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怪獣惨歌 la・la・la  作者: ここあ
第一章《大狂獣・ラララ》
15/22

第13話 原始の歌

 意識が薄れ、掠れる。誰かが私の名前を何度も何度も呼んでいる気がしたが、その声は誰の物だったか……

 此処は酷く寒い、何も無い虚な闇だ。私は、意識が残っているうちに自分の記憶を探る。何故、私はこんなところにいるのだろうか。


 私は、ウエスト区2で暮らしていた孤児だった。物心がついた頃には既に両親がおらず、生きる為に毎日が必死だった。侵略者や怪獣の接近、攻撃に怯える日々だけでは無い。私と同じ境遇の孤児を集めていた男の指示に従い、陽の刺さない地下空間の闇に紛れ、盗み強盗にも手を染めていたのだ。

 惨めだった、ソレをやってはいけない事だと薄々気付いていた。私が奪い得る事により、誰かが奪われて飢える、苦しむ。私が盗んだ物もその大半は男のものとなり、逃げ出したかった。だが、その男に捕まり叱られ折檻されるのが恐怖で、そして何よりも死にたく無くて仲間が欲しかったのだ。


 しかし、そんな日常もある日突然終わる。地球防衛軍西局、自称マッスルの隊員が住民の生活改善の為調査に乗り込んできたのだ。

 肥え太った屈強な男は、より屈強な西局のTOBの正隊員により叩きのめされた。男は連行され、私達は保護された。

 荒んだ環境は人を変える隣人同士でも奪い合う様に変わってしまう。私は自分が何が出来るかわからないし自信があったわけでも無い。


 ただあの時手を差し伸べてくれたTOBの人達の背中を思い出し、奪われる人間が出ない様に助けになりたかった。

 西局のTOBの彼らは遠征中、第5次カタストロフに巻き込まれ全員戦死したとその後の噂で聞いた。東局の三名を除き、生き残った者はいない死地だったらしい…… 彼らの様な人物になりたかった、彼らの様な人物を死なせたく無かった。それが、私の始まり。そして――


    *     *     *


 爬虫類を思わせる異形の怪獣と変貌を遂げたロメオの背中から生える樹は杭を連想させた。まるで捧げられた生贄の様だ。ふむ、早贄獣とでも呼ぼうか。早贄獣と大狂獣、二匹はガツリと爪を立て組み合っている。さて、セリカワはどこに潜んでいる? しがみついている? 姿が見えたら妨害してやろう。


 「Woooooooo!!」

 「LAAAAAAA!!」


 ドッと空気が爆ぜ、早贄獣がぐらつく。これは……


 「なるほど、超音波か。たしか、鯨の特性を取り込んだと言っていたな。それで音波を操り攻撃に転じられるわけか」

 

 道理で、咆哮するだけで寄生樹海(ミストルスィ)の分身が吹っ飛ばされたわけだ。恐らく怪獣化した事で多様に音波の性質を変性させる事が出来るのだろう。


 「ならば、その戦法を丸裸にしてやるよ」


 ギュンッと早贄獣の長い尾が大きく弧を描き、大狂獣の背を差し貫いた。テカテカと妖しく輝く尾の先からヌルリ、ぽたぽたと血が垂れ落ちてゆく。これは堪えたか? と期待しようとしたところで、大狂獣は尻尾を掴むと勢いよく噛みちぎり乱暴に投げ捨てた。傷は即座に再生してゆく。


 「ラーテルのタフさとプラナリアの再生力ね、これは中々面倒だな。おっと」


 早贄獣の尾もまたメキメキと生えてきて再生しているでは無いか。他の傷口は血が流れ落ちたままか。だが、尾っぽ限定だとしてもこれは中々面白い。鞭や槍の如く、しなり、風を切り苛烈に鋭く尽きる事の無い攻めをどう捌く? ん?


 ビュバッと、早贄獣の尾が大狂獣の肩を落とさんと斬り上げた。一方、大狂獣はそれを待ってましたとばかりに脇を締め挟み込み、尾を固定。もう片方の掌は早贄獣の肩を強く握り締め爪を立てて逃がさないと掴んでいる。俺は思わず怒りを口に出す。


 「おいおい、大狂獣。お前は狂暴なんだろう? 何だその戦い方は、まるで僕ちゃん本当は戦いたくなーいと言ってるみたいじゃないか。もっとあの時みたいにケダモノの様に暴れて見せろよ! セリカワ、もしかしてあんたが無理矢理制御して茶番にしてるのか?」


