第12話 切除/剪定/ロメオ
目を開くと、そこには闇が広がっていた。この闇を、オレはよく知っている。
精神共鳴した人間と怪獣がアクセス出来る心の間、この場を訪れるのはいつぶりだろうか。だがしかしこの感覚、そうかコレは夢だ…… それも過去の光景。毎年あの日が近くなると、忘れるなとばかりに夢に出るんだったな。
奇妙な浮遊感を無視し、この世界に灯る微かな灯りを探る。
「見つけた、嗚呼、昔のオレ達だ。まだ、何も知らなかった頃の……」
闇に浮かぶように横たわる小さな人間の子供と、その子供に覆い被さるように身体を広げる黒い巨大な怪獣が、其処に居る。彼らは対話をしていた。
「小童よ、何を呆けておるのだ。このままでは、もう時間の余裕も残されておらん。無論、ワガハイもだがな」
「怪獣が、喋っている? そっか、これが今際の夢ってやつか…… 僕も、もう死ぬんだな」
一人合点して諦めたようにつぶやく子供の反応に、怪獣は慌てた反応を見せる。
「何を諦めておるのだ、小童。お主は未だ死んでなぞおらぬぞ。あの異星の猿共は、お主に薬を盛って酩酊状態にしただけだ。今のところは命に別状などない」
「怪獣さん、君はまるで見て来たかの様に僕の事を話すんだな。なら、分かるだろう。もう疲れたんだよ、ほっといてくれよ」
子供は、もうウンザリなんだと疲れた顔で息をつく。その目に色は無かった。
「物心がついたばかりの頃、住んでた集落が襲撃された。僕の目の前で、お父さんもお母さんも異星人の遊びで殺された。助けてくれた近所のおじさんは、食料を探しに行って地上に出た所を怪獣に食い殺された。僕みたいな孤児を集めて世話をしていたお姉さんは、異次元人のマンハンターに捕まり二度と帰ってこなかった。孤児の仲間達は水と食事を求め、集落を渡り歩く中、一人一人その環境に耐えられず死んでいった。最後まで一緒に励ましてくれた兄ちゃんも、つい先日、あの異星人に『こいつは違う』と撃ち殺された。みんな、侵略者達に奪われた。そして今、僕の命も奪われる。これが、僕の運命なんだ」
「そうやって諦めるのか。小童よ、連中の目的はお主の身体よ。お主の精神を支配し、ココロを奪い、人形として操るつもりなのだ。文字通り、お主の人生何もかもを、丸ごと奪われる事となるのだが、それでも良いのか?」
怪獣は子供に問いかけた。その赤い目の輝きは何処か弱弱しい。
「僕を操る? 全くこんなちっぽけな子供を使って何をする気なんだろうね、異星人は…… もしかして、怪獣さん、こんな見ず知らずの僕の事を心配してくれるのか?」
「ふん、お主の為なぞではなく、ワガハイの為だ。あの異星人共によって、お主の身体に先日埋め込まれた核。実は、そいつはワガハイの肉体や精神とリンクしておってな。早い話、お主が操られるとワガハイもまた困るのよ。ワガハイもまた自我が奪われ、生命を握られてしまうというわけでな」
心底困る様に告げる怪獣、その言葉を聞いて子供の目の色が僅かに変わった。
「怪獣さん、君は僕とは無関係なのに巻き込んでしまった……ごめんなさい。助ける方法は、何かないかな?」
「ふむ、お主の身体にワガハイの片割れの怪獣因子が埋め込まれた時点で、一蓮托生。ワガハイの運命はお主のモノ、お主の運命はワガハイのモノというわけだ。さて小童よ、もう一度問おうか。お主を今まで助けてきた者の命を無駄にしてまで、その奪われ続ける運命を受け入れたいのか?」
怪獣は指を立て、子供の顔をじっと覗き込んだ。その顔には、表情が戻り始めていた。
「もし、方法があるのならば、君を助けたい。僕が助かることで、君を助けられるというのなら、その力が欲しい」
「ふふ、小童、お主が望むというのならば、ワガハイの力をいくらでも貸してやろう。ワガハイは怪獣の王となるべく生まれたのだ。そのワガハイの強大な力もまた、お主のモノでもある。異星人如きいくら束になろうが虫ケラが如く潰してみせよう」
怪獣は、子供の瞳を見る。その奥にちらと映る炎を確認し、歓喜するかの様に咆哮する。闇が揺らぎ、空気が震えた。その大音声は、子供の心を奮せ、強い意志を持って立ち上がらせた。
「そうだ、絶対に諦めてたまるか。今まで奪われてしまった皆の為にも…… これ以上、誰も奪わせない、奪われてたまるモノか!」
「良かろう、ならば獣が如く吼えろ!『オレに力を!』と、強く心の底から望め!」
「ッ俺に、力を!」
「さあ、呼ぶのだ! 我が名は――」
* * *
「ラララ!」
オレがその怪獣の名前を叫ぶと同時、夢が中断され、ガバリとそこで飛び起きた。それから、何故夢が中断されてしまったのか悟る。怪獣の気配だ、センサーに感知されていないが、紛れもなく奴ら特有の気配だ。これを察知して自然と、本能で身体が反応したわけか。なんだか、妙な胸騒ぎがする。
