かに書かれていた。
「少し、過去資料を当たって、去年までの事例を参考にすればいいか」
前例があるというのは最大限に活用したい。
エストは資料室を訪れることを決意しつつ、また次の案件へと移るのであった。




