104 合流
女王リオナからの書状を改めてティスは歩きながら怒りに任せて握り潰す。もう何度目になるだろうか。厭味ったらしく行く先々で、『密偵の女へ』との表題で届くのである。内容はいずれも北へ向かうように、との念押しだ。
(よほど、私をカート様から引き離したいようね)
自分の神経を刺激することが、恐ろしいほどに巧みなのであった。
最初の書状からして、いかにカートがこの南東部を平穏にしたのかを労い、つまりはティスに思い知らせ、そして何もティスがしていないかを仄めかしてきた。
(まったく、なんて人なの)
その上で北部、ランパートの森郊外、バール帝国側に盗賊がいることを伝えた上で、討伐に力を貸してほしいと書いてあったのだ。
(それも、カートさまには内緒で。断れるわけがないと、見透かした上で)
自分がカートの傍を離れたことを、どう利用するつもりなのかも分からない。
(あの視線と、ここまでのやり口からして、何かをするつもりなのは、間違いないと思うけど)
困ったことに盗賊の討伐自体は正しく為すべき仕事なので、ティスも放ってはいられない。
ちょうど居候していることに、後ろめたさも覚えていたから尚更だ。
(ただ、カート様に庇護されていて、それでいいのかってところを見透かしたみたいに)
本当に嫌な性格をしているのが、女王リオナなのだ。少なくとも自分にとってはそういう相手である。
ティスは戦闘装束だった。黒い布地で腰を帯できゅっと締める。ラデン王国ではほとんど目にしない。腰には2本の短剣を隠し持っていた。メルンスト男爵家の密偵の装束である。
「そうよ、お父様がそもそも」
思い出してティスはわなわなとまた、怒りに震える。
父の来訪によって、厄介な疑いをかけられてもいた。
『バール帝国からの盗賊に我が国が悩まされているのと同じ時期に。貴女のお父様がいらしていたようだけど?盗賊団を潰して頂けると助かります。大丈夫よ?ちゃんと助けは手配しているから』
女王リオナからの厭味ったらしい依頼文だ。
父を通じてラデン王国側の情報を、ティスが漏らしたとでも言うのだろうか。
証拠などあるわけもない。
(だって、私はそんなことをしていないのだから)
だが、女王リオナのことだから、そうであったらいいのに、と散々に自分の身辺を調査したのではないか。その上で何もないから、こんな嫌がらせを考えていたのだ。
嫌がらせと疑いをかけるだけなのであれば、証拠など要らない。
(だって、根拠なんかなくったって、疑いをかけるだけなら、いくらでもかけられるんだから)
ティスは苛立つにつれて自然、足早となってしまう。
今頃、カートも自分の出奔に困惑しているだろう。何か不備がなかったかと気にしてくれてもいるのではないか。
考えるだけで胸が痛む。
本当は居心地の良い、カートの屋敷に滞在していたかった。歓迎してくれている雰囲気も嬉しかった上、想像したこともない、平穏な暮らしに身を置くことが出来たから。
今回の密命で急遽、飛び出す格好となった時の、侍女ルルが浮かべていた、悲しそうな顔を思い出すと胸が痛む。滞在が嫌で出るのではないことだけを説明するしかなかった。
(私がもっと、大手を振って、カート様を助けられる立場で、能力もあれば、もっと良かったのだけど)
あの屋敷で居候しているよりも、盗賊を倒しに出るほうが役に立てると、ティス自身も考えてしまったから、屋敷を出た、というところはあった。快適さに心苦しさも覚えたのだ。
ティスはため息をついて、街道を北へと進んでいく。
途中、街道沿の宿場町に出るも、先を急ぐので通過した。別に1人であれば、自分は野宿でも良いのだ。
(ここにはエスト様もいないしね)
今頃は自分の我を通しつつも、着々と実力を増しているのではないか。ラデン王国に来てからは聖女としての魔力が増したという話だった。
ふと、エストの侍女であることすらも忘れかけていた自分にティスは驚く。
仕事への責任感はどこへ飛んでいってしまったのだろうか。カートとの関係に浮ついていた、という誹りは甘んじて受け入れるしかないのかもしれない。
(それも、もし、女王リオナ陛下辺りから、指摘を受けたらだけどね)
途中、旅の商人とすれ違う。自分の格好を見て、2度見してきた。大体、一般人とすれ違う時は似たような反応を受ける。
「それにしてもカート様は凄い人」
ティスは声に出して呟く。
すれ違った商人も自分も1人旅だ。商人のほうは武装しておらず、自分は女の身で1人旅をしている。治安が良いからだ。
カートがエフロー周辺で賊徒を片端から摘発したことがここまで北上してもなお、影響を及ぼしている。
(たった一人でこれだけの広域に影響を及ぼせるだなんて)
ティスは思いつつ、すたすたと足早に進む。
急いでいるのは、単純に苛立ちに任せているせいもあるが、合流地点にいるという相手を待たせて、女王リオナに弱みを見せたくないからでもある。
(はぁ、本当に嫌な相手)
自分の不在とこの密命をどう利用するつもりなのだろうか。
ティスは思い、何度目かになるため息をつくのだった。




