第13話 マルティン・ラヴェッチアの怒り
TOBが壊滅的な被害を受けた報は、事件の翌日には局中を駆け巡っていた。隊員補佐の内7名が重傷で入院、シャオさんは意識不明の重体、ロメオは先日イースト区5を襲った者により操られ暴走し怪獣化後意識を取り戻し自害したという話だった。それを聞いた僕ら新人隊員は、皆言葉を失った。
「セリカワちゃんが昨日いのいちに駆けつけてくれて対応したものの、まだ傷が癒えていない。今日の訓練の対応は俺一人となるがいいな」
いつになく真剣な顔つきでマルティンさんがそう告げる。
「それにしても、ショックがデカいっスね。先日イースト区5を壊滅させた怪獣が、いつの間にか此処まで潜伏していたなんて…… いつの間にか、おいら達の誰かが寄生されてしまっている可能性もありかねないんじゃ――」
「それに、隊員補佐の方で動ける人が一人もいない現状、もし外部から侵略者達が怪獣を連れて一気に攻めてこられたらと考えると怖いですね」
ムトとマークスがいつもの様に話し合っていると、
「だからこそ、訓練を真面目にしなきゃいけないんじゃない。先日の調査作戦、私達新人は殆ど役に立てなかった。それどころか、補佐の人達にカバーして貰う状態で、クラークさんを失ってしまった。今、先輩たちが動けない現状、少しでも先輩達に近づかないと!」
モナが割り込んできた。彼女は確か、シャオさんに懐いており、仲が良かった筈だ。その胸中、さぞ辛い事だろう。その後ろで気が弱いアカネも、私も頑張らないとと手を握りしめている。そうだ、隊員の先輩達が倒れてどうなる事かと思ったが、皆各々自分のやるべきことを痛感し、気合いを入れ士気を高めている。ならば、僕も……
「じゃあ、今日もパロッツの騎乗から始めようか」
* * *
午前の訓練を切り上げ、慰霊の間に向かうと、美しい歌声が微かに聞こえてきた。やはり、思った通り此処に居たか。
「だから、言ったろう…… 入れ込むと別れがつらいと」
俺はその小さな背中に声をかける。ビクッと震えて振り返るその顔は、いつもの獣の様な強さは感じられなかった。
「マルティン、何の用だ」
俯き、口元をひくつかせ、彼女は言う。俺はどうどうと、軽く手を振り持ってる物を見せてやる。
「献花と、お祈りだよ。俺も、ロメオと長い付き合いだったしな」
再びしゃがみ込み慰霊碑を見つめる彼女の横に、俺も腰掛ける。そして、彼女を少しでも安心させるために話を切り出した。
「シャオの事だが、容体が安定し、無事一命はとりとめることが出来た。まだ意識は戻っていないが、生命の危機は取りあえず去った。ただ、身体が受けたダメージが酷く、今後も依然と同様に戦場に出られるかは分からない。場合によってはサイボーグ手術という手も無くはないが、今後の経過と彼女の気持ち次第だろう」
「……そうか、それは良かった。ありがとう」
ぽつり、とお礼が彼女の口から零れ落ちる。そのらしくなさに、俺は現状にイラつきを覚える。さて、次の話題に何から切り出そうか迷っていると、彼女が先に口を開いた。
「なぁ、怪獣って死ぬとその魂は何処に行くんだろうな」
思ってもいなかった質問が飛んできた。
「因子を元に1から生み出された怪獣、生物に埋め込まれ後天的に創り出された怪獣と色々いるけれど、ロメオは人間、だよな? あいつは、孤児だけど仲間はいたわけで、無事人間達が行ける場所に辿りつけたのかな」
その言葉が、その質問が彼女の口から出た理由、彼女の出自を思い出す。これは慎重に言葉を選ばなきゃならないな……
「正しい心があるものならば、優しい心があるものならば、人も怪獣も関係ないだろう。お前が何を怖がっているのかは、なんとなく分かる。だけど安心しろよ、お前もハヤテもハヤテを殺した下衆野郎共と同じ所に行く訳ないだろう。勿論ロメオも、だ」
「いや、ハヤテを殺したのはオレだ。オレのせいで――」
必死の剣幕で食らいつく彼女を抑え込む。
「そいつはもう何べんも聞いた。俺は何回でも否定してやるよ、ハヤテだって否定するだろう。お前は悪くない、俺を殺したのはお前じゃないってな」
ぐしゃりと彼女の頭をわしづかみにし、わしゃわしゃと撫でる。
「今は、それよりもロメオを操った奴だ。俺も、ロメオは気の良い部下として大好きだったさ。あそこまで突っ込んでくれる奴は中々いなかった。それを陰から仕組んだ糞野郎には鉄槌を食らわしてやらないとな」
