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辞表を出した王宮翻訳官、翌朝から王国の契約魔法が全部止まりました  作者: 花守りつ


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一分早い返却済みは、ロウの捜索灯が消える前に棚を閉じられません

『返却済み 明朝七刻十分』


 薄い紙の時刻は、控え台の白布より冷たく見えた。


 ユアンはロウ捜索灯油札を両手で持ったまま、数字を読み返す。


「捜索灯の点火予定は七刻十一分です。一分、先に閉じられています」


 聖女院の書記は、すぐに首を振った。


「一分程度なら誤差です。鍵は返された。棚は閉じられる。それだけです」


「誤差ではありません」


 リディアは小鍵を紙の上へ置かず、控え台の端に残した。金色の鍵は、まだ誰の手にも帰っていないものとして、青札の横で止まる。


「時刻は、鍵のためではなく、人が帰るためにあります」


 リディアは控え台の下から、四つの小さな札を引き出した。


『門灯確認』

『捜索灯点火』

『本人呼名』

『夜食到着』


 どれも空白だった。


 サラが外套を広げる。袖口には、まだ乾いた赤土が残っていた。


「ロウ様が帰ったなら、この土を誰が払ったか、宿舎で誰が呼んだかが残るはずです」


 ミトは欠けた夜食皿を抱きしめた。


「皿も、まだ空です。七刻十分に棚が閉じたなら、七刻十一分の灯りで探す人の夜食は、どこへ届いたことになるのですか」


 書記は答えず、返却済みの紙だけを指で押さえた。


「先に鍵を返せば、後の確認は通常処理で補えます」


「補えません。先に閉じた一分は、ロウの帰り道を消します」


 リディアは青い保留印を取り、返却済みの時刻の下へ線を引いた。破らない。消さない。だが、閉じさせない。


『七刻十分返却済み――生活到達未確認のため未完了』


 ユアンが、捜索灯油札の余白へ自分の名を書いた。


『ユアン。七刻十一分まで、灯油一本を捜索灯へ残す。ロウ本人呼名前に精算不可』


 ミナはエルミアの白札を、返却済みの紙から少し離して置いた。


「エルミア様の未読欄も、同じです。鍵が返った時刻で、本人が読めたことにはなりません」


「候補者の欄まで保留すれば、復旧命令が遅れます」


「遅れるのではありません。まだ届いていないものを、届いたと言わないだけです」


 リディアは四つの札を順に並べ替えた。鍵ではなく、人の帰り道の順に。


 門灯が点く。

 捜索灯が燃える。

 本人の名を呼ぶ。

 夜食が届く。


 その後でなければ、小鍵は返却済みにならない。


 ミトが皿を控え台の中央へ置いた。皿は空のままだが、空であることが、初めて記録になった。


「これなら、ロウ様が帰る前に、わたしの皿も閉じられません」


「はい。空の皿は、食べた証拠ではなく、まだ待っている席です」


 聖女院の書記は、唇を結んだ。奥の棚から、別の帳面を取り出す。


 表紙には、王太子府婚約契約管理室の古い書式で、こう書かれていた。


『第三保管棚・返却時刻標準表』


 七刻十分の欄だけ、紙の角度がわずかにずれている。


 リディアはそのずれを見て、小鍵ではなく、標準表の綴じ紐へ目を落とした。


「この一分は、聖女院だけの誤差ではありません」


 捜索灯がまだ点いていない朝に、王太子府の棚は、もうロウの帰りを閉じたことにしていた。

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