「取りあえず、考えるのは後回しだ」
着の身着のまま、部屋を飛び出し、怪獣の気配を辿り駆け続けた。無線でマルティンに連絡を入れ、寝ぼけているところを叩き起こす。お次は、シャオそしてロメオへ……と、そこで無線の先から反応が無い事に気が付いた。おかしい、嫌な予感が膨れ上がる。オレは速度を上げつつ、他の隊員補佐へと同様に無線を入れる。同じく返事が無い。嫌な予感は増していくばかりだ。
その気配を辿るうちにTOBの隊員補佐休憩室の前に辿りついた。怪獣の気配はここにはない、もっと先だ。しかし濃厚な血の匂いが漂っている。
「お前達、大丈夫か? 一体、ここで何があった!?」
オレは、ドアを勢いよくブチ開け室内を確認した。良かった、命に別状はない…… だが、酷いありさまだ。まるで、嵐が通り過ぎでもしたかの様に、机と椅子が砕けひっくり返り、その下敷きになった部下達が血まみれの状態で呻いている。ひぃふぅみぃ、シャオとロメオ以外全員揃っている。
「セ、セリカワさん…… すみません、あまりに突然の出来事で連絡を入れる事も出来ず、動く事も出来ませんでした」
「フジカワ、いい、謝るな。それより、この惨状は何があったんだ」
尋ねながらも、怪獣の気配を逃さない様に必死で辿る。早く追いかけなければ! だが、今は少しでも情報が欲しい。
「あいつが、突然部屋に入ってきて、とんでもない力で錯乱したかのように大暴れして…… いや、そんな事より、セリカワさん早く奴を、あの人を追いかけてくれ! ロメオが危険なんだ」
その言葉を聞くとオレは備え付けの警報を鳴らし、部屋を飛び出して再び怪獣の気配を追い始めた。ロメオが狙われている!?
アイツはここ最近、守りに走る傾向はあったが、以前よりも自己主張が強くなり、成長したと思っていた。シャオと衝突すること増えたが、異なる意見を積極的に交わした方がより互いの為になると前にマルティンが話していたのを覚えていたから、方向性は後から調整すれば良いとしてともかくホッとしていたのだ。
ロメオはもう21で、怪獣因子の適合手術を受けられない身体となってしまっている。その事で、若い隊員引いてはシャオに劣等感を抱いていることは知っていた。シャオは、先日のクラークの死も有り、尚更力が必要であると正隊員になる事に焦り、意欲を燃やしていた。シャオはああ見えて、熱が入ると周りが見えづらくなってしまうタチだ。だからこそ、サポート役としてロメオが制御してくれれば、と思っていた。その矢先にこの事件だ。間に合ってくれよ! とオレはひた走り、そして匂いに気がついた。
怪獣の匂い、むせ返る様な血の匂い。嗅ぎ慣れた人物の匂いが二つ、もうすぐ目の前だ。そのうちの一つは血の主で、もう一つは怪獣の匂いと混ざり合っていた。
「……なぁ、嘘だと言ってくれよ。何故なんだよ、ロメオ」
* * *
「答えろと言ってるのが聞こえないのかッ! ロメオ・ライオット」
彼女の怒号が端末を通して聞こえて来た。上出来だ、多幸剤を一気に飲み干したのは想定外だったが、まさか一気に邪魔者を始末するチャンスが訪れるとは思わなかった。
休憩室で伸びてる連中には既に種を植え付けておいた。これで、何時でも何処でも発芽出来る。寄生樹海の強みは植物形態と怪獣形態、そして種子とを自在に切り替え出来る事。完全に、樹に取り込みきらなければ自我を残した肉人形として操る事すら可能! 怪獣形態にさえならなければ、此処のセンサーは反応すらしないポンコツだと知れたのは僥倖だった。
勘が鋭そうなシャオ、怪獣の力を手に入れれば間違いなく厄介な相手になっただろう。だが、こうして始末出来た。まだ息はあるが、もう長くないだろう。さて
「セリカワさん、貴女は情でブレるタイプかどうかしっかりと観察させて貰おうか」
* * *
ロメオの顔半分は樹の皮のようなもので覆われ、腕からは刺々しい鋭い枝がいくつも生えていた。まるで先日の怪樹と人間の融合体だ。その顔からは生気が感じられず虚ろに何かをぶつぶつと呟いている。
「切除、剪定、役立たずと始末されるダメ、嫌ダ、ニゲタイニゲタイニゲタイ、怖――」
「イッ!!」
ギュンッと鋭い枝を伸ばし肥大化した腕を叩きつけるように、ロメオが飛び掛かってくる。
「チッ」
地面に転がっているシャオを抱え、躱す。血でヌルヌルして、手が滑りそうだ。このままでは、シャオが死んでしまう。原因を探る、ロメオを止める、そしてシャオを助ける。時間と手が足りない…… 既に警報は基地中に鳴り響いている筈だ。と、待て!
