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和平

戦争というものは、勝敗が決した瞬間に終わるのではない。むしろ、そこからが国家の意思と利害が露わになる第二幕である。と、後世の軍学者は述べている。


ウエノハラ丘陵の戦いにおいて民国軍が敗北した報は、風のように大陸を駆け巡った。敗北とは単なる戦術的後退ではない。国家の意思が一時的に屈した証左であり、政治の言語に翻訳されるべき事象であった。民国は、この現実を冷静に受け止めざるを得なかったのである。


戦いから日を置かずして、民国政府は和平の使者を公国へと派遣した。これは屈服ではない。むしろ、国家存続のための合理的判断であったといわれる。


「……戦は終わりではない。形を変えるだけだ」


ある参謀はそう呟いたと伝わる。彼らにとって、外交とは戦争の延長であり、銃声が筆に変わるだけのことであった。


一方の公国もまた、戦勝の余韻に浸る暇はなかった。鐘譜護戦争の終結から間もなく、鐘檎慈戦争が会戦した。国家の運営を考え公国首脳部は迅速な講和を望んだのであった。


こうして両国の思惑は一致し、和平交渉の場が設けられることとなる。


場所はロドニー大陸西部、ブド共和国の都市アルザーノ。交易と中立の象徴として知られるこの都市は、幾度となく歴史の転換点に立ち会ってきた。国家が剣を置き、言葉で争う場として、これ以上ない舞台であったといえる。


「ここで決める。長引かせれば血が増えるだけだ」


公国側の代表団に随行していた小糸は、淡々とした表情のままそう述べたという。彼の眼には、既に戦場の煙はなかった。ただ、次の局面を見据える軍人の冷静な光だけがあった。


アルザーノ条約。後にそう呼ばれるこの講和は、極めて現実的な内容で構成されていた。


民国は公国に対し、2億8000万アドの賠償金を支払うこと。さらに戦場となった公国都市の復興支援を行うこと。そして決定的であったのは、西部に位置するイミタリー炭鉱の割譲であった。


炭鉱とは単なる資源ではない。産業と軍事を支える血液であり、国家の未来そのものといってよい。これを失うことが、民国にどれほどの影響を及ぼすかは、読者諸君にも想像がつくであろう。


「金で済むなら安いものだ、などと誰が言えるか」


民国のある将校は、そう吐き捨てたという。彼らにとって、それは領土と未来を削り取られるに等しい痛みであったに違いない。


講和はこれにとどまらない。公国は間髪入れず、多民族国との和平にも踏み切った。こちらもアルザーノにて締結され、2億アドの賠償金、そして爆炎機の技術提供が約された。


爆炎機。それはこの時代における火魔法投射の革新であり、これを手にすることは、公国にとって次なる戦争への布石に他ならなかった。


かくして、公国は短期間のうちに二つの戦争を終結させた。


軍部は歓喜した。連戦連勝。

その言葉は甘美であり、兵たちの誇りを満たすに十分であった。


「勝ったんだ。文句あるか、ねえだろ」


前線から戻った兵士が、酒場でそう豪語したという。そこには疲労と、そしてどこか空虚な響きがあった。


だが、国家の勝利とは常に一枚岩ではない。民衆は犠牲を払い、家族を失い、都市を焼かれた。それでもなお、人は勝利に縋る。そうでもしなければ、生きていく理由を見失うからである。


戦争とは、勝者ですら何かを失う営みである。

この単純な真理を、人は往々にして忘れる。


その渦中にあって、小糸という一人の軍人がいた。


彼はこの戦争を通じて大佐へと昇進した。だが、それは栄誉であると同時に、新たな責任の始まりでもあったに違いない。


「階級が上がるほど、見るべき死が増える」


小糸はそう語ったと伝えられる。もしそれが事実ならば、この男は既に戦争の本質を理解していたのであろう。


アルザーノの空は、その日も静かであった。だが、その静寂は嵐の前触れに過ぎない。国家が存在する限り、戦争は決して終わらない。


次の演目は、すでに幕を上げようとしていた。

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