100 パターガーとクイッド
「よぉしっ、ここまでだ、全員、休憩っ!」
練兵場での走行訓練を一段落させて、パターガーが大声をあげる。
(なまったってことはないけど)
クイッドも汗を布切れで拭きつつ、水を飲む。かなりの汗をかいてしまったが、基礎体力は重要だ。そして体力をつけるには走るのが一番である。
「まったく、自由な人だよ、いつものことだが」
パターガーがぼやきながら近づいてきた。
カート不在につき、歩兵軍団の運用は副官のパターガーが担っている。訓練の差配や計画すらも自分で立てており、クイッドも手伝わされることが多かった。
「あまり、いつもと負担が変わらないんじゃないんですか?」
カートがいても働いてばかりのパターガーを思い出してクイッドは尋ねる。
午前は走行訓練。そして午後には模造武器を使った動きの訓練をする。
「そんなこたぁねぇ。大元を考えてくれるだけでも、俺は助かる。根本的に何をしたいか、部隊をどうしたいかは隊長次第だからな」
言われると分かるような気もする。
(つまり、大枠はカート隊長が考えてて、パターガーさんはその実現のために細かいことをする)
クイッドは黙って頷く。自分は今のところ、更にその下で2人の手のまわらないことをするべきだ。
「ずいぶんと神妙な顔じゃねぇか」
パターガーが笑って告げると、豪快に水袋の水を飲み干した。
見た目によらずあまり酒を飲まない。生真面目な男なのだ。
「役割分担ってあって、もっと言うと俺の役どころってあるじゃないですか。考えさせられることがあったので」
クイッドは告げて、部隊の面々を見渡す。
思い思いに休んでいて、談笑していた。訓練を重ねてきた、女王リオナ直属、100人の精鋭部隊だ。丸一日でも装備を背負って駆けていられる。
自分はこの部隊の3番手に抜擢されたのだから、もっとよく気を回さなくてはならない。
「俺に出来ることと出来ないことがあって、聖女様にも出来ることと出来ないことがありました。他の人とでも、おんなじかなって」
聖女エストの修行に付き合った。ギガンヒッポスの封印を解いてしまったことで、予定よりも速く打ち切っている。
勉強になる旅だった。
「誰でも、なんでも出来るってわけじゃねえからな」
肩をすくめてパターガーが言う。
「お前が伸びたんなら、おかしな任務だったが、送り込んで良かった。あの聖女様も力を増したんなら、尚更な」
パターガーが更に加えて告げた。
くだらない感傷だ、と馬鹿にされることもない。親身になって話を聞いてくれるから、本人の認識とは裏腹にパターガーは慕われている。
鐘が鳴った。
「昼飯だな」
ニタリと嬉しそうにパターガーが笑う。
「ご一緒しますよ。お邪魔でなければね」
クイッドは戦い方のことなどで相談したいこともあり告げる。
しかし、慌ただしげに身なりの良い男が自分たちを目掛けて走ってきた。
「パターガー副隊長殿っ!女王陛下から書簡です」
ふうふうと息を切らせ、小太りの男が手紙を差し出す。確かに立派な封がしてあった。
「俺にかい?カートさんじゃなく?」
パターガーが尋ねて顔をしかめる。
女王リオナとカート・シュルーダーの関係性を思えば当然の疑問だ。
「それは、恋文ならともかく、命令書ならばあり得るでしょう」
見た目によらず冗談のわかる人柄らしい。汗だくのまま使者の文官が笑って返した。
「まぁ、そりゃそうだ」
パターガーがその場でビリビリと封を破った。いちいち丁寧に切って畳むなどということはしない。そこは見た目通りにガサツなのだった。
「私はテスロと申します。女王陛下の下で主に書類や指示書のお使いをしております」
ニコニコと人懐っこそうに笑ってテスロが名乗る。
「俺はクイッドと言います。カート隊長やパターガー副隊長の部下です」
クイッドもペコリとテスロに頭を下げた。一回りは年上そうに見えたからだ。
その間も険しい顔でパターガーが書面に目を通していく。
「存じております。前途有望な若手で、聖女様の旅にも同行されたと聞きます」
テスロが穏やかに微笑んで返す。
「あまり、お役に立てなかったんですけどね」
クイッドは肩をすくめて返す。
パターガーが目を通し終えるまで手持ち無沙汰なのだった。テスロもなぜだか帰ろうとはしない。
「んで?あんたは俺の返事待ちかい?」
書面から目を上げてパターガーが尋ねる。
「ええ、お返事も賜るように、と」
涼しい顔でテスロが答えた。
「陛下の勅命に逆らえるわけがねぇだろ。カートさんじゃあるまいし。承りました、と伝えてくんない」
パターガーがぞんざいに告げる。
「私も同様に思いますが、指示は指示ですので」
笑顔のまま頭を下げてテスロが背を向けた。
「あんたも昼休憩だろうに、大変だな」
あまり表情を動かさずにパターガーが労う。
「この体型ですのでね。良い運動ですよ」
そして笑ってテスロが去っていくのであった。