 これでは、大狂獣の戦闘スタイルが見られない。押さえ込み、無力化して確保なんてされたら苛立ちが募るばかりだ。


「 こうなったら寄生樹海で、早贄獣のツボを……」

 「Guruu、LAAAAAAA! LAAAAAAA! LAAAAAAA!」


 俺が奥の手を使うより大狂獣の咆哮の方が僅かばかり早かった。


 「しまった!?」


 炸裂した超音波が、俺の寄生樹海の端末を完全に粉砕しやがった! 視界が途切れ、早贄獣との接続が完全に遮断され、何も見えなくなる。


 「畜生がッ、これから面白くなるってところで…… これじゃ何も観察出来ないじゃないか。まあいい、大狂獣は兎も角としてそれを操っているセリカワは所詮は甘ちゃんだ。たとえ生き残ったとしても、俺の敵では無い」


 怪獣とリンクしている人間を殺すと、怪獣は精神に異常をきたし暴走するという。その逆に怪獣を失った人間はそのショックが精神に伝わり廃人化するらしい。ならば、隠れて大狂獣を操っているセリカワを見つけ出して殺してしまえばそれで終わりだ。あとは暴走する大狂獣が勝手に片付けてくれるだろう。それに、他のTOB隊員補佐には既に種を植えてある。もはやメサイアに未来はない。


    *     *     *


 その部屋の惨状は筆舌に尽くし難かった。セリカワちゃんから説明になってない報告を受け、慌てて駆けつけたが、果たして間に合ったと言えるのだろうか。先程、集中治療室に運ばれて行ったシャオはもっと酷かったが。正直助かるかは分からない、五分五分と言ってもいいものか。因子を埋め込めば…… いや、考えるのはよそう。セリカワちゃんも今頃、必死に自分の役目を果たしている。それに、俺には俺でやる事がある。


 倒れている補佐達の様子を見る為、しゃがみ込み顔に手を当てた。素肌に纏った白衣がバタバタと激しく大きくはためいている。俺には匂いも分からない、気配も薄らとしか読み取れない。


 「……マルティンさん、来てくれたんですか? 一体何を――」


彼女、シャロン・ムーアが力ない言葉で尋ねてくる。だが、その質問に答えるわけにはいかない。白衣が煩くはためき広がり続けている。


 「絞り喰らい尽くせ、白触惡魔(ゲッソメルス)


    *     *     *


 何処からか、聞き覚えのある歌が聴こえた様な気がして、私の意識は再び引き戻された。そう、これはたしか……



 「なあ、そこの新人くん。たしか、ロメオと言ったか? どうしたよ、今にも死にそうな顔じゃないか」


 意を決して東局のTOBに入隊希望した私は、その入隊式の日に早速心が折れそうになっていた。見せられた映像は第4次と5次のカタストロフの惨劇。壇上に立つのは三男の男女、1人はこの世の全てを憎むと言わんばかりの冷たい目をした半機械の義体(サイボーグ)の女性、もう1人は豪快で飢えた肉食樹の様な表情の女性、そして何もかも軽そうな雰囲気の男。彼らがこの東局唯一の正隊員だった。


 他にも正隊員はいたそうだが、既にこの世におらず、補佐員も同様に常に足りていないとの事だった。他人を助けたいという思いはあったが、どうしてもその過酷な現実を前に尻込みしてしまったわけである。


 「では、現場に出ても恐怖で使い物にならなくなってしまわない様、事前に死のフルコース行ってみようか。おい、パロッツ!」


 そして想像通り、特に野獣の様な女性……セリカワさんは無茶苦茶だった。私は、この人に隠し事をしたら余計怖い事になりそうな気がして、思わず怖いという気持ちを打ち明けていた。


 「なんだ、そんなことか。逃げたいのなら別にTOBから逃げてもいい。隊員でもない人間に強制などしねえさ。此処には戦闘員以外にも仕事は幾らでもある。給仕、清掃、技師、研究者ってな。復讐組と違ってギラギラしたものも感じないし、お前はなんだか穏やかそうだ。血生臭い戦いとか向いてなさそうだし、おすすめするが」


 その言葉を聞いて、嗚呼この人は一人一人見て、この様な言葉をかけているのかと心が揺れた。如何にも野獣的で過激な人物に見えて、彼女もまた優しい人だった。ならば、その助けになりたかった。私は怖くても尚、立ち上がらないといけないのだと彼女に告げた。


 すると、彼女は笑った。そして私を含め数人の隊員を連れ出して、その前で歌い始めた。その歌には歌詞もなく伴奏もなく、まるで原始のソレを思わせた。意味など持たない、ただ想いだけが込められた音色、それが、私たちの身体を包み込み耳から脳を揺らし心に染み込ませてゆく。