俺はそれから、ポケットから干乾びた種の様なものを取り出した。
「マルティン、これは……?」
「地下の休憩広場に植えてあったものだ。アルファさんに確認したところ、植物のモノではあるが、地球上に存在するどの既存のモノとも違うそうだ。もしやと思い、秘密裏に更に調べて貰ったところ、イースト区5で大暴れしていた寄生樹の植物時のモノと同じ反応が見つかった。つまり、こいつは――」
「「寄生樹の怪獣の種子」」
言葉がハモり、彼女の口調に元気が戻ってきた。どちらかと言えば、怒りをぶつける目的を見つけた、そんな感情だが。
「あそこを管理しているのは緑化チームだ。まあ、イーストワンの住民に職員や全隊員が入れる施設ではあるが、植えられている植物、植生の管理は彼らが行っている。つまり、こいつはチームの人間によって植えられた可能性が高い。ロメオの様に寄生して操ってか、はたまた本人の仕業かは不明だけどな」
「その種は大丈夫なのか? 突然動いたりとかはしないのか」
「それについては問題ない、既に涸れさせている。ただ、お前からの報告で、奴は自分の分身である寄生樹から資格聴覚を共有して情報を取っていると聞いている。だから、確認している他の種子については何時発芽しても対処できるように俺も分身を備えておいた」
ここ数週間はずっと、その準備と黒幕の調査に追われて大変だった。誰にも気づかれない様にアルファ以外には秘密として動いていた結果、逆に人間に既に埋め込まれていることを見落としてしまったのは、俺の失態だ。
「黒幕かどうかは分からないが、今回の一連の襲撃のキーとなる人物にも目星をつけている。今晩、こいつと動くつもりだ」
「分かった、気をつけろよ」
俺の目をジッと見て、彼女は忠告する。俺は朝飯前さと手をヒラリと振ると、慰霊の間を後にした。
* * *
午後の騎乗訓練や兵装訓練もマルティンらしくないハードさでボロボロにはなったが、午前と違いその表情からは険が少し取れていた。
一日の訓練から解放され、食堂から自室に戻ろうとした時だった。ふと、重そうな荷物を運んでいるセリカワさんの姿を見かけ、思わず駆け寄った。
「セリカワさん、けがはもう大丈夫なんですか? お荷物運ぶの手伝いますよ」
今朝方、マルティンがロメオを止める為に傷を負ったと話していた事を思い出す。セリカワさんは驚いたように僕を見るとバツが悪そうに口を開いた。
「ああバッツか。いや、一人で運べないってわけでもないんだが…… 魔ぁ手伝って貰った方が助かるのは確かだな」
そう言うと、セリカワさんは僕に荷の一部を渡して
「これをオレの部屋まで運ぶから手伝ってくれ」
と、頼んできた。
セリカワさんの部屋を想像する、この性格からして多分恐ろしい事になっているのではないか、片づけを手伝わされるのではと戦々恐々するも、一度言った事を曲げるわけにもいかない。僕は荷を抱え、セリカワさんの後をついてゆく。
「あのー、この荷物は一体?」
僕は、さっきから気になっていた事を尋ねてみる。
「これは、……ロメオの遺物だ。あいつは身寄りのない孤児だったからな、その整理をしていて、一部をオレが受け取る事にしたんだ」
「ロメオさん、優しい人でしたからね」
僕はロメオの事を思い出す。短い付き合いではあったが、色々困ったことがあれば相談に乗ってくれて、質問にも親身になって答えてくれたりと、いい人だった。恐らくセリカワさんもまだ気持ちの整理がついていないのだろう。その最期を看取った時、彼女はどんなことを考えていたのだろうか。
「おっと、此処だ」
彼女はカードキーを口に加え、ドアに差し込む。実に器用だなと感心していると、ドアがガラッと開いた。一体どんな汚部屋が待ち受けているのかと思っていたが、意外な事に部屋は整理整頓されとても綺麗に整っていた。驚きが表情に出ていたのだろうか、セリカワさんは掃除が趣味なんだと口にした。ますます驚きである。
強いて特徴を上げるならば、如何にも男性のモノと思わしき衣服の数々に部屋の装飾だった。男の子って感じの感性の部屋……な気がする。そういえば、今まで特に気にしていなかったが、セリカワさんの服っていつもサイズが合っていない男性用のモノだったな。そして、あちらこちらに写真が飾られていた事だった。
「ふぅ、取りあえず、床に置いて行ってくれ。ん、どうした。写真が気になるのか?」
