【第五章 】第三話:学園祭準備初日
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一週間ある学園祭準備期間に入った。この期間に入ると、放課後の教室や部室には、残って準備に勤しむ者があふれる。俺たちの活動は、そう言った生徒たちの手伝いを募集していることをアピールし、実際に協力することだ。
全員プラカードを持って、部室を出ようというところで、アゲハ先輩が後ろから白羽の肩を掴んだ。そのまま押し込み、白羽はするすると椅子に腰を下ろした。
「白羽、お前は今日ギターの練習だ。誰もいない部室を使えるいい機会だ」
「でも……、アピールしなきゃ……」
「初日はみんな余裕があるから依頼も少ないんだよ。それにギターの練習をするのも依頼のうちだ。ぎゃふんと言わせてやれ」
アゲハ先輩は、優しく子供にたしなめるように白羽の頭を撫でた。
「わかりました。ぎゃふんと言わせます」
白羽は決意に満ちた瞳で答えた。
「いい子だ」
アゲハ先輩は満足したように、白羽の頭をポンと軽くたたいた。
「それから来斗、お前は今日のところはコノハについて回れ。研修だ」
アゲハ先輩はついでで指示した。
「どうして私なの? 別に構わないけど、アゲハが面倒見てあげたら? 付き合ってるんだし」
コノハ先輩は首を傾げた。
「公私混同はしねえよ。オレの猫かぶりより、天然物のお人好しと行動したほうが研修になるだろ」
「そういうことみたい。よろしくね冬川君」
「はいよろしくお願いします」
「ゴホン……。ゴホッ……ゴホッ……。オレは部室棟と三年の教室をトロトロ回るから、お前らは一二年の教室と運動部を回れ。依頼が入ったらその場で応えてやっていい。グループチャットへの報告を忘れるな。以上だ、とっとと行くぞ。白羽、頑張れよ」
こうして俺たちの学園祭が始まった。
部室を出ると、早速ギターの音色がした。俺は本番までの楽しみに、耳に蓋をしてプラカードを持って外壁の通路を歩き始めた。
ゆっくりとマイペースに歩くアゲハ先輩を引き離して、俺とコノハ先輩は校舎に入った。
「まずは二年生から行こっか。一年生より私たちのことを認知している人も多いし、ハードルは低いはずだよ」
コノハ先輩が優しく俺を導いてくれる。
「了解です。確かに俺も一年のころはこの部のこと知りませんでした」
「そうでしょ?」
そう彼女は微笑む。アゲハ先輩といるといまだにドキドキが止まらないが、コノハ先輩と一緒にいると、心が綺麗になっていくような錯覚を覚える。
「うふふ。アゲハと一緒が良かった?」
コノハ先輩は悪戯っぽく笑った。
「いえ、そんなことは……。ご一緒出来て光栄です」
「ふふ、なんか硬くなあい?」
コノハ先輩はコロコロと笑った。なんというか幸せだ。
幸福な会話は長く続かず、俺たちはすぐに最寄りの2―Aの前に辿り着いた。
「見ててね?」
コノハ先輩はそう言って、2―Aの戸をノックし、ためらいなく引き手を引いた。
「こんにちわ。『校内ボランティアサークル部』です。学園祭の係の方か責任者の方いらっしゃいますか?」
折り目正しい言葉使いで、コノハ先輩は柔らかく声を発した。
床で段ボールを切っていた男子生徒が立ち上がり、こちらへ向かってきた。
「はい、俺、学級委員ですけど。何か御用ですか?」
学級委員はおよび腰で尋ねた。背後に立つ大男のせいでないと信じたい。
「はい!」
コノハ先輩は彼の怯えた態度を、溌剌としつつも品のある笑顔で吹き飛ばした。
「私たちは、クラスや委員会、部活動などの、学園祭の手伝いをして回っています。まだ準備期間初日でトラブルなどは無いでしょうけど、何か困ったことや手が足りないことがありましたら、いつでもどんな雑用でも言ってください。私たちに直接言ってもらっても構いませんし、部のSNSからでも依頼できます。良かったら私たちを仲間に入れてくださいね」
「は、はい。そのときはよろしくお願いします」
男子生徒は顔を真っ赤にしながらペコペコ頭を下げた。なるほど、これは確かにアゲハ先輩についていくより勉強になる。俺にはコノハ先輩のような天性の柔らかさは持ち合わせていないが、目線を合わせた丁寧な言葉使いは勉強になる。
俺の武器はなんだろう。やはりこの大きな体だろうか。どんな力仕事でも出来ると、高いところに暗幕を張ることもできますと、アピールしていくべきだ。
戸を静かに閉めるとコノハ先輩は、小さく「ふう」と溜息をついた。
「久しぶりだから緊張しちゃった」
「いえ、はたから見ていて完璧でした。勉強になります」
「そ。なら良かった。依頼は取れなかったけど、アピールは出来たね。まだ初日初日。焦らずに行こうね」
アピールという点では十二分だろう。あの学級委員は今夜眠れぬ夜を過ごすかもしれない。罪な人だ。
二年生の教室を回り終え、依頼は無かったが、確かな手ごたえがあった。俺たちの部のことを知っている人もちらほら居て、手伝って欲しいことがあったら頼みますと、色よい返事をしてくれた。きっと彼らの多くは何か困ったことがあった時、コノハ先輩の笑顔を思い出すだろう。今後も回り続ければ確実だ。
続いて一年生を回ったが、結果は同じだった。二年に比べて部の認知度は低く、毎度コノハ先輩が丁寧に部の説明をしていた。
