旧職能印写し保管箱は、開けた人の名を責任者にできません
町側証人宿の朝食札に、リディアの名が初めて呼ばれた。
「リディア様、仮帰着確認待ち。朝粥一椀、受け取り確認は本人名で」
厨房口の少女が震える声で読み上げる。昨夜まで王太子府内滞在扱いに潰されていた名が、湯気の上に戻ってきた。ミナがほっと息をつき、ユアンは捜索灯を窓際へ立てかけた。
だが、盆の横に薄い銅箱が載っていた。
『旧職能印写し保管箱。開封者不在。辞表受理者本人、保管責任者へ仮統合済』
「朝食と一緒に届きました。運んだ写字係の方は、開封確認まで帰れないそうです」
厨房口の陰から、まだ少年と言っていい写字係が顔を出した。ナナの名を昨夜呼び直した若い係だ。胸札には「臨時運搬」とだけあり、名を書く欄が空いている。
箱は、リディアを責任者にするためだけのものではなかった。
開けた人、運んだ人、朝食を出した人の名を、まとめて保管責任へ沈めるための箱だ。
「開封者不在、という語は、誰が開けてもよいという意味ではありません」
リディアは椀に手を添えたまま、青い保留印を三つ置いた。
『箱の封緘を守る責任』。
これは、いま開けないことで保たれる証拠の責任。
『箱を運んだ者の帰着条件』。
これは、胸札に本人名を書き、半刻賃金と帰り道の灯を受けてから閉じる生活手順。
『朝食札の受け取り』。
これは、リディアが粥を食べた事実であって、旧職能印写しを読んだ責任ではない。
少年は、自分の胸札を見下ろした。
「……名を書いても、箱を開けたことにはなりませんか」
「なりません。あなたが書くのは、運んで帰るための名です」
ミナが予備の小札を差し出した。少年はそこに、震える字で「写字係セイ」と書いた。厨房の少女は朝粥札の端に、セイ半刻賃金未払い不可、と追記する。ユアンは帰り道の灯札を一枚、捜索灯の横から外さずに青紐で結んだ。
リディアはようやく一口、粥を飲んだ。温かさが喉を通ってから、銅箱を宿泊証人机の中央へ置く。
「この箱は、開封者を作るためではなく、まだ誰にも開けさせてはいけない証拠として保管します。運んだ人の名と朝食札は、責任箱の中へ入れません」
銅箱の底で、かすかに紙がずれた。
封緘の隙間から見えた内札には、別の古い行があった。
『旧翻訳局副印貸出簿。次回開封予定者――アデル本人帰着確認後』