僕の視線の先に気付いたセリカワさんが尋ねる。確かに僕は、写真が気になっていた。どの写真もこの東局にいない人ばかりだ。そして、セリカワさんが映っている写真はほんの1枚だった。更に、セリカワさんが映っていない写真には、顔つきは穏やかだが、どこかセリカワさんとよく似ている少年が写っている。
「セリカワさんが写っている写真少ないなって思いまして、こちらの似ている方はもしやご家族ですか?」
一瞬疑問が浮かんだような顔をした後、合点したという様に表情を変え、セリカワさんは口を開いた。
「ああ、オレが写っているのは、他は飾ってないんだ。見返したいときに見返すくらいでさ。……家族、か。家族、そうだな兄妹みたいなものだったのかもしれないな」
しみじみとセリカワさんは口を開く。僕が今見ている写真に写っている少年は、穏やかな表情をしており、どちらかと言えば雰囲気としてはロメオに近い。案外タイプが違って上手くいっていた兄妹だったのかもしれない。
「そういえば、こちらの写真は若いマルティンさん?も写ってますね。異星の方もいるみたいで個性的で賑やかで楽しそうですね。他の人達は今は何をされているんですか」
僕はふと気になり、質問を続けてみた。
「ああ、その写真は対怪獣13部隊、当時の東局と中央局が誇るTOB最高の遊撃部隊さ。第3次カタストロフから第4次カタストロフをかけて生き残ってきた正に歴戦の戦士達だった。だが、第5次カタストロフで3名を残し全員死んだ」
セリカワさんは続ける。
「第5次カタストロフ、あれは他と違って裏切りによって起こされた明確な人災だった。地球防衛軍、その中でも特に東西南北中央全局のTOB正隊員を集中的に狙った大規模襲撃。当時50名を超えていた正隊員は、たったの一週間で3名を残し全員戦死した」
「そのハヤテは、いつも自分の事よりも他人を気にかけてるやつでな、子供達が地上で安心して太陽を見て暮らせるようにするんだって言っていた。この戦いを終わらせて、オレに本当の世界を見せてやるって、毎度の様に言っていた。だが、そのカタストロフの最中、子供達を助ける為に裏切り者の手によって命を落とした」
他の写真を見ると、少年ハヤテはいつも誰かと楽しそうに笑っていた。写真の中には幼いシャオさん?をあやすものもあった。
「大切なご家族だったんですね。周りの人からも慕われて、輪の中心にいたのが何となく分かります」
「ああ、怪獣達からも好かれる良い奴だった。この部屋は、ハヤテが残した部屋でな。アイツがいない今、オレは少しでもその代わりになりたくて、近づきたくて、アイツの遺物をそのまま貰ったんだ」
遠くを見る様な目で、セリカワさんは告げる。その顔はとても寂しそうに見えた。
「その服も、口調ももしかして、ハヤテさんのもの、ですか?」
「ヘッ、近づけてはいるが、どうもそう簡単に本人そっくりはなれ無いけどな」
少し残念そうに笑うセリカワさんを見て、思わず僕は問い掛ける。
「僕が、ロメオさんやハヤテさんの代わりになれませんか?」
「オイオイ、あんまり先輩をからかってんじゃねーよ新人が…… と、済まない。少し話すぎてしまったかな。明日の準備もあるだろ。今日はもう戻れ」
聞くまでも無いと、呆れた様に笑うセリカワさん。ふと顔を上げ時計の時間に気付き、慌てたように僕に時間切れを告げる。もっとハヤテさんの事を聞いてみたかったのだが残念だ。でも、まだ機会はあるだろう。いずれ聞いてみようかな、そう考えながら、僕はセリカワさんの部屋を後にした。
* * *
その晩、私はTOBのマルティンにイースト区5の怪獣の調査で個人的に分かったことがある、と呼び出されていた。だが、いつも適当でちゃらんぽらんな彼の事だ。どうせ、サボりの手伝いをしてほしいだの、ほれ薬のつくり方を知らないかだの、ロクでもない相談の口実に違いない。
ガラリ、彼が指定した地下の秘密研究室という名の扉を開けた。研究室とは名ばかりで、広い倉庫の様だ。その奥で、マルティンがいつもの素肌に白衣の格好で佇んでいた。地球人で無い私が言うのもなんだが、相変わらず趣味が悪いファッションセンスだ。
部屋に入った私の姿を確認すると、待っていたとばかりに立ち上がり、手を振っている。
「よう、コーディの爺さん。本当に来てくれるとは思わなかったぜ」
「自分からわざわざこんな時間に呼び出しておいて、なんじゃいなその台詞は。儂だって、忙しいんじゃよ。手短に済ませてほしいものじゃ」
