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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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113/122

113 牛を倒す2

 ティスはピクリとも動かないラウドオックスの周囲を回る。

「これも黒騎士が?」

 ポツリと呟く。

 首筋からはドクドクと血がまだ流れていた。

 瘴気も帯びているらしく、触れた地面からは煙が上がる。あまり触れたいものでもない。だが、瘴気も抜けて念入りに火を通せば美味なのだと聞く。

(食べたいものでもないけど、この光景は)

 ティスは距離を取った。

(それにしてもエスト様は)

 バール帝国を出てから聖女としての魔力は増す一方のようだ。

 先日もギガンヒッポスを駆除したという。

 カートのいる屋敷にも情報は流れてきたが、今でも信じられない。

(あのギガンヒッポスでしょ?頭は弱いけど身体はやたら強いっていう)

 バール帝国でも、何度かは出現していてアーノルドらに駆除されたこともある。

 川辺に生息している魔獣だが、今回は山に出たという。凶暴であり、巨体で転げ回られると一般兵士などは巻き込まれるだけでも、ひとたまりもない。

『聖空機雷』という新しい術式を体得したのだ、と任務中にクイッドからティスは聞かされていた。

(それ、御母上様の術式ではなかったかしら)

 ティスはおぼろげな記憶を呼び起こす。

 頭の弱い、突っ込んでくるような魔獣にしか効果は薄かったようだが、破壊力抜群だった。

(そういえば、バール帝国でまだ、エスト様のお母様の、大聖女様がご存命だったころ)

 しばしば幼いエストと1室に籠っていたことがある。自分は部屋の外に出されていたのだが。

 期間はまちまちで数日に及ぶことも数時間で済むこともあった。エストの父親エルニス公爵も黙認していたことを、ティスは思い出す。

 自分はまだ行儀見習いであり、実家を離れての新しい環境に馴染もうと必死だった時期だ。

(確か、亡くなられる前の、顔色の悪かった時期)

 何をしていたのだろうか。

 エスト自身もその時の記憶が無いらしい。聞いても何も答えられず、首を傾げるばかりで。

 本人は気にしていないようだった。

「良いことなのよね?エスト様にとって、力を増すことは夢に近づくということなんだから」

 ポツリとティスは呟く。

 黒騎士を倒すとバール帝国にいた頃から宣言していたものだ。

(たとえ黒騎士でも、相手が悪人とはいえ、消し飛ばすつもりなのかしら?聖女なのに?)

 エストの豪快さを象徴しているかのような術だ。なんとなくおかしくなってティスは口元を綻ばせる。

 とりあえず、盗賊殲滅に勤しむパターガーたちの邪魔をラウドオックスにさせずに済んだ。ただでさえ盗賊との戦いも命懸けなのだから。

(それにしても、バール帝国を助けすぎてるかしら?大丈夫なの?この国は)

 ティスは祖国の現状が心配になるほどだった。

 魔獣が跋扈している上に、辺境には目が行き届かず、盗賊を放置しているのだから。

 ティスはため息をつく。

「もう、私には関係がないことよ」

 バール帝国で生きるのだから。そしてそう考えるとなぜだかカートの顔が浮かぶ。

「あぁ、もうっ」

 今頃、自分を長期留守にさせて、女王リオナがどんな悪巧みをしているか、知れたものではない。

 それこそカートの屋敷に行けば、女王リオナがいるのではないか。そうなれば、本格的に取り合いだ。

 また山寨の方へと向かう。そろそろ2人の状況を確認しておきたい。

 合流地点としている洞穴にまた戻ってきた。

 誰もいない。2人共、まだ戦っているのだろうか。

(当番としてはクイッド様の番なのだけど)

 パターガーの姿も無い。見た目や口調、態度とは裏腹に生真面目な人物だから、クイッドの手助けをしている、ということもあり得た。

「魔獣がいたな」

 背後からいきなり声がした。

「きゃっ」

 さすがに驚いてティスは飛び上がる。

「いや、すまねぇな。一応、ここがバレた時に備えて、姿を隠してたんだ」

 如才ないパターガーらしい用心ではあった。

(確かにね、一方的に攻撃してるつもりで、逆襲されたらつまらないものね)

 ティスも納得するのだった。

「そうですわね、確かに」

 驚かされたことを、ティスは水に流すこととする。

「そして、ぼちぼち、のこのこ俺等2人を狙ってくるようなら、返り討ちにするぐらいには削れた」

 パターガーがニヤリと笑う。

「もう、そんなものですか?」

 ティスは腕組みして、岩壁に寄りかかる。

「あぁ、籠城していることを加味しても、そろそろかな」

 更にパターガーが山寨のほうを見て言う。

「どれぐらいですの?」

 ティスは単純に尋ねる。数えることも出来ていなかった。自分が倒した人数だけだ。

(この人はそこまで出来たってこと?)

 半ば信じられない思いで、ティスはパターガーの強面を見つめる。

「あぁ、あと20を切ったな」

 何食わぬ顔でパターガーが答えてくれる。

「出入りする奴を、覚えて数えておいたんだわ」

 笑顔でパターガーが言う。

(これは、顔が怖くても惹かれる子がいて、当然ね)

 傷だらけの顔でも、人柄も規格外の能力も。クイッドの口から出てくるレビアという女性も、人の内面を見る女性なのだろう。

「では、そろそろクイッドさんも入れて、3人で突入ですわね」

 ティスも笑顔で了承するのだった。

 

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