116 討ち入り前1
盗賊団の根城を一挙に乗り込んで制圧する。
洞穴前でパターガーはティス、クイッドの二人とともに討ち入り前の準備に勤しんでいた。大したことはしないが、武器の確認ぐらいはしておきたい。
(カートさんが惚れ込むわけだ)
パターガーは戦闘装束のティスを見て思う。別に自分は惚れ込んでいない。趣味が違うのである。
(誰かに魅せたいんかってぐらいの動きを戦闘ではやる)
努力によるものも多いのだろうが細かいところでは真似ができるものではない。天賦の才によるものなのだろう。
初対面でのランパートの森における戦闘でカートが見惚れたところから、2人の恋は始まっている。
(まぁ、傍で聞いていて、そんな始まり方があるんかいって感じだけどな)
パターガーは矢の残りを整理しつつ思う。口に出せることでもない。失言をして女王リオナとの諍いに巻き込まれるのもごめんだ。
(カートさんは羨ましいんだろうな)
長年、一緒に戦ってきた。
カートの動きには無駄がない。最小限の動きで敵の急所を薙ぎ払ってしまうのだから。
「何か?」
ティスが自分の視線に気付いて顔を顰める。パターガーがどうのではなく、あまりカート以外に見られたくないらしい。クイッドも何度か剣呑な視線で、見つめるたび、睨み返されていた。
なんとなく気位の高い猫を思わせる。毛並みが良くて人の邪魔はしない代わりに触れることも許さない。そんな猫だ。
「別に。その短い間合いの武器で、あのデケェ牛を倒すなんて、大したもんだって思ったんよ」
パターガーはラウドオックスを倒したことに言及する。
あまり野生で見かける魔獣ではないから、やはり黒騎士によるものだろう。
「エスト様ですわね。その時の功績を言うのなら」
ティスが肩をすくめて言う。
「あれ?パターガーさん、浮気ですか?」
愚かなクイッドが口を挟んできた。こちらは既に準備万端のようだ。手斧と円盾さえ無事であれば、それだけで十分なのであった。
「なんでそうなる」
パターガーはさすがに呆れて返すしかなかった。これから盗賊を殲滅する最後の段階だというのに、軽口を叩く気にはなれない。
「また、そんなことを言う」
しかし、クイッドがしつこく咎めてくる。
「俺は誰とも浮気にはならねぇんだ」
誰の、何のことを言いたいのか。もう分かりきっているので、パターガーは先手を打って告げる。
「例の恋人さんのお話かしら?それなら、パターガー様が一刻も早く戻るべきというのは、珍しく正論ですわよ?」
ティスまで面白がってクイッドに同調する。
なお、クイッドの正論は既にティスにとっても珍しいものとなったらしい。
「これから、籠城してるところに飛び込むんだ。俺は狭い所はあまり好きじゃねぇ。おたくらにかかってるんだから、気を引き締めてくんない」
パターガーは2人をたしなめる。
ティスが肩をすくめた。肝は据わっている。腕前も確かだ。
「俺が話したかったのは、短い得物でも、デケェ敵を倒すことも出来る。そういうことだ」
パターガーはクイッドを見て告げる。ふざけた話はもうおしまいだ。
「あぁ、なるほど」
途端にクイッドが真面目な顔をする。
切り替わりが早い。ティスを通じて伝えたかったことが分かったようだ。
(多少は、マシになったのか)
パターガーは新兵の時からクイッドを知っている。もともと身体能力が強化魔術のおかげもあって高かった。
そして手斧を使うようになり、その後、円盾を使うようになり、兵士としては目立った弱点のない腕利きとなった。
(こいつは大型の魔獣相手が苦手だ)
自分よりも弱い相手には安定して負けない。だが強敵との戦いには苦労する。
黒騎士に至っては捻られている上に、ギガンヒッポスも逃げ回るので精一杯だったという。
「ですから、最初に戻って、そこは私の技ではなく、エスト様の功績となるわけですわ」
ニッコリとティスが話をまとめた。
「そこに至るまでの話で。こっちは、若えのを育てなくちゃなんねぇ」
パターガーは言い放つ。
身のこなし1つで間合いに侵入して致命傷を与える。そこに関してはクイッドはもちろんのこと、パターガーよりも巧みだ。
(どういう人生を歩めば、侍女をしながら、こんな剣士になれるんだか)
軍人の自分たちとは違う。
バール帝国にいた頃、血の滲むような修練を積んできたのではないか。
優雅に振る舞えるのも、実力への確固たる自信があるからだと窺えた。
「私なんかよりも、クイッド様は、軍人の頂点であるカート様を目指すべきではありませんか?」
笑ってまたティスが返す。
ただし笑顔の質が硬質なものに変わった。冷たく鋭いものが混じる。
(いや、おっかねえな。カートさんをないがしろにするつもりはねえよ)
とんだ曲解である。
(女王陛下にも肝っ玉1つで張り合えるわけだ)
パターガーは嫌な汗をかきつつ、自らも準備を終え、2人を先導して盗賊の本拠へと向かうのであった。