最後に運動部とのことだったが、学園準備期間にもかかわらず練習をしている運動部は、そもそも学園祭に出店等しないため、すぐに終わった。バレー部も去年は何もしなかった。
代わりに通常業務だが、陸上部の棒高跳びのセッティングを手伝った。我が校の陸上部は四人しかいない。うちの部と同じ人数だ。その中でも棒高跳びの選手は一人しかいない。他の部員の練習を遮ってまでマットを運ぶのを手伝わせるのは申し訳が無いということで、たまにうちの部に依頼が来る。セットを終えた後も、ついでに他の部員のタイムを計ったりして、すっかりお得意様だ。
「働いたー」
と背伸びをしながら歩くコノハ先輩に随伴して、夕暮れの校庭を歩いた。校舎の長い影が、野球部の練習に覆いかぶさっている。アゲハ先輩の歩調を合わせるのに慣れてしまったためか、コノハ先輩の足が早く感じる。心地よい風が吹く、コノハ先輩の肩まで伸びた髪がたなびき、キラキラと光を反射する。
部室棟に着く。
様々な喧騒に紛れて、白羽のアコースティックギターの音色が聞こえる。
「邪魔しちゃ悪いね」
コノハ先輩は俺の袖を軽くつまむ。
俺たちは踵を返した。向かったのは学食のテーブルだった。
自販機で飲み物を買い、俺たちは休憩を取った。学食では広いテーブルに模造紙を広げ、何か書き込んでいる生徒もいる。
心臓が小さく高鳴る。
もうじき学園祭が始まる。去年は何も準備せず、チームメイトと校内をふらついただけだったが。今年は一週間も前から祭りに参加している。
「学園祭楽しみですね」
自然と声が漏れる。
「そうだね。当日はアゲハといっぱいイチャついてあげてね。あの子お祭りが好きだから」
「そんなこと言わず、みんなで楽しみましょう」
コノハ先輩は目を丸め、うふふと微笑む。
「そういうところが好きになったのかもね」
「からかわないでください」
コノハ先輩はいつまでも微笑んでいた。
「なにさぼってんだ?」
学食を通りかかったアゲハ先輩に見つかった。相手がコノハ先輩とはいえ、他の女性と同席している場面を、彼女に見られるのは緊張感がある。
「ちゃんと働いたわよー。陸上部も手伝ったし。今はルミちゃんの練習が終わるのを待ってるの。アゲハの方こそどうなの?」
「オレの方は3―Fから一軒依頼があったぜ。といっても暗幕が足りねえから貸してくれってだけだがな。うちの学校は暗幕は二枚までしか貸し出さねえって決まってるからな」
「へー一人でもちゃんとしてるじゃない。で、どうするの、休憩していくでしょ?どっちの隣に座るの? ん?」
コノハ先輩は銀縁眼鏡を光らせながら挑発的な言葉を浴びせる。
「チッ」
アゲハ先輩は不機嫌そうに舌打ちをして、オレの隣にドンと腰を下ろした。そして、オレの腕に腕を絡ませ体を密着させた。
「これで満足か?」
「あらあらご馳走様」
二人とも俺で遊ぶのはやめてほしい。でも、デート以来激しいスキンシップがなかったので、正直なところとても嬉しい。アゲハ先輩は開き直ったように熱い指を絡めてくる。俺はその熱い手を握り返す。
「あーこんなとこにいたー」
白羽が俺たちを指さして近づいてきた。
揃っちまったな。アゲハ先輩がぼそりと呟いた。
「あーらぶらぶだー」
白羽は俺とアゲハ先輩をみてにまーっと笑い、コノハ先輩の隣にちょこんと腰掛けた。
「ねーラブラブだねー。こんなところでねー」
コノハ先輩は俺たちを冷やかす。あなたが煽るからですよ?
「白羽、練習はもういいのか?」
アゲハ先輩は向かい風には無視を決め込んで、白羽に尋ねる。
「うんー。昔練習した曲なんで―。余裕だよー」
それは白羽流の強がりなのだろうか。毎日飽きもせず部室にいる白羽が、部活を休んだりするほどだ。音楽のことはわからないが白羽なりの戦いがあるのだろう。
「家では練習できるのか?」
俺は白羽に尋ねた。
「できるよー。押し入れの中―。遅いと怒られるけどー」
俺は押し入れの中でギターを弾く白羽を想像した。小動物のようでもあるが、執念のめいたものも感じる。
朗らかな空気が流れる中、不意にコノハ先輩が口を開いた。
「……ちょっと待って、アゲハ顔赤くない?」
俺は咄嗟に右下を向いた。密着しているためその顔は伺えない。代わりに彼女の手が熱く燃えているように感じた。アゲハ先輩はその手にぎゅっと力を込めた。
それから、火曜日から木曜日までアゲハ先輩は学校を休んだ。
「おかしいと思ったのよ。私と冬川君を組ませた時点で気付くべきだったわ。あの子無理してたのよ。気付かれたくなかったんだわ」
後日コノハ先輩はそんな風に語った。
俺たちはアゲハ先輩の分まで働いた。白羽もアピールに回り、学園祭が近づけば近づくほど依頼も順調に増えだし、俺たちは身を粉にして雑用をこなした。白羽も放課後は練習を止め、代わりに昼休みに部室で練習しているようだった。
肉体労働に向かないアゲハ先輩が居なくても、俺はあるべき柱を失ったかのように混乱していた。ただ彼女の号令が欲しかった。
副部長としてコノハ先輩と白羽に指示を出しながら、俺は部長の重責を背負っていたアゲハ先輩の華奢な両肩を思い出していた。
手にはアゲハ先輩が握り返したあの熱い手の感触が、いつまでも残って、俺を不安にさせていた。




