第14話 白触惡魔 ゲッソメルス
「さて、誰の指示でどの様な目的をもって此処に潜入したんだ?」
マルティンが、酷く冷たい声色で何度目になるか分からない問いかけを投げかける。私は、焦りと痛みにただ必死で耐えるしかなかった。白い触手は数を増やし、私の脚にまで巻き付き締め砕いていたのだ。こいつ、いつもの間抜けヅラや呑気さは何処へ行ったのだ。
それにしてもこのイカれ野郎め、怪獣を素肌に纏って局内をウロウロ歩いてたなぞ、とても正気の沙汰では無い。そんな輩だと知ってたら、潜入中一切関わろうとも思わなかったのに。
マルティンは、逃げられず抵抗できない私に質問を投げかけながら、拳を振った。適当に誤魔化そうとしても、嘘をついても、すぐに見透かされ殴られる。黙っていてももちろん殴られる。遂には、質問すると同時に暴力を振るうようになってきた。嗚呼、まるで、悪魔だ。だが、あのお方の情報を漏らすわけにはいかない。そうしたら、その場で私は――
「随分と口が堅い野郎だな。まあいい、お前の血の成分を調べて過去のデータと比較すりゃ、どこの星人かはすぐに分かるだろう。お前の背後にいる新入隊員の裏切り者が誰なのかもすぐに分かる筈だ」
「なんだと…… そこまで、分かっていたのか!?」
奴の、新入隊員の裏切り者という言葉を無視できず、思わず口に出してしまった。それを聞き、ビンゴとマルティンはようやく笑った。
「やはり、あのリークは正解だったというわけだ。どういう意図だったかは知らんが、新人に気をつけろ、ね。予想通り、黒幕は新人に潜み、俺達を裏切っていたと」
しまった、こんな簡単なカマ掛けに引っ掛かるなど…… 私は自分の迂闊さを呪いたくなった。マルティンはそんな私の悔しさを知ってか知らずか、むんずと無造作に頭を握り持ち上げ、電子パネルを私の顔に近づけた。マズイ! アレは確か――
「内部骨格、内臓に地球人と差は無し。血液反応は、異常アリね。この数値は、化け皮星人か。まだこの星に居やがったのか」
地球防衛軍が侵略者のデータを一括管理している事は知っていた。だからこそ、管理者側の人間に化けて、自身のデータの検査結果を誤魔化してこれたのだ。しかし、この男に目をつけられた時点で詰んでいたのだ。もっと対策を講じるべきだった、だが既にもう遅い……
「他生物の皮を剥ぎ複製して被り、肉体構造を造り替えて種族単位で対象に成り済ます。懐かしいな、お前らの宇宙船もコロニーも大戦のドサクサで消し飛んだと思ったんだがな」
まるで他人事の様なその発言で、私の中の苦々しい記憶が蘇る。他の異星人や異次元人も頼れず、たった一人、必死で生き延びてきた記憶だ。忌々しい奴め、人の苦労をなんだと思っているんだ。
「黙れ! お前達の戦闘の余波で、我々の土地は消し飛んだのだ! 宇宙船もバラバラだ。仲間も失い、たった一人…… 我が美しい故郷に帰る事も出来ないと、何度嘆き悲しんだ事か」
「だったら、最初からこの地球に来るなよ侵略者。お前達は、この星で何をした? 地球人の家畜化、地球人狩り、これらの所業を忘れたとは言わせないぞ。これだから、話が通じない奴が多くて異星人は嫌なんだ。その口ぶりだと、成程、黒幕とやらに母星に返してやるとでも言われたのか。それとも安住の地を提供してやるとでも言われたか。後ろ盾のない異星人一人なぞ、この地獄みたいな環境じゃロクに生きていけないもんな?」
マルティンの手に込められた力が段々と増し、ミシミシと音を立てていく! このままでは不味い。だが、腕も脚も砕けてしまって動けない。痛み、怒りもあるが、冷静になると怪獣に拘束されているという恐怖が勝ってくる。
どうすればいい? このままでは、あの御方にも迷惑が―― その瞬間だった、あの御方の声が聞えてきたのだ。
「アンタには呆れたよ、もう用済みだ。最期にせいぜい役に立ってくれ」
何かが耳元でささやいたのとほぼ同時、私の身体を何かが貫いた。ソレハ首筋カラ生エテキタ枝ダッタ。何カヲ私ニ注入シタノダ。コレハ、マサカ……
* * *
「しくじった、油断した!」
俺は思わず悪態をついた。潜入者の片割れを丸裸にし、そこから黒幕を判明させるつもりだった。だが、あそこまで慎重な奴が手を打っていないわけがなかったのだ。偽コーディの肩から突然生えてきた樹の枝はカプセルを持っていた。先ほどから小刻みに震えている相棒の反応からして、その正体は考えるまでもない。奴め、ロメオに使ったもの以外にも怪獣因子をちょろまかしてやがったのか!
