【第三章 】第一話:閉じ込められちまった
第三章
『閉じ込められちまった。』
そんなメッセージを受け取ったのは、俺にとって最早日常となりつつある放課後の部室でのひと時だった。昨日はお得意様の陸上部から「棒高跳びの設営その他」の依頼があって外に出ていたが、我らが『学内ボランティアサークル部』は依然依頼のない日の方が多い。
依頼のない日、俺たちは突然の依頼に備えて部室で待機している。受験生のコノハ先輩は、参考書を開いて真面目に受験勉強をしていることが多い。白羽はギターを弾いていることもあるが、基本的には無骨なヘッドフォンを装着して、眠るように音楽に耳を傾けている。アゲハ先輩はいつもの窓際の席で、風に髪をなびかせているが、居ない日もある。そんな日は、部のグループチャットに一言『任せる』と書き込まれている。
楽しくおしゃべりしている日もあれば、それぞれの世界に籠る日もある。
俺はスマホを眺めているか、コノハ先輩を見習って勉強をしている。わからない所があると、コノハ先輩が優しく教えてくれるのは役得だ。一年の時から、どうせ大学はバレーの推薦で入ると思って怠けていたので、この時間はありがたい。
『どういうことですか?』
ちょうどスマホを眺めていたところだったので、俺はすぐに返信をした。アゲハ先輩が個人チャットに連絡してくることは珍しい。
すぐに返事が来る。
『二人はいるか? 二人には言うな。』
『わかりました言いません。何かあったんですか?』
『閉じ込められたって書いただろ間抜け。』
『何かの比喩ですか?』
『そのままの意味だよ。監禁されてるって意味だ。』
監禁という単語に、様々な憶測が脳裏を駆け巡った。でも、この平和な日本で、まさかな。俺はいつものアゲハ先輩流の冗談かとも思ったが、いつものアゲハ先輩の冗談とは質が違う気がした。この人はもっと人をバカにしたような冗談を好む。構って欲しいとか、そうゆう類のことは言わない。
『監禁ってこの字で合ってますか? この監禁?』
『そうだよ鈍いな。』
『いまどこにいるんですか?』
『グラウンドの体育倉庫。早く来い。』
俺は席を立って、二人には何も言わずにちょっとそこまで出るような仕草で部室を出た。冗談であってくれればいい。だが、どこまで当てにしていいかは不明だが、いわゆる悪い予感という奴が頭の周りをくるくる回っていた。
グラウンドではサッカー部が等間隔で置かれた三角ポールの間を、ボールを蹴りながらスラロームしていた。俺は彼らの邪魔にならないようグラウンドの端を進んだ。一刻も早く走って向かいたかったが、それをすると嫌な予感が真実になってしまうような気がして、俺は小走りで体育倉庫を目指した。
グラウンドの隅で体育倉庫は静かに佇んでいた。体育の授業で何度か使用したことはあるが、使用後は係がいつも鍵をかけて、鍵を職員室へ返しに行っていた。
入り口の引き戸の目の前まで来ても、中からは物音一つしなかった。耳を戸に当ててみても同じで、この中に人がいるとは思えなかった。入り口は古ぼけた南京錠でしっかり施錠されている。
俺は力強く続けて二回入り口を叩いた。
「アゲハ先輩いますか!?」
「うるせーな」
平坦な彼女の声が、小さいが確かに体育倉庫の中から確かに聞こえた。
「大きな声を出すなよ。大声出して何か解決するのかよ」
アゲハ先輩の声は冷めきっていた。
俺はその小さな声を聞き逃すまいと、入り口に頬ずりして、耳を生暖かい鉄の板に付けた。
「中にいるんですね?」
「ああ」
「閉じ込められたんですね?」
「そういうこった」
「俺すぐ職員室で鍵を借りてきます!」
走り出そうとする俺を
「待て! そうじゃねえ!」
はっきり聞こえる大きな声が止めた。彼女が俺の前で大きな声を出すことなんて初めてのことだった。
「そうじゃねえ、いいからオレの話し相手になってくれ」
アゲハ先輩は開き直ったような穏やかな声で呟いた。
「どういうことですか? 閉じ込められているなら早く鍵を……」
「意味ねえよ。多分な」
「どういうことですか?」
「こっちが聞きて―よ。あんまり急かすな。ゆっくり喋らせてくれ。流石のオレも少し参ってるんだ」
「……体は無事なんですか?」
「生まれてこの方無事だったことなんかねーよ。だがまあ、外的要因って意味なら無事だな」
「どうしてこんなことに……」
「だから、こっちが聞きて―よ。まあ順序を話すとだな、オレは手紙で呼び出されたんだ。オレがお前にしたみてーにな。ほんのちょっと前のことなのに、随分懐かしく感じやがる」
「そんなことはいいですから続きを」
「騒ぐなよ。オレは開き直ってマットで寝ようと思っていたところなんだ。だがここは眠るにしてはちょっと暑いな。暑いのは嫌いだ。暑いと頭がガンガンする。もうちょっとしたら夏が来るな。うんざりだぜ。でも夏は好きだ、あのなにもかも飲み込んじまうみてぇな太陽の光は好きだ。参っちまうけど、信仰だな最早」
「手紙を貰ってどうしたんですか?」
