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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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122/123

122 盗賊をめぐる折衝3

 今回は特別だ。パターガーらにも無断で国境を侵したという点は問題なのだから。アニス自身も相手がパターガーではなかったなら、無罪放免での帰国など許すつもりはなかった。

(お師匠様を処罰なんかしたら、レビちゃんに私が怒られちゃうし。そうでなくっても、私も自分のお師匠様を処罰なんかしたくないし。何様?って話になっちゃうし)

 頭の中ではアニスは思考を巡らせているのだった。

 何より、そもそもギャフォードなる愚か者が盗賊になど手を染めなければ良かっただけの話なのだから。

「そうだな。ただし、その男は置いていってくれ。私自らが裁きをくだそう」

 デズモンドが頷く。パターガーを処罰する気がないようである。アニスは安堵した。

 ギャフォードの身柄をこちらが預かるというのも妥当な判断に思える。こちらも皇太子自ら出てきているのだから、それなりの戦果は欲しい。

(そろそろ、アーノルド様も復帰するだろうし。ご不在の間、どんな戦果を挙げたのかって、話にもなるわけよ)

 アニスはともかく、デズモンドには武功などいくらあっても困ることはない。

 納得して、アニスは相手方を見やる。すんなりと了承してパターガーが帰るだけだ。

 後日、親書で謝辞を述べれば、小国とはいえラデン王国の面目も潰すことはない。配慮もしていた。

「いや、殿下。こいつはうちの国に損害をもたらしました。うちの国で報いを受けさせないと。気が済まないんでさ」

 パターガーが言い、ギャフォードの左腕を踏みつけた。

 くぐもった悲鳴が漏れる。

(お師匠様〜)

 アニスは内心で叫んでしまう。

 そこはパターガーなのであった。政治や外交には疎い。そして盗賊の類が大っきらいなのだ。直接、薫陶を受けていた時から、分かってはいたのだが。

(それを認めてしまえば、バール帝国がラデン王国に治外法権を認める形となるんですよー)

 アニスはどう説明したものか悩む。

 師匠との二人きりではない。この場にはデズモンドもティスもいるのだ。

 デズモンドの表情が硬くなった。

 こちらもどう話を進めようか悩んでいるようだ。

「バールの不始末はバールにつけてもらいましょう。この愚図はバールの軍人を名乗っているのですから。あちらの膿はあちらで」

 ティスが口を開いた。かなり勇気の要る発言だろう。

「いや、しかし」

 パターガーにとっては気に入らない発言らしい。本当に盗賊には厳しい男だ。

(お師匠様の場合、いきなり矢を射かねないわね)

 アニスとしては気も抜けないのであった。

「デズモンド殿下も苛烈な方ですから、生かしておくことはないと思いますわよ」

 そっとティスが口添えする。

 デズモンドが素早く小さく頷いた。自国の腐った軍人を庇いかねない。そこをパターガーが警戒していることを理解しての発言だ。

(本当は陛下の許可を得ずに了解することではありませんわよ?)

 アニスは微笑み、内心で指摘するのだった。それでもパターガーの意思を汲んで、頷いてくれたことに安堵してもいる。

「まぁ、そこまで、仰って頂けるんなら、これ以上は野暮か」

 パターガーが渋々、納得した。

 ようやく話がついた格好だ。

「ちょっとだけお師匠様に挨拶をして参りますわね」

 アニスは抱え込んでいたデズモンドの腕を放す。

「あぁ、行っておいで」

 デズモンドが快諾し、自分を送り出してくれた。

 そのままレーアの率いてきた騎兵たちにギャフォードの身柄を引き渡す。更には盗賊の死体を検分し始める。

「お師匠様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりですわ」

 ペコリとアニスは頭を下げる。

「うわ、すごく可愛い人だ」

 クイッド少年が呟く。

「お義姉さまには敵いませんけどね」 

 小声にすらもアニスは即答する。

「やめてくんない。未来の皇妃様に頭を下げさせたなんて、こっちの肝が冷えらぁ」

 ニタリとパターガーが笑う。

 いつ見てもやはり顔が怖い。頬にも顎にも目立つ傷痕がある。人柄を知らない内は、やわな令嬢ならば顔を見ただけでも泣くだろう。

 少なくともアニスもパターガーの顔については好みではない。

「お師匠様の未来の御婦人はお元気ですか?」

 ニッコリと笑ってアニスは尋ねる。

 パターガーには、外堀が埋まっていることを知らしめなくてはならないのだった。

「そいつぁ、一体、誰のことだい?」

 苦虫を噛み潰したような顔でパターガーがとぼける。

「私、文通してるんですよ?その女の子と」

 アニスは笑って知らしめる。

「未来の皇妃様の文通相手かい。畏れ多くていけねぇな」

 性懲りもなくパターガーが嘯く。

 ハッキリと言ってやらないとだめなようだ。

「あぁ、そんなことばかりおっしゃって。レビちゃんが傷つきますわ。どうせ、お師匠さまも本音は満更じゃないんだから、とっとと観念してくださいませ」

 このことで背中を押せるのは自分だけだ。

(良い機会だから、ちょっと、とっちめる)

 アニスは内心で決めていた。

「俺ぁ、そこの野郎になりかけたんだ」

 硬い表情でパターガーが言う。

「でも、なりませんでした。あくまでお師匠様はラデン王国を代表する軍人の一人で、弓の達人です。レビちゃんの目が曇ってるとか言うなら、それはレビちゃんに失礼ですわね」

 いつもの反論をアニスは切って捨てる。

「あくまでお師匠様がレビちゃんをどう思うのか。本当にただの子供にしか見えません?弟子入りしたときから何も変わってないと?それならちゃんと振ってあげてください。傷つくからって、それもしないなら。それも狡いことですわ。でも、そういう気遣いをするなんて。それはそれでもう、気持ちは見え透いてますわよね」

 アニスはどこまでも冷静に、しかし一気にまくしたててやった。

「それは」

 パターガーが珍しく言い淀む。

 ティスもクイッドも、デズモンドも驚いている様子だ。

 バール帝国皇太子の婚約者をしている自分が、レビアのことでここまで言うとは、誰も思っていなかったらしい。

(それもそうよね。私と、お師匠様やレビアちゃんとの関係なんて、誰も知らないんだから)

 アニスは笑顔のままだ。

「私に何を言っても駄目ですから。でも、レビちゃんを泣かすような、苦しめるようなお師匠様は見たくありませんわね」

 穏やかに告げて、アニスはまたデズモンドのもとへ戻るのであった。

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