120 盗賊をめぐる折衝1
皇太子デズモンドに同行したアニスは、ベルグランド地方入りして早々に、不審な騎馬隊が西へ駆け去ったという報告を受けていた。
追手を出そうにも、捕捉できそうにない速さだったという。
(西と言うから、ラデン王国の軍だったのかしら?とは思っていたのだけど)
今、目の前にはラデン王国軍歩兵部隊の副官パターガーがいる。
(だから、ラデン王国軍で正解だった)
自分の予想通りだとは思わなかった。矛盾しているが。
騎馬隊の脆弱なラデン王国軍が、バール帝国の騎馬を振り切るほどに速く移動できると思っていなかったからだ。
(侮れないぐらいには増強されていたということね)
アニスは結論づけて、改めて今、目の前の状況と向き合うこととした。
弓の師でもあるパターガーだけではない。義姉の侍女であるティスもなぜだかいる。ともに自分としてはあまりに縁の深い2人だ。
もう1人の美少年は知らない。円盾を背負っていて、武器の手斧も腰に見える。兵士であることは間違いないようだ。
たった3人である。
「貴方には、見覚えがある。何かの式典かな。ラデン王国屈指の弓使いパターガー殿ではあるまいか?それがなぜこんなところに?我が国で一体何を?」
口調はきちんと丁寧に、それでいて当然の疑問をデズモンドが口にする。
分かりそうなものだ、とアニスは思った。
(うちの国の地方軍が、盗賊と結託してラデン王国で略奪をやった。それを秘匿で討ち果たそうとしたのね。というより、もうやった後)
アニスはパターガーの足元に転がる捕虜を見て思う。バール帝国地方軍の軍装だが、どこかみすぼらしい。
顔も覚えていない下っ端だが、バール帝国の看板を背負って悪事を働いていたということだ。本当は今、即座に射殺して処断したい。法の裁きなどまどろっこしいのである。
「どうやら、盗賊をお師匠さまが私たちの代わりに処断してくださったようですわ。あと、ティスさんも力を貸してくれたのかしら?」
アニスはデズモンドに身を寄せたまま2人に笑みを向けて尋ねる。
2人が微妙な顔をした。気不味いのだろう。
「えーと、アニスお嬢様、ご無沙汰しております」
ティスがぎこちなく頭を下げる。
戦う時に見せる戦闘装束だ。ティスの場合、服装で何をしていたのかがよく分かる。盗賊を倒していたのが丸分かりだ。
(でも、ラデン王国のために剣を執って戦っていたのは、正直、意外だわ)
アニスは舞踊のように戦うティスの姿を思い出す。義姉のエストを護って、刺客を討ったことがあった。侍女としてのお仕着せの下に、当時は戦闘装束を着込んでいたのだ。
「お久しぶりですわね。お義姉様は一緒ではないのね?」
アニスは笑顔を向けた。複雑な気持ちだ。ティスはともかくエストもここにいれば、デズモンドのせいで会話にならなくなる。
「はい。別行動で」
決まり悪げにティスが答える。
「そりゃ、ティスだって、いつまでもあんなのに掛かりきりではいられないよ。せっかく他国に移ったのだから、新しい人生を歩めばいいのさ」
デズモンドが性懲りもなくエストを謗る。最早、名前すら出さないのだった。
アニスはティスと顔を見合わせて肩をすくめるに留める。少し悲しくなった。エストを悪く言われると堪えるのだ。
「あー、アニスお嬢様?お久しぶりですな」
パターガーが剃り上げた頭を下げる。
さすがにまずい。恩師パターガーに頭を下げさせたなど、レビアに知られれば、後でどう思われるか分からない。
「嫌ですわ、お師様に頭を下げさせるなんて。むしろ、私が御礼を申し上げる立場ですのに。だって、その盗賊どもは、私が射殺すべき相手でしたわ」
こう言えばパターガーをデズモンドも咎めづらい。
「それを言うなら、私が皇太子として、我が国の恥を斬り倒すべきだったね」
デズモンドが穏やかに微笑んで告げる。
ただ直後に顔を顰めた。
「アニスの確かに言うとおりだが。パターガー殿、貴国から下話ぐらいはしてほしかったかな。事後報告か経過報告でもいい。倒した既成事実を見せつけられるのでは、気持ちは複雑だ」
デズモンドもアニスの意図を察して苦笑いだ。
意固地になって張り合うのでもない。純粋に苦言を呈するに留めたいということだろう。
デズモンドが意固地になって張り合うのは、昔からエストだけである。他の人物に対しては、寛容なのであった。
(とりあえず殿下も騒ぎにするつもりはないみたい)
自国の民が他国の民を傷つけた。
これから、聴取に調査を重ねて、間違いが無いとなれば、ラデン王国には正式に謝罪する流れとなるだろう。
「仕方ないですわね。寝ても覚めても魔獣ばっかり私たちも地方にまで目が届いてなくって、ラデンのお師匠達にも迷惑をかけてしまったんですもの」
アニスはしんみりとため息をつくのであった。