偽コーディの姿が歪み、まるでとろけていく様に写った。柔らかく液体の様になってゆき、触手の拘束から滑り落ちていく。このままではマズイ、先手を打たなければ。
「嗚呼、私ガ溢レ溢レ溢レテ行クヨ」
液状化した偽コーディの体積が明らかに、異常に増えていく。スライムの様にドロドロにそして大きく広がってゆく。厄介な群体型だ、これは出し惜しみをしている場合じゃあない。
「白触惡魔、精神共鳴!!」
俺の意識が、ゲッソメルスのソレと混ざり合い、一つとなり、全部の感覚がクリアとなった。それと同時に、ゲッソメルスの身体が膨れ上がり、巨大な烏賊によく似た怪獣の姿を現出させ、俺をその背に乗せた。今、俺とゲッソメルスの精神は一つとなった。互いの力が強化され、全神経が研ぎ澄まされてゆく。
よし、方針は決まった。奴が増えてこの部屋を覆い尽くす前に、吸い尽くす!
ドシュとゲッソメルスの触手が粘状怪獣へ突き刺さる。だが、奴の身体は液体、この程度で痛痒を感じるわけもない。奇声をを上げると、俺に飛び掛かろうと身体を広げ、その異変に気付いた。
「AFUAFUAFFUFUFUFUFUFUFU!?」
「何を驚いているんだ、水分でも減ったか?」
ゲッソメルスは水分と熱を操る怪獣だ。触手の拘束から逃れたい、という気持ちが偽コーディをスライムへと変化させたのだろうが、却って仇になったな。さて、奴に刺さっていた枝は何処に行った? 恐らくあれは、セリカワちゃんが話していた黒幕の端末だ。是が非でも回収をしておきたい。
と考えた瞬間だった、嫌な言葉が耳に飛び込んできた。
「粘状怪獣よ、お前の本質はそんなものか? より強い力を引き出してやろう」
は? 何を言って―― 声がした方向に目を向けると、スライムの上を細い樹が這っている。そいつから伸びた根や枝が、粘状怪獣の身体のあちこちに突き刺さった。なんか、分からんが無性に嫌な予感がする。
「増えるだけ吸われるというのなら、増える速度を、増える出力を上げれば良い。寄生樹海で、俺にしか見えない怪獣のツボを刺激した。このゲルドンが、部屋を覆い尽くして貴様を押し潰してしまえば、俺の勝ちだ。ここで死ね、マルティン」
ひょろひょろの樹が喋りかけてくる。話には聞いていたが実際に目の当たりにすると頭がおかしくなりそうなシュールな光景だ。だが、今はそんな事考えていられる場合じゃない!
「なら、こっちもギアを上げていけばいい話だ。共鳴率上げていくぞ、ゲッソメルス! 今日はご馳走だだ。たらふく食うが良い!」
「GESSOOOOOOOO!」
ゲッソメルスが歓喜の声を上げ、10本の触手を粘状怪獣の体内へとぶち込んだ。その興奮が、喜びがダイレクトに伝わってきて危うく理性を持ってかれかける。しかし、終わりがあるのかこいつの膨張は……?
