第11話 甘い罠
パラパラと木片が空から降り注ぐ中、大狂獣は遠吠えすると、自分から護送車へと入っていった。樹の怪獣が再生する気配はなく、ようやく終わったのだと、私は安心することが出来た。
それから、あれセリカワさんは? と疑問が浮かぶも、サイドドアがスライドし、そこから疲れたかの様に彼女が降りてくる。あの巨体にしがみつき、動きを制御していたというのなら、その疲労も計り知れない。だけど、……やっぱり、正隊員は凄かった!
「悪いなシャオ、合流が遅れた。」
セリカワさんは申し訳なさそうに、話を切り出し頭を下げた。
「いえ、おかげで危ないところを助けられました」
「それでも遅すぎた。ここに向かう途中、AUのレイザー戦車やAFの機体が幾つも破壊されているのを確認してきた。全体の被害状況は?」
「はい、ヒューストンAF第一部隊副隊長とゴードンAU第二部隊長両名共に戦死されました。また、他には――』
つらつらと名を挙げていくシャオさんの顔は暗い。怪獣を退けたことで、高揚していたが、思い返せばこの5区には住民の消失の調査に来ていたわけで、その住人たちの末路があの怪樹だった。そして、死んでいった先輩達、他の隊の同僚を思えば、気が重くなってくる。
「我が隊からは、クラークが動けない新人を庇って樹に寄生され、自身で即座に頭を撃ち抜き亡くなりました。……覚悟を決めた、勇敢な最期でした」
「そうか、クラ坊まで逝っちまいやがったか。あのバッ、」
セリカワさんは、喉元まで出かかった言葉を飲み込むように無理やり口を閉じて黙り込んだ。それから、頭に手を当てると
「っ、……立派な最期だ。優秀な部下を持てて誇りに思う」
と絞り出すようにそう呟いた。
「ゴードンも、か。嫌いな奴じゃなかったんだけどな……、だが此処でこうのんびりもしていられないな。うかうかしていると第二陣が来るとも限らない。イースト区5で何があったのかは分かった。全てとはいかないが、怪獣のサンプルと遺体を集めて一旦撤収だ」
そういうと二人は、他の隊員に伝達する為きびきびと歩き出した。私もシャオさんに遅れない様小走りになる。と、そこで声をかけてくる者がいた、ロメオさんだ。
「ちょっとセリカワさん! 遺族の方に何て説明するつもりですか、酷いですよ。こんなのあんまりだ、バラバラじゃないですか。もっとまともな方法があったんじゃ……」
失望したという口調で強く非難する彼に、セリカワさんは何も言葉を返さない。だが、
「ちょっとロメオ、この状況下でよくそんな事を――」
シャオさんが、地面に横たわった亡骸や治療中の隊員達を指して食い下がる。
「相手は群体型で因子も無し。大狂獣の力ならここまで徹底的に破壊せずとも無力化することくらい出来た筈です!」
「相手にどんな能力があるかも判明しきれていない上、こちらは隊長達が二人も亡くなって余裕なんてない状況なのに、よくもそんな事言えるね。それに大狂獣は感情を制御するのがどんなに困難な事だか分かってるの? それに、隊員どころか一般住民に酷い損害が出る戦いなんて5年――」
まだ入隊して僅かとはいえ、この二人がここまで激しく言いあうのは初めてで、私は何画家とても不安になってしまう。すごい剣幕で食って掛かろうとしていたシャオさんを珍しくセリカワさんが抑える。
「シャオよせ。いい、仕方なかったじゃ済まない事も分かっている。損害も大きいし、糾弾されるのは当たり前だ。それに、ゴードンもヒューイットも亡くなった今、作戦の全責任はオレが背負っている」
その表情はとても疲れていて、いつもの豪放磊落さは完全に影を潜めてしまっていた。
* * *
気が重かった。地球防衛軍東局に戻ったところまでは、はっきり覚えている。その後、どうアレン大隊長に報告を済ませたのか、何と話したのか。頭が働いてくれない。直後、地下の居住区からあふれ出てきた隊員達の遺族の顔ばかりがフラッシュバックする。泣き顔、怒り顔、こわばった顔、そして駆け寄る遺族のいない隊員の骸……
何が有意義な死だ、何が立派な最期だ、クソッタレめ! いつもいつも先に死んでいきやがって。
「やっぱり、ここに来てたか、セリカワちゃん」
後ろから声がした。振り返るまでもない、マルティンだ。
「知人が死ぬと、すぐ慰霊の間に籠るからね。ほんと分かりやすいな」
「何の用だ? 新人達はどうしている」
邪魔だった、この部屋にいるところを誰かに見られたくなかった。それがたとえ古くからの知り合いだったとしても。いや、だからこそ尚更だ。
