113 牛を倒す2
ティスはピクリとも動かないラウドオックスの周囲を回る。
「これも黒騎士が?」
ポツリと呟く。
首筋からはドクドクと血がまだ流れていた。
瘴気も帯びているらしく、触れた地面からは煙が上がる。あまり触れたいものでもない。だが、瘴気も抜けて念入りに火を通せば美味なのだと聞く。
(食べたいものでもないけど、この光景は)
ティスは距離を取った。
(それにしてもエスト様は)
バール帝国を出てから聖女としての魔力は増す一方のようだ。
先日もギガンヒッポスを駆除したという。
カートのいる屋敷にも情報は流れてきたが、今でも信じられない。
(あのギガンヒッポスでしょ?頭は弱いけど身体はやたら強いっていう)
バール帝国でも、何度かは出現していてアーノルドらに駆除されたこともある。
川辺に生息している魔獣だが、今回は山に出たという。凶暴であり、巨体で転げ回られると一般兵士などは巻き込まれるだけでも、ひとたまりもない。
『聖空機雷』という新しい術式を体得したのだ、と任務中にクイッドからティスは聞かされていた。
(それ、御母上様の術式ではなかったかしら)
ティスはおぼろげな記憶を呼び起こす。
頭の弱い、突っ込んでくるような魔獣にしか効果は薄かったようだが、破壊力抜群だった。
(そういえば、バール帝国でまだ、エスト様のお母様の、大聖女様がご存命だったころ)
しばしば幼いエストと1室に籠っていたことがある。自分は部屋の外に出されていたのだが。
期間はまちまちで数日に及ぶことも数時間で済むこともあった。エストの父親エルニス公爵も黙認していたことを、ティスは思い出す。
自分はまだ行儀見習いであり、実家を離れての新しい環境に馴染もうと必死だった時期だ。
(確か、亡くなられる前の、顔色の悪かった時期)
何をしていたのだろうか。
エスト自身もその時の記憶が無いらしい。聞いても何も答えられず、首を傾げるばかりで。
本人は気にしていないようだった。
「良いことなのよね?エスト様にとって、力を増すことは夢に近づくということなんだから」
ポツリとティスは呟く。
黒騎士を倒すとバール帝国にいた頃から宣言していたものだ。
(たとえ黒騎士でも、相手が悪人とはいえ、消し飛ばすつもりなのかしら?聖女なのに?)
エストの豪快さを象徴しているかのような術だ。なんとなくおかしくなってティスは口元を綻ばせる。
とりあえず、盗賊殲滅に勤しむパターガーたちの邪魔をラウドオックスにさせずに済んだ。ただでさえ盗賊との戦いも命懸けなのだから。
(それにしても、バール帝国を助けすぎてるかしら?大丈夫なの?この国は)
ティスは祖国の現状が心配になるほどだった。
魔獣が跋扈している上に、辺境には目が行き届かず、盗賊を放置しているのだから。
ティスはため息をつく。
「もう、私には関係がないことよ」
バール帝国で生きるのだから。そしてそう考えるとなぜだかカートの顔が浮かぶ。
「あぁ、もうっ」
今頃、自分を長期留守にさせて、女王リオナがどんな悪巧みをしているか、知れたものではない。
それこそカートの屋敷に行けば、女王リオナがいるのではないか。そうなれば、本格的に取り合いだ。
また山寨の方へと向かう。そろそろ2人の状況を確認しておきたい。
合流地点としている洞穴にまた戻ってきた。
誰もいない。2人共、まだ戦っているのだろうか。
(当番としてはクイッド様の番なのだけど)
パターガーの姿も無い。見た目や口調、態度とは裏腹に生真面目な人物だから、クイッドの手助けをしている、ということもあり得た。
「魔獣がいたな」
背後からいきなり声がした。
「きゃっ」
さすがに驚いてティスは飛び上がる。
「いや、すまねぇな。一応、ここがバレた時に備えて、姿を隠してたんだ」
如才ないパターガーらしい用心ではあった。
(確かにね、一方的に攻撃してるつもりで、逆襲されたらつまらないものね)
ティスも納得するのだった。
「そうですわね、確かに」
驚かされたことを、ティスは水に流すこととする。
「そして、ぼちぼち、のこのこ俺等2人を狙ってくるようなら、返り討ちにするぐらいには削れた」
パターガーがニヤリと笑う。
「もう、そんなものですか?」
ティスは腕組みして、岩壁に寄りかかる。
「あぁ、籠城していることを加味しても、そろそろかな」
更にパターガーが山寨のほうを見て言う。
「どれぐらいですの?」
ティスは単純に尋ねる。数えることも出来ていなかった。自分が倒した人数だけだ。
(この人はそこまで出来たってこと?)
半ば信じられない思いで、ティスはパターガーの強面を見つめる。
「あぁ、あと20を切ったな」
何食わぬ顔でパターガーが答えてくれる。
「出入りする奴を、覚えて数えておいたんだわ」
笑顔でパターガーが言う。
(これは、顔が怖くても惹かれる子がいて、当然ね)
傷だらけの顔でも、人柄も規格外の能力も。クイッドの口から出てくるレビアという女性も、人の内面を見る女性なのだろう。
「では、そろそろクイッドさんも入れて、3人で突入ですわね」
ティスも笑顔で了承するのだった。