「おい、ロメオ! その手に持っている注射器は何だ」
先ほど叩きつけられた腕とは別の手に握りしめられている物体を見て、オレは声を荒げる。その注射器に貼られた獣とDANGERのシールが意味するもの。それは――
「死ヌノ怖イ、コレ打ツ、ツヨクナル。コロサレナイ、守レル」
「怪獣因子を、直接人体に打つんじゃない!」
オレは吠える。駄目だ、それを使ったら完全に戻れなくなる。
ロメオは吃驚したかのように飛び上がると、こちらを一瞥し、再び駆け出してしまった。
「おい待て! チィ、シャオ大丈夫か?」
一刻も早くロメオを追いたいが、シャオの容態が危ない。放っておける状態じゃない。
「……カワさん、私の事は良いからロメオを早く……」
意識がまだ残っていたのか、心配をかけまいとシャオが掠れ声を振り絞っている。
「メオにあの寄生樹が……憑りつ……るのが見えました。あの樹は、人を……込んで増え……す。止めて――」
途切れ途切れに言葉を残し、シャオは意識を途切らした。意識を失っただけだ、そうに決まっている。オレは唇を噛締めて再びロメオを追った。気配は、匂いはより地下へと続いていく。この先はたしかオレの、……大狂獣の格納庫だ。戦闘訓練や、治療時等を考慮して広大に造られた地下施設の一つ。そこに、逃げ込む理由となると、オレ狙いで罠にでも誘っているのか? だが、乗らない理由は無い。罠があるなら踏み潰すまで、だ。
ロメオから僅かに遅れて、オレもその地下施設へと到着した。まずは、自我が残っていることを期待して説得を試みる。
「おい、ロメオ。誰にそんなもの植え付けられた? 大丈夫か? オレは敵じゃない。だから、その注射器を下して話を聞いてくれ。ほら優しい良い子なんだから、困らせないでくれよ」
優しいという言葉を口にした瞬間だった、ロメオが頭を抱えて唸り声を上げる。
「大丈夫か? とにかく話を聞いてくれ! そいつを直接身体にぶち込んじまうと、どんな生き物もたちまち怪獣になっちまうんだ。大体ロメオ、お前は20を過ぎているだろう? 加工した因子を埋め込んだとしても、拒絶反応が出て長くは生きられない身体だ。分かったなら、それを床に下して、さぁ」
ロメオは、頭を抑え苦しんでいた。幸い、イースト区5の住民と違って寄生は完了しきっていない様だった。だが、とてもじゃないが痛々し過ぎて、見ていられない。こうなったら、隙を見て飛びついて奪い取るしかない。と、ロメオの口が大きく歪み、どこか聞き覚えのある声を発した。
「ロメオよ、何をやっている。このままでは、お前は異物として切除されるぞ。お前は一人だ、意に沿う奴などいない。いずれ排除される運命、だからこそ、抗う力が欲しくないのか」
「待て、誰だお前は! ロメオの口を通じて何テキトウな事言ってやがる。テメ―が、このウドの大木共の親玉か?」
ロメオの口を通じてロメオに語り掛ける人物、こいつが寄生樹の怪獣共の親玉に違いない。自分は隠れて、無関係の人間を踏み躙り利用する反吐が出る野郎だ。オレはひたすらに思いつくままに罵倒と挑発を繰り返した。だが、それがよくなかった。
「聞こえたかいロメオ? 君に向けてのあの罵詈雑言の数々、許せないよなぁ? 君を異質なものとして切り落としてしまおうと言うんだぜ。そんな事させないためにも、力が欲しいよなぁ?」
「一人嫌ダ、切除、剪定怖イ。死ニタクナイ、認メラレタイ、力欲シイ……」
「ああ、俺が認めてやれるぞロメオ。俺はお前で、お前は俺。俺達は強い絆で結ばれた家族さ。だが、生憎俺が直接力を貸してやれるのにも限界がある。これ以上となると、樹が完全にお前を取り込んでしまい、お前がお前じゃなくなってしまう。だからこそ、その注射器を自分に挿すんだロメオ、さぁ!」
傍から見ると滑稽な一人芝居にも見えるそれは、オレの目には恐ろしく不気味で不快に映り、背筋に寒気が走った。
「待て、止め――」
「ウオォォォォォォWoooooo!!」
オレが吠えるより早く、ロメオはその注射器を首筋に深く差し込んでしまった。その肉が、波打ち膨張し、別の存在へと造り変えられていく。より巨大に、より強く悍ましく…… 肉体の色が変わり、鱗が生えボコリボコリと膨れ上がっていく。嗚呼、ロメオの存在塗り潰されて失われていく。急速にロメオではなくなってしまっていく……
