103 平穏の裏腹2
(しかし、いい加減、また王都リクロに帰るべきだろうか)
歩きながらカートは考え始めてしまう。
あまり気は進まないのだが、こちらはこちらでだいぶ平穏になってしまった。
思わずにはいられないほど、すれ違う人の顔も、目に入る光景も平和だ。談笑している婦人たちの姿も目立つ。
(黒騎士がこちらに戻ってくる気配もないからな)
忘れてはいなかった。
そもそもは黒騎士追討の任務を受けたパターガーを援護するため、王都リクロから出てエフローに至ったということを。
大元のパターガーだけを帰還させて、助勢のはずの自分が現地に留まっている格好だ。
さすがにおかしなことをしていることぐらいは自覚している。
「セバスには、ああは言ったが、おれの仕事はまた王都かな」
カートはため息をつく。
エフローだけを守っていれば良いわけがないことぐらいは、それも分かる。いかに女王リオナが民のため、主要都市や街道の守りを重視しているかも。
そのために自分が暴れることは吝かではない。
(だが、離れればまた、ここは荒れるかもしれん)
自分も身体は1つしかない。エフローを離れればエフローが乱れる。王都リクロを離れれば、仲間や部下の負担が増す。
(例えばティス殿であれば、俺の留守中も、ここを守り抜いてくれるだろう。それほどの力量は十分に持ち合わせている。そしてきっと、俺よりも賢い。だが)
それはつまり、結婚して妻になってもらうということだ。夫人として働いてもらうということなのだから。
(おれは一体、幾つ段階をすっ飛ばしているんだ?)
思い至って愕然としてしまう。
「まったく、おれは浮ついているな」
自分の屋敷で寝泊まりしてもらっているということのせいだ。更には帰ると笑顔で出迎えられて、妻さながらの対応をしてもらえているせいだろうか。
自らに呆れつつも街を一巡した。
結局、賊徒の一人も叩きのめせないまま、屋敷に戻ってしまった格好だ。
(もう、町中には賊徒がいない。しばらくは、出入りする者に身分証の提示を徹底するだけで十分だろう)
不法入国者への対応は徹底して行わなくてはならない。
しかし、それも事務方の人間だけで遂行していける。
(巡視員も増やした。こちらの目を盗んで、国境を侵すことは不可能だ)
もともといた私兵を再編成して巡邏に専従させることとした。これが功を奏していて、エフローに侵入してくる賊徒も減ったのだ。
国に侵入できないのに、街に侵入して来られるはずもない。
「後は、エイトンの奴をどうするかな」
カートは呟く。
王都に連れていくべきか、それともエフローに残すべきか。
「旦那様っ!」
悩みが中断させられた。
正門から庭園に挟まれた通路を抜ける途上にて、執事のオルドリッジが駆けてきたからだ。
滅多に見せない、慌てた仕草である。
「何があった?」
いつも落ち着いている初老の執事を見下ろして、カートは尋ねる。
すぐに、ティスが出迎えに来ないことにも気付く。
エフロー滞在を始めてからは、毎日欠かさず出迎えてくれていたものだ。
それもまたおかしい。
「王都リクロから書状が届きました。それをお読みになって、ティス様が出ていかれました」
オルドリッジが思わぬことを言う。
「なんだとっ」
思わず太い声が出ていた。
「書状?どういうことだ?お前は内容を把握していないのか?」
矢継ぎ早に質問を繰り出してしまう。
自分に相談も断りもなく、ティスが出ていってしまうほどの内容の書状など、想像もつかない。
「使用人の身では。覗き見るわけにもいかず。『極秘』と記されておりましたから」
オルドリッジが顔を歪める。
『極秘』と言う記載のみで、やすやすとオルドリッジが引き下がったということすら、カートには信じられない。
カートが言葉を発する前に、オルドリッジが口を開く。
「差出人が女王陛下だったのです」
すとんと納得が胸に落ちる。
カートは眉間を押さえた。鈍い自分でも分かる。どうやら2人の折り合いが悪いということは。原因はまだ理解出来ないのだが、2人が穏やかに会話していることなど無かった。
(俺とティス殿が近すぎると。陛下に警戒をさせてしまったか?)
カートが歩兵隊長という軍の最高位にいることと、ティスが亡命者に過ぎないということは、どうひっくり返っても変わらない。
軍の最高位にいる自分がバール帝国側の人間に取り込まれそうになっていると女王リオナが危惧したのではないか。
(いや、そもそも陛下はお考えを顔にも言葉にも出さないこともあるし、まだなぜ出ていったのか、直接の理由が分からん)
何らかの文言でティスを自分から引き剥がした。
カートに分かるのはそこまでだ。
「ティス殿からは何か?言伝はないのか?」
カートは藁にもすがる思いで尋ねた。
「密命を受けました、とそれだけです」
しかし、オルドリッジが俯いて首を横に振るのだった。