「ああ、いつまでも、5区の事隠しておくわけにもいかないからね。調査結果が飛び込んできた時点で、住民の全滅は確定してしまったわけだし、隊員にももちろん家族や知人はいる。それに今回の作戦には戦死者も多い、参加した80人中27名が死亡で16名が行方不明ときた」
マルティンは責めてるわけじゃないよ、と手を振るが、個人的には責めて貰った方が気が楽だった。
「俺としても、今回の作戦を先に知られて途中で横槍を入れられない様にってのが秘匿の当初の目的だったからな、5区のあらましについては既に公開してある。まあ、あちらさんのが一枚上手だった様だがな…… ええと、バッツだっけ、優秀くん。彼を初めとして、色々ロメオに聞いててさ、今頃は、家族や知人の亡骸に会いに行ってる様だ」
ロメオとシャオは? とオレは、もう一つ心配していたことを尋ねた。あの二人が取り乱して喧嘩するところなど滅多にない事態だった。それに、ロメオの心配性が前にも増してここ最近強くなってきていると、密かに感じていたのだ。それが、善い事なのか悪い事なのか、オレには判断が付かない。だがしかし、その心配がいつしか弱腰になってしまえば、取り返しがつかないことになる。
「ああ、聞いたよ。作戦中に声を荒げて喧嘩したんだってね。丁度近くで見ていたっていうモナちゃんにも調書を取ったんだけど、素直で良い子だったよ」
「調書て、って話がすり替わってるじゃねーか。その新人が良い子というのは置いといて、二人はどうなったんだよ!」
オレは呆れてため息をつくも、マルティンがフッと安心した様に此方を見ていることに気付く。わざと、か。
「どちらの言い分も正しいっちゃ正しいが、作戦時、それも戦場で生き残りをかけた状況だ。人によって持てる選択肢は異なるし、俺ならば同じ相手でも生きたまま無力化出来たかもしれない」
だがそれは無意味な過程だとマルティンは続ける。
「冬獣夏草の一件ですらもう5年は前だ。生かしたまま勝つ、遺体を傷つけずに勝つなんて眩しい綺麗ごとに思えてくる。俺とお前は第3次から5次迄のカタストロフを経験しているから、その辺若い連中とズレが出ても仕方ないかもしれないがね。大事なのは死なない事、これが俺の持論だよ」
この場で話す様な内容じゃないかもしれないがね、とマルティンは付け加える。
「二人にも、そう話してやったんだが、まあ簡単に呑みこめるようなもんじゃないわな。機会があれば医務室でカウンセリングでも受けたらどうだと勧めてやったが」
それを聞いて、オレは一安心した。それにしても、意外と良い所あるじゃないか、マルティンの癖に。
「そっか、ありがとうな」
「セリカワちゃんが、素直にお礼を言うなんて…… さては偽物か? 本物をどこにやった」
ドスリ
前言撤回、感謝して損した。オレは呻くマルティンを放置し、慰霊の間を後にした。
* * *
私は、どうかしてしまったのだろうか。最近何か考え出すと、それがネガティブにネガティブな方向に進んでしまっていた。失敗したくない、叱られたくない、嫌な思いをしたくない、誰かに辛い思いをさせたくない。その一つ一つの感情は本来なら問題ないのだが、それが日に日に強く、私の意思でコントロール出来なくなってしまっている様な……
「ロメオ、お前が持つ、誰かの事を思って行動できる思慮深さは美徳だ。怖さを知って尚、自分の為でなく、誰かの為に立ち上がり足掻くことが出来る。それほど素晴らしい事は無い」
まだ入隊して数年だった頃、そんな言葉をかけてくれたのは、セリカワさんだった。身寄りがなく、支えもなく生きるのに必死だった私に居場所を与えてくれたのはTOBだった。だからこそ、その恩を返す為、誰かの為にを胸に此処まで頑張ってこれたのだ。
だが、ここ最近の私は本当の意味で、それを実践できているのだろうか? いつしか怖さは臆病へと変わり、保身に走ってしまっていないと言えるのだろうか。それを考えても、答えは出ず、私はマルティンさんの言葉を思い出し、医務室へと足を運んでいた。扉を開けるとモワッと加湿の蒸気が広がり、甘いアロマの香りがムワッと鼻腔をくすぐった。
「おや? コーディさん、なんでこちらに」
中で患者を待っていたのは、総合研究室室長代理のコーディ・トンプソン。彼の家族もイースト区5に住んでいた。その悲しみを量り知ることは出来ないと思っていたが、考えすぎだったのかもしれない。
