130 鬱屈する白銀の騎士2
いつもお世話になります。ストーリーを進めるにつれて、アーノルド閣下が重症となってしまいました。
「そんなアーノルド閣下が真面目に思われている中で、私たちは盗賊なんてしていた馬鹿者を捕縛して参りましたの」
たおやかに、それでいて皮肉たっぷりにアニスが告げる。婚約者デズモンドには気づかれていないようだが、声の中には硬く冷たいものがギラついていた。
(私がエスト様を迎えにあがらないのが、そこまで気に入らないというのか)
流石にアーノルドも苦笑したくなる。
どうやら挑発されているようだ。
「なんと、盗賊の成敗までお二人に押し付けていたとは、面目次第もありません」
しかし、本当に申し訳ないことなので、芝居の必要もなくアーノルドは頭を下げることが出来た。
2人の後方でぐるぐる巻に縛り上げられているのが、捕らわれた盗賊だろう。
「アーノルド様が動けなくなった隙をついて、地方軍の部下たちまで扇動して」
どこまでも焚きつけるようなアニスの口調である。
起こる悪いことの全てが、エストを奪いに行かない自分のせいだとでも言うのだろうか。
(だが)
地方軍とはいえ、軍から不届き者を出した自分の不甲斐なさに間違いはない。
アニスの意図とは裏腹に、普通に自分の失態なのだ。
「しかも、ラデン王国を襲撃していました。これはあちらの軍部が出張ってくれていて。それで分かったことですけど。情報の遅さも恥をかくこととなりましたわね」
更にアニスが言う。
「アニス、それを言われると私も恥ずかしい限りだね」
デズモンドが苦笑いして口を挟む。
「あら、失礼しました」
またアニスがデズモンドに身を寄せる。
仲睦まじい限りで羨ましい。
ラデン王国。エストのいる。穏やかに暮らしているはずの国だ。
もし、巻き込まれていたなら。
「では、即刻、首を討ちましょう」
自分でも驚くほど過激な言葉を口走ってしまった。ラデン王国の名前を出した、アニスの思惑通りである。
アニスがニタリと笑う。
「君らしくないな、アーノルド。いきなりなんてことを言うんだ」
デズモンドが驚いている。
「処断はするが、まずは裁判と陛下の許しを得て、だよ。国際問題だから軽く済ませるつもりはないが、順番はきちんと踏む」
当然の対応をデズモンドから説かれた。
確かにいつもの自分ならば、まず間違いなく言うはずのない、そんな言葉だった。
「いえ、その、それほどに許しがたい暴挙ゆえ、血が湧いてしまいました」
アーノルドは苦しい言い訳をした。
まさか盗賊に苦しめられるエストを想像したなど口が裂けても言えない。
「確かにラデン王国は友好国だからね。そちらへの略奪など、我が国の威信にかけても許せない。確実に処刑となるよ」
なだめるようにデズモンドが言う。
悪気が無い人物であることはよく分かっている。
(だから、我が国の威信にかけて、なぜ聖女エスト様を追放してのですか。しかも手切れ金などと金まで払って)
内心で長ったらしい不満が文章化された。
自分はどうしてしまったというのだろうか。
(いや、そもそも私が本当に言いたいことは何だ。何をどうしたいというのだ、私は)
アーノルドは自分自身に戸惑っていた。
「まったく、もう」
アニスが下馬して近寄ってくる。
自分が困惑している間に、デズモンドも近衛兵から何かしらかの報告を受けていた。何やら言葉を返していて、自分とアニスには目もくれていない。
その隙をついてアニスも接近してきている。
何事かを言うつもりだ。それも決定的な。アーノルドは身構える。
「ケガは治ったようですけど。病気は悪化したみたいですね。いい気味ですわ。臆病者が受ける報いとしては」
剣呑な口調を隠そうともせずにアニスが言い放つ。なかなかに毒を含んだ口調だ。
敵意を剥き出しにするほど、義姉への思いが強いのはアニスの方ではないか。
「何のことですか?」
アーノルドは逆に訊き返してしまう。
途端にアニスの目がすうっと細くなる。
「お義姉様を評価しなくて、破談して追放してしまったのは、他ならぬデズモンド殿下ですけど」
身を離してアニスが言葉を切った。
「殿下はぶれていませんから。一貫していて。憎めないお人柄で。最後までお義姉様を追放したこと、後悔なさらないのでしょうね。そのせいで受ける苦労もまた、受け入れるんでしょう」
とつとつとアニスが言葉を並べる。
「愚かだとは、感じます。でも、なぜかしら?殿下よりも私、アーノルド閣下の方を許せないんですよね」
かつてなく冷たい口調でアニスが断言した。
理不尽なところもある思いだ。アーノルドがアニスに何かをしてきた、ということはない。
(エスト様を庇うべきだったと?守るべき私が守らなかったと?)
アーノルドは挑発的に自分を見つめるアニスの視線を受け止める。
挑発してでも自分から引き出したい言葉があるらしい。
(私が本当にしたいことは、黒騎士を追い、討ち取ることか?)
違う。アーノルドは首を横に振る。
全てを放り出して自分はエストを迎えに行くべきだ。
あの気さくな飾らない人柄だ。素直に頼めば、すんなり帰ってきてくれそうな気もする。
「そうですね。私は許されないでしょうから。この国とともに、沈むしかないなら沈みます」
しかし、自分はまた迎えに行くと言えなかった。
ここまで焚きつけられてもまだ。
アニスの視線が挑発的なものから露骨な失望に変わる。あくまで挑発していたのは、やはり自分を焚き付けるためだったのだ。
「この意気地なし。お義姉様だって」
小声で囁くように罵られ、そして何かをアニスが言いかけたのであった。