「焦るなよ。ちゃんと話すよ。とにかく手紙を貰ったんだ、下駄箱の中にな。珍しいことじゃない。オレはモテるからな。それで、放課後に体育倉庫に来てくれってさ。場所のチョイスに笑っちまったよ。それでのこのこやってきたら、入り口が突然ガンッて閉まってな、鍵まで閉められた。悪戯だったら返り討ちにしてやろうと思ってたのに、間抜けだぜ。笑えねえ」
頭が沸騰しそうな俺と違い、アゲハ先輩の声はどこまでも平静だった。
「なんでそんなに冷静なんですか? 閉じ込められたんですよ!」
「焦ったって何にもならねえよ。エネルギーの無駄遣いだ。でも驚いたぜ。お前も結構焦ったりするんだな。そんだけ体がでけえと、ちょっとしたことじゃ動じねえと思ってたぜ」
「ちょっとしたことじゃないし、俺はいつも焦ってますよ。そう見えないだけで」
「いや、お前は冷静な奴だよ。冷静というより達観してるっていうのかな」
「そんな話はいいです。誰にこんなことを!?」
「だから焦るなって、焦るなって言うと逆に焦っちまうか? なんだかエサを貰えない子犬の相手しているみたいで罪悪感が湧いてくる」
「本当に体は大丈夫なんですか?」
「おう、制服のまま、マットに横たわってる。カビ臭せぇが、悪くない心地だ」
「平気なんですね?」
「そうだな今はまだ平気だけど、ここはちょっと暑いし、喉が渇きやがる。だが大人に頼らず解決できるなら、そうしてえ」
「相手は学生なんですか?」
「まあ、間違いねえだろうな。ちらっと制服のスカートが見えた。大方好きな男がオレに夢中なんだろうさ。迷惑な話だ」
「心当たりはあるんですか?」
「クックック、オレはモテるからな。心当たりがあるとすれば、いや、これは心当たりというよりも直感だな」
「誰なんです?」
「お前だよ」
「俺ですか?」
「ああ、冷静になってきたじゃねえか。そうお前。ここのところお前はオレにべったりだからな」
「べったりなんて……」
「むしろオレが聞きたいぜ。お前なんか心当たりないか?」
アゲハ先輩に問われた瞬間、数年間に及ぶ「彼女」の記憶がフラッシュバックした。俺はやりきれない気持ちに飲み込まれた。
「黙ったってことはあるみてぇだな」
「アゲハ先輩。その女子は背が高かったですか?」
「さてね。あっという間だったんだ、そこまで見てねえよ」
「アゲハ先輩。俺そいつと話したいと思います。居る場所もわかります」
「そうかい。当てが外れてなけりゃ早くここから出れるかもな」
「……その前に泣き言を言ってもいいですか?」
「泣きてえのはこっちだよ。まあでも言え、部長の務めだ」
「何を喋っていいかわからないんです。何を言っても彼女を傷つけてしまう気がして、ちゃんと話が出来るかわかりません」
「お前はオレと違って溜め込むタイプだからな。オレみたいに湧いてきた言葉を無責任に投げつけてやればいいんだよ。溜め込んだ分、全部吐き出しちまえ。あとのことなんか知るか」
「わかりました。アゲハ先輩の真似をしてみます」
「なんだそれ。気持ちわりーな」
「先に一応職員室も見てくるつもりですが、本当に先生に報告しなくていいんですか?」
「それは最後の手段に取っておけ。無駄に騒ぎを大きくしたくねえんだ、部の評判にも関わる。ああ、それと、コノハと白羽には絶対話すな。特に白羽にはな。コノハに説教されるのはごめんだし、白羽を怖がらせたくねえ」
「どうして俺に連絡をくれたんですか?」
「さっきも言っただろ? そんな予感がしたからだ。お前は私の忠犬だからな」
「犬ですか」
「ああ、背中に乗れるくらい大型のな。真っ白い優しい目をした犬だ。そんな奴に人をたぶらかせるわけがない、その彼女も、きっとお前に勘違いしちまったんだろうな。おっと、これ以上は野暮か」
「アゲハ先輩、俺行ってきます。勘違いじゃなければ鍵を持ってすぐここに戻ってきます」
「おう、行ってこいデクノボー。オレはちょっと寝る。喋り疲れた」
アゲハ先輩の言葉の全てを信じるわけにはいかない。あの人は会話の中に、こっそりと強がりを混ぜる。本当は今も灼熱の海の中でもがいているのかもしれない。俺はアゲハ先輩の涼しい顔を見るまでは、彼女の無事を確信できない。
もう躊躇う必要もない。俺はグラウンドを走って、まっすぐ職員室へ向かった。
祈るような気持があった。
職員室のキーハンガーに体育倉庫の鍵がかかっていますように。それならば全てが解決する。ただ真相を闇に残す事になる。
何がベストなのか。
俺は歯を食いしばって走った。この先にハッピーエンドなど、果たして待っているのだろうか。この期に及んでそんな結末を望む俺の頭がおめでたいのか。
ただはっきりとしていることはある。彼女ははっきりと罪を犯した。そして、それによってアゲハ先輩は苦しんでいる。それだけは変えられない事実だ。
もし犯人が彼女じゃなかったら、そう夢想する。まだその可能性は十分ある。アゲハ先輩のことだ、人の恨みを買うこともあるだろう。だがそうではないと俺の頭は強く否定する。
職員室に入り、キーハンガーを見ると「体育倉庫」と書かれたスペースに、鍵はぶら下がっていなかった。
俺はこぶしの底で小さく壁を叩いた。
悔しさと罪悪感で、体がひしゃげそうだった。




