【第六章 】第二話:学園祭デート
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土曜日。学園祭当日。
学園祭は学校行事であるため出席がとられるし、月曜日は代休になる。そのため俺はいつも通りの時間にバスに乗り、いつも通りの面々の頭を眺めながら学校に着く。
我らが2―Dの教室は喫茶店に様変わりしており、俺たちは地べたに座って出席に返事をした。担任はそれだけ済ますと、羽目を外し過ぎるなと釘を刺して、もう用は済んだと教室を後にした。
生徒会長が校内放送で学園祭の開催を宣言し、俺たちの祭りが始まった。
俺はまず白羽の教室に向かった。
午前中は部室で練習に専念するそうで、会えなくなるのでその前に発破をかけておこうと思ったのだ。白羽はのろのろしているので、この時間なら多分部室に行くより、直接教室に行った方が会える確率は高いだろう。
だが白羽の姿はすでに教室にはなかった。俺は部室に向かった。部室棟についても軽音部のギターやドラムの音が聞こえるだけで、白羽のアコースティックギターの音色は聞こえない。部室の鍵は開いていた。ドアを開けると、白羽はいつもの席で、机に突っ伏していた。
「白羽?」
俺は恐る恐る彼女に声をかけた。
「んあー。冬川先輩ー?」
白羽は顔を上げると、いつも以上に眠そうな声でもごもごと言った。
「どうした白羽、体調でも悪いのか?」
「きのー遅かったからー寝るー」
遅くまで練習していたのだろうか、家族に怒られなかったか?
「前日に焦るのは二流じゃなかったのか?」
「私もまだまだー。でも今日は一番うまいー」
「そうかゆっくり休めよ。寝坊はするな?」
「あいー」
気の抜けた返事をして、白羽はまた机に突っ伏した。
休んでいるだけなのに、白羽の体の周りの空気が揺らめいて見えた。彼女は今力を溜めているのだ。俺は部室のドアをそっと閉めて、アゲハ先輩の元へ向かった。
アゲハ先輩の教室は確か3―Cだったはずだ。俺は三階まで階段を登った。学園祭はもう始っており、校舎は賑やかで、登下校時のように普段教室に閉じ込められている生徒たちがあふれ出ていた。
アゲハ先輩からメッセージは届いていない。どこかで待ち合わせても良かったが、俺は逸る足で彼女に会いに行った。
3―Cの出し物は射的だった。俺は呼び込みをしている女の先輩に「桂川先輩はいますか?」と尋ねた。
その先輩は俺の背丈を下から上まで見定めると
「あれ、もしかして桂川さんの彼氏?」
と尋ねた。
さて、どう答えたものか。部活の後輩ですとお茶を濁すのは簡単だが、俺の中のプライドが強烈にそれを拒否した。
「はい、そうです」
「キャー」
その先輩は黄色い悲鳴を上げた。そして、教室の中に向かって大声で
「桂川さーん。彼氏がお迎えに来てるよー!」
どうやらアゲハ先輩は中にいるらしい。だが群がってきたのは、クラスの女子生徒達だった。彼女たちは俺を取り囲むように品定めを始めた。
遅れることのろのろと姿を現したアゲハ先輩だったが、今度は彼女が囲まれた。
「桂川さん、彼氏背高いね」「先輩って言ってたよ。後輩なの?」「今日は学園祭デート?」「いいなー後輩彼氏」
「はう……。あんまりからかわないでよ……」
誰だこいつ。心なしかいつもより小さく見える。
「ごめんね。待った?」
アゲハ先輩が俺の傍らについてそんな健気なせりふを吐くと、ギャラリーから歓声が上がった。その間さりげなくつま先で脛を蹴られた。流石にそこは鍛えられないので痛い。
「もう、行こ?」
小首を傾げて学名アゲハモドキは、俺の腕を引っ張る。ギャラリーがまた湧く。
「二度と来るんじゃねえぞ」
廊下まで来ると、アゲハ先輩は顔を真っ赤にして吐き捨てた。
俺たちは並んで三年の廊下を歩いていた。足の遅いアゲハ先輩の歩調に合わせるので、テンションの高い生徒たちに次々追い抜かれていく。
「学園祭に限らず祭りなんてもんは基本食べ歩きだ。オレの小さい胃袋には荷が重い。代わりにお前が食べろ。オレはそれを見て食べた気になる。ああ、それから迷路とかうちの射的とかそういう学生の自己満足の子供だましはごめんだぜ。バカなカップルみたいにキャーキャー騒ぐのは性に合わねえ」
祭り好きのくせに、アゲハ先輩は変にドライだった。
「でも、3―Fのお化け屋敷には行きたいです。俺が暗幕を張ったので、完成したものを見てみたいです」
「オーケイ。挨拶がてら行くか」
俺たちは来た道を折り返した。
お化け屋敷は、ちゃんと真っ暗で、仕事をした甲斐があった。上から吊るされている系のトラップは、俺の身長を想定していないので悉く不発に終わった。アゲハ先輩が「キャア」とかそんな悲鳴でも上げてくれたら楽しめたかもしれないが、この人の神経は図太かった。
俺は3―Eのフランクフルトを衝動買いした。アゲハ先輩は買わなかった。
「言っただろ、オレはお前が食ってるの見てるだけで幸せだ。沢山食え」
アゲハ先輩は、ペットの食事を眺めるみたいに、俺のことを見ていた。
