第17話 セリカワと大狂獣
正直、嫌な予感はしていたと、今朝の様子を振り返る。ここ最近に立て続けに起きた地球防衛軍東局襲撃事件。特にTOB補佐隊員が襲撃を受けた話と研究室室長代理のコーディの死、この二つはあからさまに情報規制が掛かっていた。
一般隊員の不安を煽らない為? 事件の裏で糸を引いている黒幕を炙り出す為? 理由となりそうなものは探せばいくらでも考えることが出来た。
こちらの仕込みが未だ終わってないというのに、警戒網を敷かれてるというのは忌々しい。化け皮星人に用意させた多幸剤を、何を考えたのかロメオが一気に飲み干してしまったのが先ず第一の想定外だ。
意識が吹っ飛び、あうあうあーな状態を放置するわけにもいかず、寄生を強め、作戦を早めることになった。結果としてTOB補佐隊員の壊滅は達成出来たが、駒と怪獣因子を一つ失い、局内の警戒が強化されてしまったのだ。
そして、当の化け皮星人がマルティンの尋問でポロポロと情報を漏らした事。これが、何よりも許し難い失敗だった。おかげさまで新入隊員に裏切り者が紛れ込んでいるという事実が奴らに知れ渡ってしまったからである。
折角、初日に本気で命の危険を冒してまで怪獣に襲われるマッチポンプを実行し、哀れな新人を演出したというのに、全てがパァだ。実際、解放した怪獣が5区からの護送車を襲ってくれるかどうかは不確実性に溢れていたが、見事に怖い思いをさせてくれた。それが無駄になったと考えると腹立たしい。
新入隊員を監視するかの様な目で見てる隊員が増えつつある事には、すぐ気がつく事が出来た。怪しまれる行動は取るべきではない。幸いなことに種は既に局内と隊員達に幾らか植え付けておいてある。以降は、じっくり慎重に人質を増やしていけばいいとほくそ笑み、気持ちを落ち着かせたのだ。だが、それもゲンゾウ・ハヤカワの言葉で台無しとなってしまう。
「先日の活動でバッツが植えてた種なのだが、つい気になってしまったのだ。いや此方の勘違いなら申し訳ないし、それに越したことはないのだが」
緑化チームの活動後、何か問いかけようとしていたゲンゾウを呼び止めてみればしどろもどろである。苛立ちを抑えて続きを促したが、それが間違いだった。
「どうも、実験的に埋める様にと配布されたものと違う気がしたのだな。それで、いけないと分かりながら掘り起こしてしまったのだ……」
なんて事だ! ゲンゾウの手に握られているのは紛れもなく寄生樹海の種子だったのだ。休憩広場や、局内のプランターに、他の者に気付かれない様に媒体をひっそりと植えていた筈だった。それを見られていたのだ! 度重なる想定外の事態に注意力が低下していたのか? しかし後悔してももう遅い、
「イースト区5で植物型の怪獣の暗躍の話は先輩方から聞いていたのだ。いや、あり得ないと思うのだが、バッツよ、この種はかんけ――」
ゲンゾウがこれ以上余計な事を聞いてしまう前に、他の者に聞かれる前に、俺はその種子を奪い取り、ゲンゾウの耳に突っ込んだ。何が起こったのか気づくより早く、一瞬の隙を突き脳への寄生を完了させた。
「ハァハァ、余計な真似を…… 今のは、誰も聞いていないな?」
滝のように流れる汗を無視し、周囲を確認し、肉人形となったゲンゾウを操作した。とっさの出来事で、ゲンゾウの思考力を残すことが出来なかった。このまま部屋に戻すわけにもいかない。仕方ないが失踪してもらう事にしたのだった。
その日の夜は、裏切り行為がバレたんじゃないかと、いつ部屋に隊員が踏み込んでくるか気が気ではなかった。翌朝となり、ゲンゾウの失踪がまだ大事になっていないことを確認し、ホッとしたところで、突然の哨戒任務に招集された。
新入隊員を集めてのTOB隊員のみでの見回り、これはまるで新入隊員の中から裏切り者を探す為に、少しでもボロを見つける為に考えた作戦なのではないかと考えられた。聞けば、セリカワさ―― いやセリカワは今回はパートナーの怪獣を連れていないらしい。一方のマルティンは相変わらず怪獣を素肌に直接羽織っているイカれっぷりだ。
新入隊員とセリカワを囮に、俺を釣るつもりなのだろうか。たしかに、マルティンのパートナーの白触惡魔とかいう烏賊の怪獣はその触手から水分を吸収し、発火性の墨を吐いていた。植物の特性を持つ寄生樹海と相性が良いと判断するのも理解出来る。だが、残念だったな。既に、他の新人隊員には種を忍ばせ済みなのだ。いつでも、俺の合図一つで発芽し、その精神の半分を支配下に置いて人質に出来る状態だ。俺の目的はそもそも地球防衛軍東局の壊滅で、それは、要であるTOBを壊滅させれば達成である。
図らずも、そのチャンスが一気に手元にやってきたと、笑みが漏れそうになった。後は、実行に移すタイミングだ。実際、機会はすぐにやってきた。無謀にも、セリカワが俺を連れて会話に誘い出したのだ。話を聞いている内に、彼女は、裏切り者の正体を感づいた上で、俺を誘った事に気が付いた。
