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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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125/128

125 その頃聖女エストは

 ラデン王国の王都リクロ。女王リオナが不在でもつつがなく運営されている。

 エストはじっと屋敷の書庫にこもっていた。眼鏡をかけて、今は母の遺してくれた歴史書に目を通していく。

(大体、日記は全部読んだ。頭には、入っている)

 次に訪れたい場所も決まった。気付いたこともある。

 それが良いのか悪いのかはエスト本人にも分からない。

「お母様のことは、尊敬してる。それは今も変わらないけど」

 エストは声に出して呟く。時々、声を出さないと自分の声を忘れそうになるぐらい、読書に没入してしまう。

「少なくとも、家のことは全くしてなかったわね」

 言い切ることがエストには出来た。思い出のなかの母は大聖女としてだけではなく、公爵夫人として傅かれていたものだ。

 一方、自分は何でもするのである。

(ティスも多少は驚いてくれるかしら?良い意味で、ね)

 埃の減った書斎をながめてエストは思う。

 何度かは咳込んでしまい、読書に集中出来ないので掃除をした。食事も仕方なく自分で作っている。

 聖女として、いずれは一人で動き回る予定だったから、バール帝国で公爵令嬢の身分であった頃から、自分のことはなるべく自分でしようと思っていた。

(ティスほどには出来ないんだけどねぇ)

 改善はされたがティスの基準には至らないであろうことも分かっていた。

「ま、平和な国に来られて良かったってことよね。陛下もご自由にされているみたいだし。それでいて、国政はしっかり回っているんだもの」

 エストは独り言を呟く。

 カートもパターガーもいなければ、女王陛下たちもいない。今、王都リクロにいるのは自分だけだ。

(また、魔獣の襲来でもあれば、私が立つしかないって状況だけど)

 サカドゴミムシダマシの襲来はまだ記憶に新しい。

 そして、以前よりも自分は聖女としての力を増した。

(のんびりしてるっちゃ、この国はのんびりしているのよねぇ)

 他ならぬ自分も前衛が必要だ。クイッドと同等かそれ以上の人材でないと黒騎士を相手取るのは厳しい。

 政務の方は優れた行政官が多く残留しているので、遠隔地からでも女王リオナの指示を受けられるので、大きな問題は起こっていないようなのだが。

「いざ、本当に何かあった時、どうしようかしらね」

 エストはふっと腹に手を当てる。空腹を覚えたのだ。

「食糧の買い出しに行かなくちゃね」

 食糧庫の中も空きが目立つようになった。金銭には困っていないので、そこはデズモンドに感謝している。

(どうしているかしらね、あの頑固者)

 エストは自分のことをあまりに毛嫌いしていた、元皇太子を思い出す。

 婚約破棄の時に、手切れ金をふっかけたところ、言い値で貰えたのである。今もまだ、到底使い切れないような額だ。

(アニスとよろしくやってるんだろうけど、幸せになってるといいわね)

 もう一人、どうしても思い出す顔があった。

(アーノルドの奴はどうしてるかしら?私が出ようとすると、何が何でも私の到着前に倒そうとしていて、実際にできちゃって)

 そして、自分はその度に『口だけ聖女』の誹りを受けてきたのであった。

(ま、恨んじゃいないわよ?あいつも真面目にやってたんだし)

 意地でも瞬殺しようと無理をするからか、よく負傷していたので、ヒールをかけていたものだ。

 アーノルドのことを思い出すと、なんとなく気持ちが温かくなった。いずれにせよ、もう会うことはないだろう。デズモンドの側近としてのし上がっていくはずだ。

「今日は何にしようかしら」

 アーノルドの記憶を吹っ切るようにエストは呟く。

 生活費から幾ばくかの銀貨を、抜き取って屋敷を後にする。

 庭の方も雑草やガラクタの類は消えた。ティスの行なっていた作業を進めておいたのだ。

 そのティスがいないから、献立も自分で考えなくてはならない。

(ま、市場で現物を見て、安くて良いものを食べましょうかね)

 どんなことについても、迷うのは時間の無駄だとエストは思っていた。

(結局さ、どうせ人間、自分のやりたいようにしか出来ないもんなのよ)

 16歳にしてエストは悟りの境地に至っているのである。

 最終的に同じ結果になるのだから、最初から迷うことなく、思ったとおりに、行動するべきなのだ。何であれ、早い方が良いに決まっている。

 エストは買い物かごを片手に、王都リクロの街並みを歩いていく。いつも通り、聖女の純白ロープで身を包む。

(本当に平和ねぇ)

 すれ違う人々の穏やかな顔を見て思う。

 今は夕刻近い時間帯だ。夕飯の準備で市場が、ごった返している。

(品数も豊富で、他国との交流も盛ん。小国だけど豊かな国。住む分には最高)

 エストは悠々と歩く。服装が服装なので、二度見されることも頻繁にあるのだが。気にすることはない。バール帝国にいる頃から、よくあることだった。

 



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