「まあ、でもお茶ならいいかな。そう言えば付き合ってるのに、お前と茶店でお茶した記憶もねえ、これは問題だな。そうだ、喫茶店へ行こう。紅茶とケーキが置いてあるような。どこかにあったかな、そうだ、確か、2―Dが喫茶店だったな。それがいいそうしよう良いよな?」
アゲハ先輩は後半、俺の目をじとーっと見ながら、わざとらしく言葉を並べた。
「2―Dは俺のクラスなんですが」
「えーそうなのー知らなかった―。なんか問題でもあるのか?」
睨まれる。これは俺が勝手に教室に来たことへの報復だ。
「……ありません」
俺は白旗を上げた。でも、ほんのちょっとだけ、美人の彼女を見せびらかしたいと思ったのは秘密だ。
実際に2―Dに舞い戻ってみると居心地の悪さは半端じゃなかった。そもそも自分のクラスを部活動という名目で手伝いもせずに、金を払って客としてくる事が不自然だ。しかも女連れで。
アゲハ先輩は嫌がらせのつもりなのか、普段のありようなのか、小鳥がついばむようにケーキをちょっとずつ口に運び、じっくりと時間をかけて紅茶を流し込む。
男子からはにやついた目で、女子からは冷ややかな目で、俺たちの席は注目を集める。
女子たちから押し出されるようにして、一人のウェイターが俺たちの席に来た。
「……冬川、えっと、部活は?」
損な役目を背負わされたクラスメイトはたどたどしく口を開く。
「ああ、今は依頼がなくてな。休憩中だ」
「……そっか、……えっと、その、誰?」
「彼女は部活の先輩だよ。一緒に見回りの途中なんだ」
「もー、彼女って言えばいいじゃーん」
アゲハモドキは甘えた声で囁く。
「……そっか、じゃあ、ごゆっくり」
俺は学園祭が終わった後の学生生活に重大な不安を抱えながら、熱い紅茶を飲み干した。
アゲハ先輩は暑いからと少し嫌がったが、運動部の模擬店は外にあるので、俺たちは腹ごなしも兼ねて校庭に出た。梅雨の時期だから心配された悪天候は無事回避でき、代わりに刺すような日差しが照り付けていた。
アゲハ先輩は俺の作る影に隠れるように斜め後ろを歩いた。その代わり、俺の手を握った。恥ずかしさもあったが、彼女が人ごみに突き飛ばされないか心配だったので、俺も手を握り返した。
二人、老夫婦のようにゆっくり歩いていると、突然アゲハ先輩は手を放し、走り出した。彼女の走る姿なんてもしかしたら初めて見たかもしれない。慌てて追いかけると、雑踏の中に子供の泣く声がしているのに気付いた。
幼稚園児くらいの少年が、空を仰いで泣いていた。アゲハ先輩は彼に駆け寄り
「どうしたの? お父さんとお母さんは?」
と優しい声で尋ねた。
アゲハ先輩は少年の手を取った。
「入り口のところの実行委員会のところに行くぞ。先に行って説明しろ」
俺にそう指示すると「今お母さんに合わせてあげる」と子供の手を取って歩き出した。子供は大人しく彼女に従った。
俺は校門近くの学園祭実行委員会の溜まり場に走った。
事情を説明すると、実行委員会も手が回っていないらしく、困惑した様子だった。
「オレが放送室で呼びかけるから、お前はこいつと保健室で待ってろ」
混乱している現場に追い付き、業を煮やしたアゲハ先輩は俺にそう指示した。
「この大きなお兄さんと一緒に待っててね、すぐにお母さん呼んでくるから」
アゲハ先輩は一目散に走り出した。また無理をしてないか、俺は胸が締め付けられそうだった。
俺はバトンのように手渡された少年の手をしっかり握った。
「じゃあお母さんのところに行こうか。あのお姉さんが見つけてくれるから」
俺はしゃがみこんで少年と約束した。施設での経験が少し役に立った。少年はうなずきもせず大声で泣いていた。
俺は彼を抱っこした。これ以上大声で泣かれたって一緒だ。俺はそのまま雑踏の中を保健室に向かった。
保健室で養護教諭に少年を引き渡していると、校内放送が響いた。
「迷子のお知らせです。青いTシャツに茶色いズボンを履いた幼稚園ぐらいの男の子。青いTシャツに茶色いズボンを履いた幼稚園ぐらいの男の子。校舎一階の保健室で預かっています。保護者の方は至急お越しください。校舎一階の保健室です」
少し息苦しそうな、アゲハ先輩の声だった。
少年の母親はすぐに保健室に飛び込んできた。彼女は放送室からのんびりやってきたアゲハ先輩に礼を言うと、何度も頭を下げて保健室を出て行った。
アゲハ先輩はふらふらと、いつものベッドに吸い込まれていった。
「大丈夫ですか?」
ベッドに横になった彼女に問いかけると、アゲハ先輩は一言
「疲れた」
とこぼした。
「無理しないでくださいね」
「無理はしてねえよ。慣れねえことはしたがな。ま、もうここから動く気はねえ。オレには祭りの雑音をここで聞いてるのがお似合いさ」
「後で落ち着ける体育館のステージに行きましょう。そこなら体を動かさずに楽しめるはずです」
「そうだな」
彼女はいつもの天井を見上げた。
「ガキはいいな、大声で泣けて。善でも悪でもない。敵わねえよ」
俺は彼女の手を握った。
「やめろよ」
彼女は静かに呟いた。
「死ぬみたいじゃねえか、縁起でもねえ」
そう言って彼女は手を握り返した。