溜息をつきながら、私はマルティンと向き合う。面倒なことはさっさと終わらせるに限る。あの方からいつ次の指令が来るかも分からないのに、下らない事に時間は取らせないでほしい。
「じゃあ、その前に一つだけ確認したいことがあるんだ。お前、どこの誰だ?」
さっきまでニヤついていたマルティンの表情が一瞬で切り替わり、声色が冷たく別人の様に変わった! 思わずポケットに手を入れようとしたところを、ヒュンと白い何かが伸びてきて、私の両腕を握りつぶした。
「ぎぃああああッ!?」
「あんたさ、俺と二人っきりなのに警戒していないだろ? この時点でもうおかしいんだ。先日、医務室を訪問した時でもそうだった。入隊して間もない何も知らない新人や俺と同じ因子持ちならいざ知らず、非戦闘員それも研究班のあんたが、こんな狭い空間で二人っきりなのにコイツを着ている俺を見て、怖がるそぶりも嫌悪するそぶりも一切見せない」
私は、一瞬何が起こったのか、彼が何を言っているのか理解できなかった。そして、マルティンが身に纏っている白衣の袖がほどけ、伸びて私の両腕を握り絞めていることに気が付いた。
「イースト区5の壊滅の話は既に職員全体の間に広まっている。動揺して仕事に手が付かなくなる者、たとえ骸でも家族や知人との再会を望む声を上げる者、日々うなされて顔に心労が出る者は多い。コーディ・トンプソン、流石プロだなぁ。息子夫婦が樹になって朽ち果てても、一切変わりなく仕事に没頭できる……か。なあ、あんたの出身地なんだろうイースト区5はさ? 息子夫婦や孫、友人との別れはもう済ませていたのかい」
その言葉で、私は自身の失態に気が付いた。演技が足りていなかった、そしてそれを気付かれていた! よりにもよって、間抜けそうなこの男に……
「俺は臆病でさ、いつ敵が襲ってくるか分からないって内心ビクビクしながら暮らしてるんだ。いろいろと調べものして他人を観察して、それでも足りないことは山程ある。そもそも俺って、セリカワちゃんやセッカちゃんと違って弱っちい人間だからね。そう、因子を埋め込まれたとはいえ、ほぼ生身の人間だ。だけど、アンタみたいなスパイがいつどこに潜んでいるかもわからない。だったらさ、常に身に纏えばいいじゃない、怪獣を」
私の背筋に怖気が走る。コイツ今なんて言った? 何を言っているんだ、怪獣を身に纏う? まさか――
「動くんじゃあない! 握り潰せ、白触惡魔」
私の腕に巻きついた白い触手がより強力な力を籠め骨を砕く。痛みで叫び声が出そうになるのを噛締め抑える。マルティンの方を見ると、奴が身に纏っていた白衣がバラバラとほどけ、その形を変えていく。平べったくより巨大に…… 奴が着ていたのは白衣なんかではなかった! 頭がイカレてるのか? 怪獣を身に纏ってずっとこの局内で今まで過ごしていたのか!? なんてふざけた野郎だ。
「私は何も知らない、無関係だ。やめてくれ!」
この状況を打破するための時間をまずは稼がなくては。とにかく、私が叫ぶと、マルティンは笑顔を見せた。いや笑顔を作ろうとしているが、全くその目は笑っていない。つかつかと、私の方へと歩みより、思いっきり私の顔を蹴り上げた!
「がぶべッ!?」
「今更シラを切れるわけねえだろ、あ? 俺のゲッソメルスも気づかない。その分じゃ、セリカワちゃんの事も知らねぇよなぁ? 潜入するにしても情報が歪んでて杜撰、偽物だってもうバレバレなんだよ!」
容赦のない膝蹴りが私の鳩尾を突く。口から紫色の血が飛び、それを確認したマルティンがより怒りを見せた。
「変身するタイプの異星人にも色々いるが、お前模造する型か。一応聞いておく、本物のコーディ爺さんは何処にやった」
質問しながらマルティンは私の顔を殴りつける。腕が触手に固定されている為、衝撃を逃がすことが出来ず、頭が割れるように痛む。こんのクソ野郎が、どうにかして、奴を……
「ゴベッ!?」
「答えない様ならどんどん攻撃を加えていく。俺もな、今回の件にはドタマに来てんだよ。可愛い部下達を傷つけられてな。シャロン、ノア、コバ、トウタ、アスカ、フジカワ、アレクセイ、それからシャオを、お前達の企みのせいで失うところだった。そして、クラークとロメオを失った。二人ともお前みたいな下衆野郎の命じゃ釣り合わない良い奴だった。それから……」
「お前のせいで、アイツが泣いた。親友が残した女の子を、お前達は泣かせた。許さない理由はこれで十分だ」




