129 鬱屈する白銀の騎士
怪我が癒えたのでアーノルドは皇帝に面接の上、職務に復帰した。まだ魔獣討伐の任務にはつかず、体を慣らすことから始めている。
自分がいてもいなくても、黒騎士による魔獣襲来が止まらない。迫る魔獣を撃退する、対症療法的なことしか出来ていないからだ。
(そもそも、なぜ無尽蔵に魔獣を繰り出せるのか。それが分からない。出現の増加はエスト様の追放からだ)
皇都の城壁周りを巡りながら、アーノルドは思案する。
(だからその後に力を増したということだが、その理由が分からない。黒騎士の動静を探るべきなのだが。魔獣撃退に人材を割かれていて、それも出来ていない)
試しにアーノルドは左腕を回す。竜による負傷はほぼ癒えていた。剣を振るのにも、もう支障はない。
城壁の外を回っていても、どこから湧いて出るのか。シンリンコヨーテの群れと遭遇する。その場合、アーノルドは愛馬を駆けさせて馬上から斬り倒すこととしていた。
(エスト様)
聖女のヒールですぐにでも負傷を治してもらえた。
他の治癒術師では、少しずつしか治らなかったので、ヒールだけでも実は格別だったのだとアーノルドは理解する。
(貴女には秘められた力があったのですね。その力でこの国を鎮撫してくださっていたのですね)
ここにはいない聖女エストへの気持ちは時が経つにつれて募るばかりだ。
なんとなく気落ちして城内に向かおうとしたところ。
「アーノルドッ!」
背後から大声が響く。
振り向くと騎馬の1団が接近してくる。まだ距離はあるのだが、大声の主がデズモンドであることに気付く。
先頭でブンブンと手を振るのがデズモンドであり、隣にはその婚約者アニスの姿もあった。背後にいるのは近衛兵たちとエルニス公爵の私兵部隊だろう。
城内には入らず、その場でアーノルドはデズモンドたちを待つ。
「野暮用で西へ向かっていてね。やっと、戻ってこられたよ」
笑ってデズモンドが告げる。
冷たい笑みをアニスが向けてきた。エストへの思いを耐えかねて、相談事をしようとしたところ、それで軽蔑されたらしい。
アーノルドに対しては口調が硬くなり、声も冷たくなり、態度もどこか余所余所しくなった。
「申し訳ありません。同道出来ず、回復に時を要しました」
アーノルドは下馬して跪く。
引き連れていた騎士たちも自分に倣ったようだ。
「なんの。大した仕事ではなかった。君の方こそ、むしろ、もういいのかい?」
デズモンドが嬉しそうに尋ねる。自分に対して何も含むところが無いからだ。
(エストさまがいらっしゃれば、そのヒールでもって、私は即日復帰出来たことでしょう)
内心でアーノルドは口答えをした。すべてはデズモンドがエストを追放したことから始まっている。
「はっ、何ら支障はありません」
口頭ではしかし、従順で忠実なことを告げてしまう。
アーノルドは自らを情けなく思った。
自分を見つめるアニスの目が細くなり、浮かべる笑みも冷笑となる。
(貴女は私にどうしろというのですか)
アーノルドとしては、問い詰めたい気持ちとなる。
(私にラデン王国へ向かい、突撃してエスト様を連れさらって来いとでも言うのですか?それは、恋に恋い焦がれた男の取る行動ですよ)
自分が恋に恋い焦がれた男ではない、という自信をアーノルドは持てなくなってきた。
「デズモンド殿下は流石の腕前でしたから。アーノルド閣下もこの際、静養にでも行けば良かったんですわ。それこそ、ラデン王国にでも」
アニスが微笑んで口を挟む。
あえて、わざと、エストを連想させる地名を出してきたのだ。アーノルドには当然、伝わる話なのだが。
(わざと、アニス嬢はラデン王国の名前を出したのだ)
分かっていても心が揺らぐことはどうにもならない。
確かにまとまった時間があれば、ラデン王国に足を運んでエストと面会しても良かったのだ。
「そうだな。何もラデン王国でなくとも良いと思うがね。私が長期間、君の代わりを出来るなら、いくらでも頑張ってみせるさ」
全く、自分とアニスの意図になど気付けないデズモンドが言い放つ。
確かにここまで鈍感であれば、憎めない人柄とも言えるかもしれない。うっとりとデズモンドを見上げるアニスを見て、アーノルドは思う。
(そして、アニス嬢は本気だな。本気で私に、エスト様を思うなら、掻っ攫ってでも連れ戻せと思っているようだ)
今回は遠回しな仄めかしであった。今後も顔を見合わせる度に、エスト奪還を促してくるのではないか。
歴戦を重ねてきたアニスの兵団が、さりげなく散開して周辺を警戒する。指示がなくとも、まとまって適切な行動を取ることが出来るのだ。
「皆が戦ってくれているのに、おめおめと静養など出来ません」
しかし、アーノルドは遠回しにエスト奪還を拒んでしまう。やはり常識と理性が邪魔をする。
「まぁ、遠慮深い御方」
結果、アニスからは再度、より一層の軽蔑を向けられてしまうのであった。




