114 デズモンド、西へ行く1
魔獣ばかりにかまけてばかりもいられない。
デズモンドは陣幕のなかで一息ついていた。今日もシンリンコヨーテを叩き斬って回ったのである。自分はともかく近衛の部下たちは疲労していた。
まだ両手剣を背負った軍装のままだ。
木製の小椅子に腰掛けていて、目の前には直立した兵士が1人。
「なかなか忙しいね」
デズモンドは跪いている兵士に告げる。
(つまり、アーノルドにかなりの負担を強いていた。反省だな。彼は不満も文句も言わない。当然のようにただ勝って、顔色を変えずに帰ってくる。今思えば、それがどれだけ凄いことか)
だが、今にして思えば、アーノルドの原動力は何だったのか。自分への忠誠心というだけでは足りない気もする。
(国や民への思い、責任感?それならば私にも分かる。それにしても気にするべきは多岐に渡る。今のところ、これという強敵には当たっていないが)
単発ならデズモンドにとっても、どうということもない戦いも多い。
だが、連戦が続くことで疲労も澱のようにたまっていく。
武装も部下の疲労も負傷も注意を払って戦力を維持していくことも大変だ。デズモンドはそれらをそつなくこなすアーノルドや婚約者アニスへの敬意を新たにする。
(そして黒騎士。分かってはいたが厄介だ)
どこにどう魔獣を出現させてくるかも分からない。
時には自分の現在地から離れた場所に、同時に複数個所差し向けられることもあった。
「そして、問題点は黒騎士だけでは、魔獣だけではないということか」
デズモンドは嘆息して告げる。
それでも皇城でただ知らせを受けるだけだった時よりも気分は良い。何もできていない後ろめたさからは解放された。
「西のベルグランド地方に、不審な騎馬隊が出没しております。何度かは目撃しておりますが、距離を詰めようとすると霞のように消えてしまうのです」
注進に来た騎士の名前はレーンという。まだ若手の茶色い髪をした男だ。子爵家の次男坊だと聞いている。
各地へデズモンドは部下を確認に走らせており、レーンの担当は皇都べスラムから見ての西側だ。ベルグランド地方は西にあるラデン王国との国境付近である。
「私は盗賊ではないかと。それもかなり精強な」
跪いたままレーンが言う。
捕捉しようとして捕捉出来ない。そこへの恐怖はデズモンドにも分かる。
ただ疑問点があった。
「例えば盗賊が多数の馬を得たからと言って、そう容易く騎兵化するかな?そもそも馬の出どころも分からないしね」
デズモンドは首を傾げる。
騎馬隊を作ろうと思った場合、そもそもは当然に馬を購入する費用に困るだろう。次にその馬を生かすための施設に餌も当然かかる。
馬を飼育出来るようになったとして、次は乗り手だ。
「乗り手を育てるなり手配するなりにも費用がかかるし、雇い続ける給金もね。盗賊だから雇うわけではないにせよ。いずれにしろ、金がかかるんだよ。盗賊にそんなことが出来るかな」
デズモンドは一気に疑問を吐き出した。
「それも秘匿で、かい?」
どこかの段階で騎馬隊を作ろうという目論見が発覚したはずだ。
「ですが、あの辺りは中央の目が」
行き届いていないと言いかけて、レーンが口ごもる。まさにその中央、ど真ん中がデズモンド自身なのだ。不敬に当たると思ってくれたらしい。
気分の良い言葉ではないが、こうも魔獣に手こずらされてばかりなのだ。手が行き届いていない自覚はデズモンドにもある。
「レーン、中央の注意力については君の言う通りだ。それは素直に恥じよう」
デズモンドは切り出した。
「そんな、殿下に恥じるなどと仰られては」
レーンが更に深く頭を下げる。そのまま正規に謝罪をされた。
「私が言いたいのは、騎馬隊にはかかるものがかかる。そしてそのためにはいろいろ動かなくてはならない。だからどこかの段階で発覚したはずだ、ということだよ」
怒ったところで何も解決しない。とにかく根気よく話をしたほうがいいのだ。相手を萎縮させて必要な情報を得られないほうがよろしくない。
「おっしゃる通りです。申し訳ありません。出しゃばったことを申し上げました」
平伏したままレーンが言う。
話が進まない。デズモンドはまたため息をつく。
「出しゃばったとかでもない。確かに盗賊かどうかはさておき、君の言う通り、不審だ。私が直接出向いて、探るべき案件だね」
デズモンドは結論づけた。
なお、東と南、北からはそれぞれ、そこまで切羽詰まった報告が届いていない。当たり障りのないことばかりであり、報告されるとしても魔獣の出現くらいだった。
「いえ、殿下自らなんて。私は索敵のための、調査のための人員を割いていただけないかと」
レーンが縮こまる。
「そういうわけにもいかないじゃないか。君の追跡を振り払うような騎馬隊が。未確認の状態で徘徊している異常事態を前にすれば、ね」
デズモンドは言い切るのであった。




