光陰流水さりとて火はまた灯る 5
仮面ライダー鎧武の曲の中に「溢れる愛」って曲があるんですよ
あれめっちゃ良いですよねぇ
そこに音はない
身体に纏わりつく様な冷たさも、身体の芯から湧き上がる暑さもなかった
己の存在以外は何の息遣いも感じられない
塗り潰されたようでいて、底の知れない奥行きを持つ一面の黒のみ
そんな中で小さな波紋が音も無く広がっていく
少女が一歩、また一歩と足を踏み締める度に広がっては消えていく
「あっ、いた」
彼女が進み続けていると、遠くに見えたそれに思わず声を漏らし近付いていく
徐々に大きくなっていく、座り込み項垂れた背中に小さく息を吐くと呆れた様に笑う
「こんな所で何してるの?」
目の前の背中にかけた声は空間に虚しく溶けた
「いじけていても仕方がないでしょ、あの時の君は・・・」
「うるせぇよ・・・」
嗜めようとした言葉を苛つきを含んだ声に遮られてしまう
「何なんだよ・・・お前は、お前らは何なんだよ・・・」
抑えきれない苛立ちからか、声が僅かに震え、少しでも現実から逃避しようとしているのか塞ぎ込む様に頭を抱えた
彼を見つめる灯華の表情がわずかに曇る
覚えのある光景
だからこそ、放っておけなかった
「君の気持ちは痛いほどわかるよ、私だってそうだったし」
「・・・知ってるよ、あんたの記憶・・・見たから」
ファルスによって蒸発した後、自身の生まれについて知った彼女の慟哭を彼は知っている
だからこそ、その事について何も言えない
言える筈が無かった
「なら、他の人の記憶も見たよね」
「・・・見た」
「なら、早く戻らないと、フィリアちゃん達が心配してるの知ってるでしょ?」
諭す様な言い方
だが、返ってきたのは突き放す様な沈黙だった
そうして世界は再び静寂に包まれる
ーーどうしようかな
焦っている訳では無い
だが、灯華はこの沈黙をどうしようかと頭を悩ませる
いくら考えようとも結局は彼が落ち着かない事には何もできない
だからだろうか、何となしに隣に腰を下ろした
「・・・何でそんなに」
「構うのか、不思議?」
見透かされた様に被せられた言葉に、小さく頷く
「まぁそうだよねぇ、私達は同じ存在と言ってもほぼ他人みたいなものだし」
そう言ってたはは、と笑う
他人
そうだ、如何に同じ因子を持っていようが全く異なる容姿、性格、性別すら異なる彼女は正しく他人なのだ
だというのに何故ここまで構うのかと、彼は不思議な気分になる
「でもね、それでも・・・何でだろう、私にとって弟みたいなものだからかな・・・」
途中から照れ臭くなって声を窄めながらも、彼女は言った
弟
勝手にそう思われるのは少しばかり違和感がある
だが、その言葉を不思議と受け入れている自分がいるのを彼は感じていた
「そりゃ、確かに私達の変わりにみんなを助けて欲しいって・・・気持ちはあるよ? でも・・・それでも・・・」
言葉の続きに困り言い淀むが、彼へと顔を向けると朗らかに笑い掛ける
「君はね・・・私達の知ってる光景の中に、知らない世界を見せてくれた。知ってる? 私と話してる時、フィリアちゃん一回も笑わなかったんだよ・・・それなのにさぁ」
唇を尖らせ頬を膨らませる
その姿に少しだけ、彼の顔に笑みが溢れた
「私には・・・無理だった。あの子を笑わせる事も、世界を・・・救う事も」
彼女の脳裏に思い起こされる嘗ての記憶
しかし、そんなものはただの感傷に過ぎない
だってそうだろう
今は違うのだから
「でも、君はそれを成し遂げた。私達とは違う方法で、私達の見てない景色を見てきた」
記憶の中にある様に街は崩壊していない、自分とは違う自分が成し遂げたのだと
「だからね、気が付いたの、君の人生は私達のものでも無ければ、私達が作ったものでも無いって・・・ここは君自身が選んで、動いて、作り出した。君だけの世界」
「・・・俺だけの」
告げられた言葉が頭の中で反復する
ずっと考えていた。これは誰の齎した結果なのだろうかと
そんな悩みが解けていく気がした
彼女は優しく頷きながら言葉を続ける
「そう考えたら・・・なんか、ほっとけなくてさ」
「なんで・・・」
「だって、君の人生なのに私達がノイズになって邪魔したら意味無いじゃん」
疑問に思う言葉に返ってきたのは、優しくも酷く残酷な言葉
彼女自身を否定する言葉
「私は君じゃ無いし、君は私でも無い・・・私を知ってる。私の因子を持って生まれた。言ってしまえば弟みたいな存在」
そうして再び彼を見つめた時、彼女は優しく微笑むのだ
まるで記憶の中にあった姉の様に
「浅間灯夜くん、なんだよ?」
フィリアと同じ、自身の存在を肯定する言葉
俗物的なのかも知れない
だが、その言葉が今の彼には嬉しくてたまらないのだ
それ故に、胸の底から溢れ出して来た感情の波が瞳から雫という形で漏れ出る
「でも・・・俺、みんなの失敗を・・・みんな悔しかったはずなのに・・・」
自分を形作っている者達の後悔の念
未来を作れず消えて行った彼らの慟哭
果たして自分だけが戻って良いのかと思ってしまう
そんな彼に「君は優しいね」と一言だけ呟くと微笑みながら語りかけて来た
「ねぇこんな格言知ってる? 止まる者は後ろを見る。進む者は前を見る」
「いや、知らない・・・誰の言葉なんだ?」
「知らなくて当然、今私が考えたの」
「何だよそれ」
泣きながらも思わず笑ってしまう
「私達は"過去"なんだよ」
目を伏せながら、呟かれた言葉
「もう2度と取り戻せない、過ぎ去った・・・幻の影・・・」
重くのしかかるそれは、彼女達の後悔の残穢
「そんなものに取り憑かれて止まっちゃダメ、灯夜くんは今を生きてるんだから前を向いて歩いてもらわないと、私達のせいで君が後悔したら嫌だしね」
だからこそ、それを振り払う様に告げられた言葉
姉として弟に贈る未来へと歩く為の祝辞に、灯夜の心が揺れ動く
「ねぇ、この世界は・・・楽しい?」
「・・・悲しいことも辛いこともあったけど、楽しいよ」
「良かった」
心の底から安心した様に笑う彼女の姿に、自身の心が晴れ渡ってくるのを灯夜は感じる
「あ、ほら、そろそろ朝が来るから起きないと」
まるで自身の心を象徴するかの様に地平線が白く染まり出す
この時間の終わりを伝えてくる
それを眺める灯華の横顔に、灯夜は意を決して言葉を贈ろうとした
「あ・・・あのさ・・・」
「ん? 何かな?」
「行ってきます。姉さん」
伝えられた言葉に灯華は深く息を吸う
熱くなっていく目頭
顔をそっぽ向けると鼻を啜り、今一度大きく息を吸うと、灯夜へと振り向き笑いかけた
「いってらっしゃい、灯夜!」
しかして、彼は目を覚ます
あの暗黒の、無の世界が遠く感じるほどに暖かな日差しと鳥の囁きが届く
その全てがいつもと変わらない
なのに、彼の目にはもう一つの輝く世界が広がっていた
新たな火が灯る
消える前よりも強い輝きを持って