ああやっぱりセリカワさんは甘ちゃんなセリカワだった。話し合いの余地があるとでも考えていたのだろうか。入局してからの会話は全部、作戦を円滑に進める為に上辺の信頼関係を気付く為のコミュニケーションだった。ソレが見事に功を奏した様だ。
笑いが堪えきれない俺の顔を見たのか、セリカワさんの表情が歪むのを確認する。警戒を強めたか? だがもう遅い。
「だから、甘っちょろいんですよ。セリカワさんはさぁ」
その瞳に映るのは失望か、怒りか、絶望か? しかし、その顔も地中から呼び起こした寄生樹海の本体の大腕にかき消され見えなくなってしまった。
「呆気ないモノだ。本当にこれが、化け物と恐れられていたTOBの正隊員か?」
思わず口に出てしまうが、もう済んだことだ。今はそれよりマルティンと他の隊員達だ。ふっと、視界を歩いてきた道に戻すと、何と彼らは遠く離れた場所へと既に移動しているではないか。いや、考えてみれば、セリカワと歩き始めた時点で休憩時間の30分を回っていた。
恐らく今の会話は無線で聞かれている可能性が高い。俺という裏切り者を釣り出すことが出来たので、新人を一先ず逃がす腹積もりだろうか。残念な事に、寄生樹海の効果範囲だ。今すぐ発芽して――
と考えた所で、無線からマルティンの声が流れてきた。
『バッツ、やっぱりお前が裏切り者だったんだな』
「これはこれは、マルティン。あんたもすぐに彼女と同じ場所へ送ってやるよ」
もう正体を隠す必要も、キャラを演じる必要もない。俺はマルティンに予告を口にする。無線の先からは、ルームメイトを初めとして同期達の動揺の言葉が聞こえてくる。やはり、さっきのセリカワとのやり取りは聞こえていたようで、此方を遠方からしっかりと観察していた様だ。小賢しい。
『局からの怪獣のセンサーが届かない範囲に、寄生樹海の本体を埋めていたというわけか。怪獣因子の反応が一気に強まった。おまけに、AFやAUの機体に搭載してるレーダーは地表対象で地中は想定しない欠点付き。道理で、イースト区5の調査時反応しないわけだ。クソっ、改良の余地があるな』
おっと中々鋭い所を突く。だが、一つ訂正をしておこう。
「本体なんてものは無いさ。怪獣因子を媒体の一つに移しただけで、どの樹も、個体も等しく俺だ。強いていうなら、この人間の身体が元の俺の身体に一番近いが、ね。俺の怪獣因子は、分身に自在に移すことが出来る、そして、その因子が無事な限り、俺は不滅なのさ」
ゴクリと息をのむ音が複数聴こえてくる。ふふ、いい気分だ。準備は整った、そろそろ終わらせよう。
「さて、マルティン。強い寄生能力に不死性と俺の恐ろしさはもう既に理解出来ているだろう? 哀しい話なんだが、そろそろ引導を渡して貰おうかな。実はもう既に、俺はそこにいる連中にロメオに仕込んだものと同じ種を忍ばせていてな。何時でも操つれる状態なわけなのだよ。そう、こんな風に!」
俺は、同期達に仕込んでおいた寄生樹海の種子を目覚めさせた。感覚がリンクし、寄生を一気に開始させる。
「さあ慄け、可愛い部下達は最早俺の手駒、操り人形だ。意識だけは半端に残してやる、どうだ手を出せまい。さぁ、俺の自由の為にマルティンよ死ぬがいい」
勝利宣言を述べ、高々に笑う。と、そこで不思議な事が起こった。
「あが!?」
酷く締め付けられるような感覚が走った。違和感の正体は首筋に貼っていた湿布だった。確か、健康上の理由で全部隊に使用を推奨されていた試作品。訓練は疲れるので断る理由もないし、怪しまれる必要もないと付けていたモノだった。慌てて引きはがすと、その内側が膨れ上がろうとした。嫌な予感がし、破れば、中から白い塊がコロンと落ちる。よく見れば、吸盤が付いており、コレは……
『お前が種を各所に仕込んでいることは、とっくにバレバレだった。ロメオの事件が発覚してすぐ、俺は隊員の一部や、休憩広場を初めとする土に、寄生樹海の種子が埋め込まれている事に俺は気が付いた。だから、あえて泳がすことにしたのさ。その方が、お前の油断を誘えるからな。それから、アレン大隊長に頼んでな、予めゲッソメルスの触手片を湿布に仕込み、健康第一を名目に全隊員に配布させた。お前が寄生樹海の種子を目覚めさせるタイミングで、異物を探知し水分を吸い尽くすようにとな』
『うわ、何これ気持ち悪い!』
『ぶよぶよしてる変なのが首筋に!』
無線の向こうから驚き、慌てる声が聞えるも、そのどれもが元気そうである。彼らに植え込んだ種と間隔を共有しようにもスカとなり、反応が無い。マルティンの発言の通りなら、水分を奪い尽くされ枯れ死んでいる……
全隊員にゲッソメルスの触手を仕込ませただと? それは、全隊員の命を握っているも同然の行いで、そんなイカれた真似を堂々とする等、TOBも地球防衛軍東局上層部も狂ってるのか?