「ヤメロオォ!」
考える前に身体が動いていた。止められないのに、変異を止めようとロメオに駆け寄っていた。だが、先程までロメオだった怪獣は、その巨大な手でオレを地面に叩き付けた。そして段々と肥大化していくその体重をかけてオレに馬乗りとなり何十と殴り続ける。ロメオから依然生えている樹から口が生え、そいつが喋った。
「ふむ、因子を埋め込むと怪獣とリンクが出来ると聞いていたが、身体もそれに応じて頑丈になるみたいだな。生身の人間ならこのパワーで叩きつけるだけで引き潰されていたろうに、流石は正隊員というわけか。道理で、周りから化け物扱されているわけだな。さて、どれまで耐えられるだろうかね」
ドゴォ、ドゴォ、ドゴォとひたすら鈍い音と共に血が飛び、床が砕け亀裂が入る。痛みが酷い
「なぁロメオ、お前がコンプレックスを抱えていたことは知っていた。いつも怯えを抱え、自分に自信を持ち切れず、自分よりも総合成績の高いシャオに嫉妬を感じていることも知っていた」
殴られ続け身体が床に少しずつめり込まれていく事も気にせず、オレは喋り続けた。
「だがな、オレ達は決して一人一人完璧じゃない。オレやマルティンを見て来たお前なら良く知っていることだろう? シャオだってそうだ、熱血スイッチが入ると周りが見えなくなる。だからこそ、周りを慎重すぎるくらいに注意深く見ているお前と何かと組ませたんだ」
届いているのかも、分からない。自己満足なのかもしれない、それでもちゃんと言っておきたかった。
「ロメオ、お前が孤児だった事は知っている。これから先、これ以上奪われる人を出したくない、という気持ちでウチに入隊したことも知っている。それで、妥協と理想のはざまで悩んでいた事も見ていれば分かる。ならば何故、相談してくれなかった! オレ達は、TOBは部隊だ、決して一人じゃない! 相談して支え合う事も出来た筈だ!」
寄生されているときの言動から察するに、自我と意識が微妙に残されていること、そしてその感情が孤独と恐怖から来ていることは鼻と耳で感じられた。だからこそ、叫ぶ。
「お前の意志を尊重した気になって、答えを出すのを待っていたオレを赦してくれとは言わない。その感情を利用され、寄生されて暴走を止められなかったオレを赦してくれとは言わないし、思わない。だからこそ、オレも許せない。このオレが背中を任せるに足ると安心し、信頼して直下に置いていたロメオ・ライオットはこの程度で心が折れる人物だったのか?」
「WGOOOOOOOOOOOOO!!」
その問いかけに応える様に、ロメオだった怪獣はスクッと立ち上がり、オレを地面から救いあげる様にして拾い上げると、シャッターの方向に向けてぶん投げた。
* * *
「ふむ、怪獣を使うところを観察したいから、わざわざこの場所を選んだのだが、つまらない結果だったな。正隊員が、この程度の人材だったとは期待外れも良い所だ。このレベルじゃ単一型と群体型の特性を併せ持つ最高傑作、俺の寄生樹海の本領の足元にも及ばないだろう」
残念な気持ちに包まれながら、俺は溜息をついた。情にブレるどころではない、まさか戦闘放棄すらするとは…… 身体の頑丈さには恐れ入るが、あれだけ潰されて叩きのめされたのだ、彼女はもうまともに歩く事すら出来まい。
さて、TOBも残りはマルティンと不在のチテンインとやらだけだ。居もしない相手はともかく、あのマルティンなどそれこそ、恐れるに足りないだろう。この寄生樹海は因子を持つ怪獣の寄生までは不可能、このまま適当にロメオを好き放題暴れさせ、それに乗じて一気に俺の寄生樹海で覆い尽くすとしようか。
と、ロメオに刺さったままの樹木を通じ、串刺しにするが如く強い殺気が、俺の身体を突き抜けていった。この感触…… ほう、遂にお出ましか。今度こそがっかりさせてくれるなよ、セリカワ。お前と大狂獣の力を俺に見させてくれよ。
ひしゃげたシャッターの向こう側、ガラガラと崩れ、朦々と煙が立ち上るガレージの中から、巨大な黒い怪獣が勢いよく飛び出してきた。