 その澄んだ優しい歌声と先程までガハハ笑いしてた彼女が頭の中では結び付かなかったが、そんな事はどうでも良かった。私は生まれて初めて安らぎの中にいたのだ。


 「こんな素晴らしい特技があるなんて意外でした!」


 セリカワさんが歌い終わると、拍手が示し合わせるでもなく自然と起こる。私は思わず、感想を口にした。


 「意外とはなんだ、失礼な! まあ、マルティンの野郎にも言われたし、相棒にも昔言われたけどな…… でもまあ良いんじゃないかと言ってくれた。実際オレにも、何故得意なのか分からん。ただ、きっと本能みたいなもので、歌うのが好きなんだ。そしてちょっと恥ずかしいけど、これを聞いたやつは気持ちが落ち着くと言ってくれた。だから最後の一押しが足りない勇敢なチキン達には、これを聞かせるのさ」


 もう大丈夫か?と尋ねるセリカワさんにハイ!と短く答える。これが、私とセリカワさんの出会いだった。



 私が入隊して数ヶ月経ったある日、セリカワさんは幼さの残る少女を連れてやってきた。


 「この子は、シャオリー・チェン。イースト・ワンに住んでて以前からうちと交流があった子なんだが、この度、晴れてうちに入隊したんで、面倒を頼む。」

 「シャオと呼んでください、ロメオ先輩。あ、でも私の方がこの基地には長く滞在しているので私の方が先輩かもしれませんね」

 「下手するとロメオ、お前やオレよりもシャオは此処について詳しいかもしれないが、仲良く頼むぞ」


 そう言ってセリカワさんは、私よりも年下の新人を半ば押し付ける様にして去って行った。いや、これは私を認めてくれて任せたのだろう。……きっとそうに違いない。

 それが、シャオとの出会いだった。そういえば、シャオもまたセリカワさんの歌を聴くのが好きだった。


 確かにシャオはなんでもよく知っていた。整備の仕方や設備の使い方など、私が教えてるはずなのに、逆に教わってあることも多々あった。


 「なんで、シャオは此処に入ったんですか。まだ子供なのに……」


 私はある日彼女に聞いてみた。まだ13歳くらいだろう彼女が、何故こんな危険な部隊に入隊しなければならなかったのか、それが私には気になったのだ。


 シャオは口をゆっくりと開く。


 「怪獣を、殺したかったから」


 ポツリと彼女はその言葉を口にした。


 「怪獣のせいで、私の住んでた区は人が大勢死んだの。私は他の区に移り住めたけど、そこもまた怪獣に襲われた。優しかったお兄ちゃん達もお姉ちゃん達もそれを止める為に戦って死んで、1人生き残ったお姉ちゃんは壊れちゃった。いつもいつも怒って泣いている……」


 その瞳は静かに燃えていた。セリカワさんが言っていた復讐組という言葉の意味が分かった。


 「でも、此処の怪獣達は嫌いじゃない。特にララちゃんは好き。……そう呼ぶと怒るけど」


 と、そこでシャオが慌てる様に先程の言葉の一部を否定した。


「ララちゃん? それって……」


 私は怪訝な顔をする。セリカワさんが使役しているという、手がつけられない狂暴な怪獣、その名前がラララだった筈だ。


 「ララちゃんは苦しかったのに、命懸けで私達の区を助けてくれた。必死で守ってくれたの、だから尊敬してるし大好きなの。だから少しでも助けになりたくて、此処に入れる日を待ってた」


 シャオはそう締めるとはにかんだ。怪獣の為というと奇妙な気もするが、彼女もまた誰かの為という優しさを持った戦士だった。だからこそ私は――



 それは、ある日の事。私は、怪獣因子の秘められた悲劇を知る事になった。


 「セリカワさん! 部隊壊滅の報が入りました。マルティンさんは撤退してきたとの事です」

 「何!? いや待て、マルティンから連絡は届いてないか、敵対怪獣の情報についてだ」

 「少々お待ちください、あっ、ありました。奴の行動パターンと弱点らしきものについてまとめてあります!」

 「あいつは、勝てないと見ると直ぐ逃げ出すが、確実に生き延びて情報を持ち帰る。全滅だけは絶対に避けるやつだからな…… よし、対策を練るぞ。だが、これで勝てる」


 私はその後、悩んでいるセリカワさんに何を考えているのか尋ねてみた。


 「いや、勝つ為に死者が出るのは仕方が無かったと分かってはいるんだが、やはり部下が死ぬとキツイものだな」


 と、彼女はゆっくりと口を開いた。


 「怪獣を創り、隊員共に因子を埋め込み無理やりにでも正隊員にすれば、たしかに死亡率はがくんと下がるだろう。だが、因子は一つの呪いだ。因子を持っていない人間にはその感覚が分からないかもしれないが、因子を埋め込まれた怪獣への殺意又は食欲という衝動が、因子持ちの怪獣に近づくと度々起こる。内心どこかで怪獣との戦いを求めた修羅道に落ちるわけだ」