『だから言った筈だぜ、お前は俺達を舐めすぎたとさ。なあ、勝ち誇った気分になっているところ悪いが、セリカワちゃんまだぴんぴんしてるぜ。いつまで、放置してるんだ?』
なんだと、マルティンは何を言っているんだ。セリカワは地面から寄生樹海の腕で貫き潰した筈。肉が潰れる様な感触があったからな。動揺するな、奴のペースには乗るまいと息を落ち着かせ、再びセリカワがいた方向に目を向ける。幾本もの大樹が絡み合う寄生樹海の巨腕、それが伸びきる途中で黒い何かに受け止められていた。その何かには、見覚えがあった。大きな大きな人間のモノではない黒い掌、コイツによって、俺の寄生樹海の分身達はなぎ倒され、早贄獣は抑えつけられたのだ。
だが、此処には大狂獣はいなかった筈だ。いや待て、巨大なのは手だけだ。一体、どこから伸びている? 俺はその巨大な腕の付け根の先を見た。大狂獣の腕は、怒り狂う獣の様な形相をしたセリカワの身体から、とてもアンバランスに生えていた。
「通話は終わったか? 別に待ってやる必要は無かったんだが、気持ちを落ち着かせる必要があったからな」
思い返してみれば、おかしなことは多々あった。ゲッソメルスを身に纏っているマルティンは置いておいて、セリカワにかけられる他部隊の古参の隊員達からの化け物という言葉と視線。ただ怪獣を扱える、怪獣の因子を身に埋め込んでいるというだけにしてはやたら蔑視する様な視線が多かった。ロメオからのセリカワへの反応が何かと怯えが入り混じっていた事、これもやたら過剰に思え、情けないと感じられたのだ。
パロッツの騎乗訓練で餌の弾丸がはじけ飛んだ事、コレは、彼女が超音波を操作して爆発を起こしたのだろう。だから、シャオはズルだと言い、ロメオは本気で慌てた。怪獣としての力を使ったから。
彼女自身が大狂獣だとするならば、怪獣を連れずに無防備に振る舞っていたのも当然だ。何故ならば、強靭且つ再生する肉体であり、音波を自在に操れるのだから。並大抵の危険などどうにでもなるだろう。
大狂獣がいる時はセリカワが、セリカワがいる時は大狂獣の姿がどこにも見えなかった事を思い出す。そもそも同一の存在ならば、見えないも糞もない。セリカワと大狂獣はパートナー等ではなく同一人物だったのだ。
という事は、自在に怪獣に化けられる人間が制限を受けずに局内を闊歩していたという事で、怪獣を身に纏っているマルティンどころではない。そんな危険な環境を考えるだけで気が狂いそうだ。
「怪獣を身に纏う変態と怪獣に化けられる人間、はは、道理で化け物扱されるわけだ」
思わず、笑いが出てしまう。
「まあ怪獣になれるのは僕もですけどね、セリカワさん。親近感が湧いてきちゃいました。どうです、同族同士、手を組みませんか? その怪獣の姿を手に入れた経緯は分かりませんが、わざわざ、その怪獣の力を隠して小芝居を打って迄、任務に参加するのは大変でしょう? 貴女も化け物扱されるのはいやですよね、僕と一緒にTOBを滅ぼして自由になりませんか」
怪獣の力を持つとはいえ、所詮は人間。情に弱い事はとっくに判明している。少しでも揺れてくれれば、隙が出来る。彼女本人が大狂獣というのは想定外中の想定外だが、ならば弱点を突くまでだ。
ニヤけそうになるのを抑えこみ、真面目な雰囲気を装い、理解者風に話しかける。彼女の性格なら、筆禍らない筈がない!
『あー、バッツよ。いや寄生樹海と呼んだ方が良いか? ひとつ言っておくが、セリカワちゃんはお前の逆だ。人間が怪獣の能力を手に入れたんじゃなく、怪獣が後天的に人間の姿を手に入れたんだ。間違いなく同族なぞではないから、安心してくれ』
無線からマルティンの声が聞こえてくるのと、セリカワの、大狂獣の巨大な両腕が寄生樹海の腕を引き千切るのはほぼ同時だった。頭が上手く働かず、反応が遅れ、大狂獣の巨大な平手が風を切り俺の身体にぶち当たる。
「ひとつ言っておく、オレは何よりも裏切りが大嫌いなんだ。それも、嘘で上辺を取り繕った糞野郎のな!」