ゲッソメルスが吸い尽くせる水にも限界というものがある。このまま続けていたら、パンクしてしまうぞ!?
「ふふ、ようやく愚かさに気付いたようだな。このゲルドンの能力はただ増えるだけと至って単純、それゆえに強力! このまま吸い続けて相棒が破裂してショック死するか、諦めて押し潰されるか、好きな死に方を選ぶと良い」
勝ち誇った声で、樹が勝利宣言を告げた。なんで自分が戦ってるわけでもないのに偉そうなんだコイツ。なんだか、無性に腹が立ってきた。
「勘違いして貰っちゃ困るんだがな、倒すだけなら他にも方法があるんだよクソガキ。ただそれをすると後始末が面倒なんでな、使いたくないだけだ」
「何を負け惜しみを! たった今、このゲルドンに怪獣の怒りのツボをついてやった。これで、貴様の負けは確定したぞ。さあ潰れろ!」
「AAAFUUUUUUUUUUUUUU!!」
ゲルドンと名付けられた怪獣が再び奇声を上げ、ボコボコと震えたかと思うと一気に膨れ上がろうとした。これ以上、駆け引きを続けても無駄か。仕方ない、終わらせよう。
「ゲッソメルス、勢いよく吸え。そして吐き出せ!」
「GEEESOSOSOOOOOOOO!」
ゲッソメルスの吸う力が跳ね上がる、そして、同時に鰓から巨大な墨の塊を吐き出した。粘性の強い粘々とした液は、狙い通り膨れ上がろうとしたゲルドンの身体を一瞬で包み込む。さっきから吸い溜めた水分のお陰で、墨の量は奴の身体を余裕で覆い尽くす。パンパンに膨れるも、固まった墨のせいで、それ以上動けず、ゲルドンは苦しそうな戸惑いの声を上げた。
「AFUFUFU?」
「なんだ、これは! 貴様、何をした?」
さっきまでの余裕な様子から一転、樹は戸惑いの声を上げる。いい気味だ、スッキリした。だが、このまま放置していたら、ゲルドンがいつしか墨の塊毎破裂してしまう可能性がある。そうなると面倒だ。
「いいか、耳の穴かっぽじってよーく聞けよクソガキ。お前は、俺達を舐めすぎた。すぐにでも、後悔を味合わせてやるから、首を洗って待ってろよ? ゲッソメルス、さぁトドメと行こうぜ」
「GESSO」
ゲッソメルスの触手に熱を込め、墨の塊を一閃する。ゲルドンを包み込んだ黒い塊は発光し赤熱し、発火し、爆発した。
「……因子消失確認、精神共鳴終了」
ゲルドンが焼失すると同時、ゲルドンの因子反応が消え、ゲッソメルスの力が増したことを確認する。端末はもう既に消し炭となっており、奴の声もしない。出来れば生の状態を確保したかったんだがな……
「年季が違うんだよ、年季が」
焼け跡に向けてそう勝ち誇ると、俺は再び、干乾びてスルメ状となった相棒を身に纏うのだった。
* * *
「くっ、奴を侮り過ぎたか…… 普段の昼行燈な振る舞いも油断を誘う為か? せっかく手に入れた部下を失っちまったか。手元の因子も尽きた。だが、幸い何時でも寄生させられる駒はある。まだいくらでも挽回は可能だ」
マルティンの頭の切れも、戦闘力も想定外だった。幾つものカタストロフを乗り越えてきたと知っていた筈なのに、奴の普段の行動からして舐めてしまっていた。だが、戦闘スタイルは把握できた。俺の寄生樹海なら勝てる! 自由と安全の保障を手に入れる為には勝たなければいけないのだ。
この不自由な暮らしもあと僅かだ。待っていろ、セリカワ、そしてマルティン!
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