義
戦争というものが一日で終わるならば、それは戦ではなく奇跡と呼ばれるべきものであろう。と古来より軍事史家は語る。
ウエノハラ丘陵において公国軍と民国軍が激突してから、すでに7日が経過していた。
7日。それは数字としては短い。しかし戦場における7日とは、兵士の一生を摩耗させるには十分すぎる時間である。砲煙、血臭、泥濘、そして断続的に続く死。文明が築いた秩序は、丘陵の泥の中で無残に踏み潰されていた。
この戦いは、のちに「持久と消耗の典型」として語られることとなる。
丘陵には無数の塹壕が掘られ、両軍は互いにそれを奪い合った。
「昨日の陣地が、今日は敵の墓場だ。……明日は、俺たちのかもしれねぇがな」
ある公国兵がそう言い、乾いた笑いを漏らしたと記録される。
戦闘は、昼夜を問わず続いた。夜間は砲撃と奇襲、昼間は機関銃と散兵線による前進。丘陵はすでに「地形」としての意味を失い、ただの破壊された土塊の集合と化していた。
地形優位を占める防御側に対し、攻撃側が圧倒的火力と人員で突入し、しかし容易に突破できず、長期の消耗戦にウエノハラも陥っている。
高地を押さえる民国軍は、防御に徹しつつも、三人衆の[参諦]によって異常な粘りを見せた。
「撃て! 撃っても来るなら、撃ち続けろ!」
「クソッ、何で倒れねぇんだよあいつらは!!」
公国兵の叫びは、次第に恐怖と苛立ちへと変わっていく。
一方で、攻める公国軍もまた退かなかった。
アグニス元帥は、中央戦線において圧倒的な火力集中を命じていた。砲兵隊は昼夜を問わず射撃を続け、丘陵の頂を削り取るかのように弾幕を張った。
「撃て。地形ごと吹き飛ばせ!地形が敵なら、地形を消せばいい」
その命令は冷酷であったが、近代戦においては合理的であったといえる。
さらに右翼では、ネム・ヨバン少将率いる第9師団が、機動戦を試みていた。
「止まるな、動け。止まった奴から死ぬぞ」
「了解! っってか少将、マジでそれやるんすか!」
「やるに決まってんだろ。戦争だぞ?」
彼女は塹壕戦の膠着を嫌い、局所的な突破を繰り返すことで敵戦線を揺さぶっていた。その動きは予測不能であり、民国軍にとっては常に不安要素となっていたに違いない。
しかし、それでも戦線は崩れない。
なぜか。そこに「意思」があったからである。
民国中央において、エミリア・プラテル上級大将は、静かに戦場を見下ろしていた。
「……まだ足りないわね」
彼女の言葉は小さかったが、その意味は重い。
彼女は知っていた。この戦いが単なる陣地争奪ではないことを。国家の威信、国民の信頼、そして自身の存在理由。そのすべてが、この丘陵に懸かっていることを。
「ここで止める。ここで、公国を削り切る」
それは命令であると同時に、決意でもあった。
7日目の戦場は、すでに常軌を逸していた。
兵士たちは泥と血に塗れ、まともな補給も休息も得られぬまま戦い続けている。銃剣は折れ、弾薬は尽き、やがてはスコップや拳で殴り合う。
「もう弾ねぇ!」
「じゃあ殴れ! それもねぇなら噛みつけ!」
その光景は、文明の退行としか言いようがない。
しかしそれでも戦争は続く。
なぜなら、戦争とは「やめる理由」がなければ終わらないものだからである。
小糸は第28師団司令部において、この戦況を冷静に見つめていた。
参謀としての彼の役割は、感情に流されることではない。戦場全体を俯瞰し、次の一手を考えることである。
「……消耗戦か」
彼はそう呟いたとされる。
その声音には、わずかな苛立ちと、そして理解が混じっていたに違いない。これは避けられぬ局面であった。いかなる天才も、この種の戦場を完全に制御することはできない。
だが同時に、こうも考えていたはずである。
この膠着を破った者が、戦争を制する。
戦争とは、最後には必ず一点に収束する。そこに突破口が生まれる。その瞬間を掴めるか否かが、勝敗を決するのである。
