第37話 光陰流水さりとて火はまた灯る
闇から出るそれの存在に吐き気がする
今までの記憶の中にいるトウヤの姿と目の前の存在との差異が、セドとフィリアに不快感を与えるのだ
信じたく無い
だが、感じ取れる魔力はそれが確かにトウヤなのだと如実に示していた
「どうしたの? どうしたの?」
「体調でも悪いの?」
「なら早く片付けようかね」
子供の声、女性の声、老人のしゃがれた声で喋りかけてくるそれに、頼むからもう喋らないでくれと、現実を突きつけないでくれと懇願する様な気持ちが湧き出た
一方のウツツとコウも事態の異常さを察して動揺する
「何こいつ・・・」
「わかんないけど、ちょっと引いた方が良いかも・・・」
そう言って急ぎテッラと合流しようと周囲を見渡す
だが、セドの近くにいたはずのテッラの姿は既になかった
「アイツ・・・逃げやがった!!?」
「ウツツ・・・どうしよう、どうすれば良い・・・!?」
事態の深刻さに気付き混乱する2人
やがてそれは、動きにも大きく表れ出しパニックへと至る
いつもの冷静な様子から一転してどうしようかと右往左往し出すコウにウツツは苛立ちを覚え声を張り上げた
「どうしようじゃないでしょ、私達も早く・・・!!?」
そうしてコウへと振り返ろうとした瞬間
『フォトン』
空虚な機械音声が聞こえ、一瞬の明滅と共に肉塊となったトウヤの虚像の列が見えた
高速移動による視覚的錯覚では無く、月明かりの発する可視光線を押し除けたことによりにより発生した虚像
見えたのは明滅した一瞬のみ
だが、一直線にウツツの隣を目指し進んでいるのはわかった
ーーまさか・・・
猛烈な胸騒ぎがする
だが、何が起こっているのかは不思議と想像出来た
そうなるだろうなとわかってしまう
だからこそ、心臓が早なり呼吸が乱れていく中で、考えているのとは違う光景を望みながらコウの方へと顔を向けた
しかし、現実は非常だった
「コ・・・ウ・・・?」
土手っ腹に膨れ上がったトウヤの腕が差し込まれ背中まで貫通し、淡く表面から紫の炎が揺らめくコウの姿がそこにはあった
全身から力が下に向け抜け落ちていく感覚がウツツを支配した
ーーあり得ない
仮に能力の下がった分身体だとしても自分達は8大罪だ
確かにアサマトウヤのフェニックスや篝野によって倒される事はあるが、それらは全て対応出来ないだけで見えているし幾らかの反応は示せる
だが、これは違う
気付くことすらできない速度で近寄られ一瞬でやられるなどあり得ない
そんな虚勢のような心の叫び
しかし、実際にコウは何の反応を示す事なく、それどころか隣にいた筈のウツツですら気が付く暇すらなく呆気なくやられた
"光の速度"で近付いたそれによって、あっという間にやられてしまったのだ
現実逃避の様な思考の渦に飲まれ、目の前の光景に唖然としてしまうウツツ
そんな彼女に向けてコウは何とか顔を向けると表情を歪ませながら口を開く
「ウツツ・・・逃げ・・・」
彼女のその言葉を聞いた瞬間
ウツツの身体は弾かれた様に動き距離を取る
次の瞬間にはコウの身体は激しく発光すると、行き場を失った魔力が全身を巡る術式回路の中で過負荷を起こし爆散した
強烈な突風が周囲に吹き荒れ、側から見ていたフィリアとセドもその爆風に飛ばされかける
8大罪程の魔力を持った怪人の爆発
それは親衛怪人や大怪人などとは比較にならない
至近で受ければ多少なりともダメージは受けるだろう
自身の片割れとも言うべき存在がやられた事に腑が煮えくり返りそうになりそうな怒りを覚えるが、それらを飲み下し冷静に次の一手を考えようとする
だがーー
「爆発しちゃった!」
「脆いね!」
そんな淡い希望も無情なまでに呆気なく崩れ去った
「なっ・・・」
爆煙の幕を捲り悪魔は手傷ひとつないその姿を露わにしたのだ
今まで戦ってきたどの相手よりも悍ましい姿のそれ
ーー嗤い、蔑み、愉悦すら感じさせながら、ゆったりと近付いてくる。まるで恐怖を感じるウツツの姿を楽しむ様に
どんなものよりも、畏怖の念すら感じる程の魔力と闘気を溢れ出ている
ーーそれだけでこちらを捻り殺せんほどの怒りを含んだ視線を向けながら
「やめて・・・来ないで・・・」
近付くのに合わせてウツツは後退りする
大きな動きを見せれば襲いかかってくるのでは無いかと思うと恐怖からそれだけの動きしか出来ない
だが、結局のところ、そんな動きはただの対処療法でしか無い
自身よりも早く近付いてくる存在を前にしては、理性ある行動よりも感情から来る動きを取ってしまうものだ
「やだ、やだぁぁ!!!?」
遂には感情が理性を上回り、すくむ足をバタつかせながら背を向けウツツは走り出す
そんな彼女を見て、待ちくたびれていたトウヤはようやく動き出した獲物の動きに両腕を動かしながら歓喜し、追いかけようと姿勢を崩した
「トウヤ!!」
そんな彼に待ったをかける声が響く
折角の気分を台無しにした存在、気怠げに
だが、その姿を見た瞬間には姿勢を正し注視する
いつもの無表情が崩れ、今にも泣き出しそうな顔をしたフィリアの姿を前に、トウヤ達の憂鬱な気分が霧散していく
「フィリア・・・そいつは!」
「トウヤ、話を・・・待って・・・」
静止しようとするセドの声を無視してフィリアは声をかけ続けた
だが、何をすれば良いのか、何を話せば良いのかわからず
混乱する頭の中でただ追い縋る様な言葉だけが出て来た
「トウヤ・・・お願い・・・」
果たして、自分は彼の為に何が出来るのだろうか
わからない、ただ安直に話をしようなんて言葉はかけられない
その苦悩を理解してやれぬ程に馬鹿ではないし、胆力がある訳でもないからだ
だが、このままにしてはおけない
してしまえば取り返しのつかない事になる
それだけはわかったから、ひたすら声を上げ続けた
「トウヤ・・・トウヤ・・・」
「フィリアちゃん」
その声はトウヤのものでも、先程まで聞こえていた他の声達とも違う
姿を現した時に一度だけ聞こえた少女の声
最近知り合った少女の声
灯華の声に目を見開く
そして、彼女は一言だけ呟くのだ
「ごめんね」
「ぇ・・・トウ・・・カ・・・?」
それはどういう意味か
問い掛けようとした瞬間、再びの明滅の後にトウヤであった肉塊はその姿を消す
そうして再び静寂が訪れ、闇だけが残った
「フィリア・・・」
暗闇の中で立ち尽くす彼女へと、かける言葉にセドは迷った
いつまでもいつまでもトウヤだったものが消えた夜闇を




