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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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102/124

102 平穏の裏腹

 エフローの町、東半分をくまなく、カートは杖を手にして、いつもどおり足を引きずって歩く。乾いた空気の中、すれ違う住民の顔も穏やかだ。

 時期としては女王リオナらがバール帝国側の盗賊への攻勢を準備し始めた時期にあたるのだが、王都リクロを離れてしまったカートとしては知る由もない。

 盗賊騒ぎを尻目に、カートなりにのんびりと日々を過ごしている。

「幸せだとは思う。これが、俺にとっては」

 ポツリと声に出して呟く。

 外で仕事をしてきて、家に帰ればティスが待ってくれている。たおやかな微笑みを向けられると背筋がゾクリとするのだった。

「あっ、領主様だ」

 どこぞかの子供が自分に手を振ってくれる。

「こらっ、お忙しいのよ」

 その母親らしき女性がしゃがみこんで咎めている。

 カートは返事代わりに杖を掲げて応じた。

「領主様はなんでお強いのに足を引きずっているの?」

 無邪気な子供が母親に尋ねている。人差し指を口元に当てるしぐさが可愛い。

「足が悪くたって、強くなれるからさ」

 声に出してカートは告げる。聞こえたかどうかは分からない。聞かせたいわけでもなかった。

 自分に聞かせたい言葉だったかもしれない。

「ご主人様ーっ!」

 土煙を上げて、巨漢が道の反対側から駆けてくる。

 かなり速い。部下として面倒を見るようになって以降、走り込みをかなりさせてきた。

「隊長と呼べ、隊長と」

 近づいてくるのを待って、カートは注意する。

「申し訳ありませんっ!」

 直立してエイトンが罰を待つ。

 心外である。自分はいつも打ち据えてばかりではないのだから。

「何度も言うが、お前は俺の私兵隊の隊員ということにしている。正規軍に入れるかどうかは腕前次第だな」

 もう何度目かになる説明をカートは繰り返す。

 エイトンの背中には太い鉄棒が背負われている。巨漢であり腕力が素晴らしい。巡回警らでも走り込みでもない時間には、武芸を叩き込むこととしていた。

「俺ごときがやっていけますか?隊長ほどではないにしても、腕利き揃いなのでしょう?」

 謙虚な姿勢をエイトンが見せる。

 既に成人していて体力は申し分ないので、盗賊になろうとした経歴がなければ、全面的に信用がおけた。

(クイッドよりも強くなるだろう。だが、一度は身を落とそうとした。それは、注意して見ていかなくてはならない)

 カートとしては、そう考えているから厳しくしている。時には背中を蹴り飛ばす。

「腕利きかどうかだけじゃない。お前は、盗賊どもをとっちめまくって、自分がどうなろうとしていたのか。何度でもこころに焼き付けろ」

 カートは自分の考えを断片的に告げる。

「分かりましたっ!」

 エイトンが良い返事をする。

 往来のど真ん中だ。人目を引く容姿と大声のせいで、クスクスと笑い声も聞こえてくるようになった。

 住民にとっては、領主の自分がエイトンをどやすのは日常の光景になりつつある。

「また、エイトンさんが怒られてるっ!」

 子供の声も聞こえた。さっきの子供かもしれない。

「こらっ、エイトンさんも頑張ってくれてるのよ」

 とにかくよく目立つ大男なのだ。住民にとっても覚えやすくて親しみやすいのだろう。

「なんだ?」

 まだ何か言いたげに突っ立っているエイトンにカートは尋ねた。

「それが、最近はいくら回っても泥棒も暴行犯も喧嘩もいさかいも見当たらないのです。1日1件はちょっと」

 言い淀むエイトンのすねを軽くカートは杖で叩く。

 倒れるほどではない。それでもエイトンがビクリと固まる。

「探していれば、絶対にいる。探し方が足らんのだ。工夫して時間帯もよく考えろ」

 どこかに何かしらかは必ずいるものだ。

(少なくとも目につくような場所にはもう、分かりやすい犯罪がなくなった。良いことだ)

 カートとしては頭の中ではそのように考えていた。

(それに、こいつをこうやって、駆けずり回らせておけば、良い抑止活動にもなる)

 本気でこの大男が犯罪者を探し求めて、裏通りまで駆け回れば、犯罪者にとっては嫌だろう。

「はっ!分かりました。今日はエフローの西側を回っていますが、東や郊外も見回りしてもよろしいですか」

 探す分には範囲が広いほうが楽だと考えたらしい。身体には辛いのだが。

「駄目に決まっている。西部を徹底的に回ってみろ」

 冷たくカートは言い切ってやった。

「了解しました」

 少しだけ肩を落としてエイトンが駆け去っていく。

 その背中をカートは静かに見送った。

 自分も言った手前、何かは捕まえたい。裏通りへと自分も入っていく。今時分はこそつきたい人間同士が買い物をする時間帯だ。揉め事になりやすいということである。

「領主様」

 低い声で呼ばれた。

「セバスか」

 パターガーとは違う。この領土での密偵の長である。物陰から滅多に出てこない。今もどこぞの箱に隠れて話しかけているようだ。

「王都から使者が来たようです。まるでご領主の留守を狙うかのようで」

 セバスが報告してきた。

「だが、陛下の正規の使者なんだろう?」

 おそらくは帰還の要請だろう。

 ならば慌てることもない。

「ここまでの旅路は王都からならきつい。休息もかねて、少し待たせる」

 カートは告げるのであった。

 

 

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