ウエノハラ丘陵の戦いは、いまだ終わりを見せていなかった。
小糸は中央軍の後方観測所にあった。地図と無数の報告書に囲まれながら、戦局の推移を静かに見つめていた。
「……まだ崩れないか」
誰にともなく漏らされたその言葉は、独白というよりも歴史に対する問いであったに違いない。敵もまた、国家の意志そのものである。そう簡単に崩れるものではない。
民国軍中央。エミリア・プラテル上級大将の陣は、まさにその「崩れぬ核」であった。
彼女は知っていた。戦争とは兵の数や兵器の優劣のみで決まるものではない。精神。すなわち「持続する意思」が最後の勝敗を決するのであると。
そしてその意思は、すでに限界に近づいていた。
塹壕の中で、兵士たちは泥にまみれたパンをかじりながら、乾いた喉で水筒を振る。
「水が……ねぇぞ……」
「贅沢言うな。まだ弾はあるだろうが」
笑いにもならぬやり取りであった。銃を握る手は震え、引き金を引く力すら削がれつつある。
参謀たちの間でも議論は尽きていた。
「このままでは中央は持ちません。予備兵力の投入を……」
「どこに予備があるというのだ」
冷ややかな返答であった。事実、もはや戦力は出し尽くされている。
そのとき、エミリアは静かに立ち上がった。
その動作には無駄がなく、むしろ儀式めいた厳粛さがあったといわれる。
「カードを切る」
それが、彼女の言葉であった。
参謀の一人が目を見開く。
「まさか……あれを?」
エミリアは応じない。ただ前線の方角を見据えた。その瞳は、この世界の人間のものではないとさえ言われた。転生者。すなわち異なる歴史を知る者の眼差しであった。
やがて彼女は低く告げた。
「発動する」
次の瞬間である。
戦場の空気が、わずかに変わった。
それは目に見える変化ではない。だが、確実に「何か」が変質した。後世の軍事史家はこれを「士気の相転移」と呼んだが、当事者にとってはもっと直感的なものであった。
すなわち身体が軽い。
兵士の一人が思わず叫ぶ。
「おい……なんだこれ……腕が……動くぞ!」
「はっ、さっきまで死にかけてたくせによォ!!」
笑い声が上がる。乾いた、しかし確かな笑いであった。
エミリアの魔法[義燃]。
それは自国領内での戦闘において、兵の身体能力を20%向上させるというものである。
たかが20%と侮るなかれ。
戦場における20%とは、行軍速度、射撃精度、反応時間、すべてに関わる。疲労の極限にある兵士にとって、それは「もう一度立ち上がれるかどうか」の差であった。
戦史的に言えば、この種の能力向上は極めて危険である。なぜなら、それは兵士に「まだ戦える」という錯覚を与え、戦闘の持続時間を不自然に引き延ばすからである。すなわち、戦争の残酷さを増幅する装置ともなり得る。
しかし、その場にいる者にとっては、ただの救済であった。
「前へ出ろ!! まだやれる!!」
「来いよ公国の野郎どもォ!! 地獄はこっちだァ!!」
怒号が再び戦線に満ちる。
銃声は一段と密になり、銃剣突撃の頻度が増す。兵士たちの動きは明らかに速く、鋭くなっていた。
コロイス大将はその変化を見逃さなかった。
「……来たね」
静かな言葉であったが、その内には確信があった。
敵が先に手段を切ったこと。それはすなわち、戦局が臨界に達した証である。
小糸が口を開く。
「敵中央、再活性化しています。明らかに異常です」
「異常ではないよ」
コロイスは首を振った。
「戦争とはそういうものだ。人は限界の先で、なお戦おうとする」
それは冷徹な分析であり、同時にある種の敬意でもあったに違いない。
丘陵の上では、再び戦線が燃え上がる。
疲弊の果てになお立ち上がる兵と、それを押し潰そうとする兵。両者の衝突は、もはや戦術や隊形を超え、意志と意志の純粋なぶつかり合いへと変質していた。
歴史とは、こうした瞬間の積み重ねである。
そしてこのとき、ウエノハラ丘陵において、戦争は新たな局面へと踏み込んだのであった。