 何とか折り合いは付けているがな、とセリカワさんは微かに笑った。だが、どこかつらそうな顔をしていた。


 「侵略者共がこの地球にやってくる理由の一つとして推測されているのが、この大地に眠る原初の怪獣666(ザ・ビースト)が持つ豊富な怪獣因子に、知らず知らずのうちに引き寄せられているのではないかというものがある。怪獣因子は惹かれ合う、今は敵が多いからいいが、この地球上から侵略者共と怪獣を駆逐した後、残されたオレ達の精神が平常を保てるかは分からない…… 怪獣なんて存在は歪んでいる、本来、こんなモノいない方が良いんだ」



 いつしか、私は彼女の歌を聴きに行かなくなっていた。別に、恐怖を克服できる様になったわけではない。他の部隊の隊長達が彼女の事を化け物だと呼び恐れる理由を理解してしまったからだ。その日から、私は彼女やシャオとの間に溝が生まれた。


 彼女達が変わったのではなく、私が変わってしまったのだ。何も知らなければそのままで入れたのか、それとも相談していれば変わったのだろうか。それはもう、今更の話だ。……今更の話だ。


 全て思い出した。ここ数週間そして今、何が起きたのか、私が何をしてしまったのか。

 もう2度と聞くことは無いと思っていたこの歌のお陰か。


 モヤが消え意識が鮮明となり、闇が晴れてゆく。そうだ、私にはやるべき事がある。やらなければならない事がある。それはーー


    *     *     *


 目を開く、大狂獣の巨大な爪が私の身体を抑え込み、鳴いていた。私は、それを確認するとフッと息を吐き、その手を払いのけた。そして、再び此方へと向かうより早く、その長い尾を私自身の心の臓へと迷いなく突き立てる。

 ああ、大狂獣の、セリカワさんの動揺が伝わってくる……と同時、どしゃりと私の身体は崩れ落ちた。それから間もなくして、大狂獣のコントロールを解いた彼女が走り寄ってくるのが見えた。もう、私の視界はぼやけ始めてしまっている。だが、彼女が必死で喚き散らしていることは理解出来た。


 「ロメオ、意識が戻ったのならそう言ってくれよ! 馬鹿野郎ッ、何をしてくれてんだ。そんな真似、オレは許してないぞ!」


 顔をぐちゃぐちゃにして、私の顔を掴むとグラグラと揺らし怒鳴りたてる。相変わらず容赦のない人だ……


 「私は、心の弱みに付け込まれ、寄生され操られ、組織を…… TOBを裏切りました。貴女の許せない、卑怯者となってしまったのです。シャオにも、沢山、酷い事をしました。あの子を任されたのは、私だったのに、その約束も、守れませんでした」

 「馬鹿ッ、オレが弱くてちゃんとお前達と向き合えていなかったから、お前達をこんな目に遭わさせてしまったんだ。お前もシャオも、絶対に死ぬな! そんな事は許さない、それこそ裏切りだ!」


 セリカワさん、貴女に泣き顔は似合わないというのに。いつもの様に、ガハハと猛獣の様に笑っていて欲しい。


 「最期に、一つだけ、御願いを許してもらってもよろしいでしょうか?」


 私は、息も絶え絶えに、残された余力を振り絞り彼女に尋ねる。


 「最期なんて言うな、許すも何もない。幾らでも聞いてやる!」


 セリカワさんが叫ぶ、たとえ彼女が私の行為を許したとしても私自身が許せなかった。だが、それでも一つだけ、一つだけ願う。


 「歌を、私が眠りにつくまでの間、歌を歌って貰えませんか」


 彼女は頷き、その場に座り込むと、私の頭を優しく撫でながら歌い始めた。その澄んだ美しい歌声には詩もなく、伴奏もない。ただ彼女の想いだけが込められた、まるで深い穏やかな海を思わせる様な原始の歌。嗚呼、最後に効く事ができて本当に良かった。


 「貴女とハヤテさんの願いが、叶います様に……」


 私はそう言い残すと、歌に包まれながら、深い海へと沈んでゆくようにゆっくりゆっくりと、覚める事のない深い眠りについた。

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