「なあに、人手が足りないと聞いていてね。研究室の仕事の他にも、こうして定期的に手伝いをしているわけさ。診る事に関しては、怪獣であれ人であれ、自信があるからねぇ。隊員の管理も儂の仕事のうちよ、室長やアルファ殿程の権限はないがね」
と丸眼鏡を掛けながら、どれどれ何があったのか言いなさいと促した。
「……ふむ、つまり君は今の自分に自信が持てない。不安でいっぱいだと言うことで合っているかね?」
私は、躊躇いつつも誘導されるがままに、最近弱気になりがちで後ろ向きな考えが浮かぶ事に困っている事、同僚や先輩に対して劣等感を抱えてしまっている事、これから先への不安など思いつくことを洗いざらい打ち明けていた。
「ロメオ君、君に助けられてきた人は多い。自分にもっと自信を持ちなさい。かくいう儂も、こないだお世話になったばかりだしのう」
こないだの研究室のトラブルの一件を思い出す。蒸気で曇る眼鏡を拭き、コーディさんは恥ずかしそうに頭を掻きながら続けた。
「君は、他人が為を思う事が本当に誰かの為になっているのか、逃げる為の言い訳になってないかと言っておったが、それは違う。新人の子も嬉しそうに話しておったぞ。ロメオさんはいつも僕達の事を見てくれて、アドバイスを的確に導いてくれる、と。この観葉植物も、その新人の子が手入れしてくれてのう。どうじゃ? 細いがしっかりと立っていて立派じゃろうて、まるで君の様じゃと思わないか? もし、君の事を悪く言う輩がいるのならば、気にしない事じゃ。決して君のことを思っての事ではないじゃろうて。他人を思いやれる君の意志は、何よりも尊いのじゃからな」
コーディさんの言葉はまるで誉め殺しで、流石にそれは言い過ぎじゃないかと思わず否定しようと口を開く。だが、頭がぼんやりとしてしまい、考えが纏まらず、言葉が出てこない。室中に溢れる生暖かい空気と香りが心地良いから、なのだろうか。
「もし、また迷う事があるのならば、君の内から出る言葉に耳を貸すのじゃ。それが真の君の想いであり、尊重すべき意思となる。思うがままに、行動しなさい。それが巡り巡って誰かの為になり君の為になるのじゃから」
アロマの香りのせいか、頭がぼんやりし、コーディさんの言葉が耳の奥で何度もこだまするかの様に響いてる。内なる声……、私が思う行動……。コーディさんは私の目を見て、優しい眼差しで語り続ける。その言葉は、私の内側で何度も何度もリフレインする。
医務室に来てからどれくらい時間が過ぎただろうか、10分も経ってない様な気もするし何時間もいた気さえする。コーディさんはパンッと強く手を叩くと立ち上がった。
「よし、今日のところはここまでじゃ。どれ気分は良くなったかのう?」
「はい…… なんだか、言語化するには難しい感覚ですが、心が軽くなった様な気がします」
「取り敢えず、鎮静剤を出しておくかの。悩みが再発したり、頭が痛くなったら飲むと良い」
ありがとうございましたと告げて医務室を後にする。と、ちょうど入れ違いに医務室に向かって歩いてくる人物に気がついた。マルティンさんだ、相変わらず素肌に白衣と酷い格好だ。
「マルティンさん、ちゃんと服を着ましょうよ……」
「硬いこと言うなよ、ロメオ。俺はこの格好が1番落ち着くんだよ。」
ふーやれやれと、大きく手を広げため息をつくマルティンさん。やはりこの人のペースは苦手だ。尊敬出来ないというわけでは無いのだが。
「まさか早速カウンセリング受けにいってくれるとは思わなかったが、先輩のアドバイス聞いてくれて嬉しいぜロメちゃんよ。どうだった?」
「気色悪いですよ、マルティンさん。カウンセリングの方はそうですね……気分が少し軽くなった様な気がします。ただもう少し、自分を見つめ直してみようかなと」
その言葉を聞いてパァと顔を明るくさせるマルティンさんを見て、やはり悪い人じゃ無いんだけどなと思う。
「そいつは良かった! ただ、今日のカウンセラー官は皆、弔問に出払っていたと思ったんだがな」
「ああ、コーディ研究室長代理が担当してくれました。あの人も家族を亡くして辛い筈なのに強い人ですね」
うん? 今一瞬、マルティンさんが怪訝そうな顔を浮かべた様に見えた気がしたが……
「ま、何にせよ落ち着いたなら良かったぜ。戦闘の疲れもあるだろうし、疲れをしっかり取れよな。それと、シャオちゃんに後で謝っておけよ」
そう告げると、マルティンさんは医務室の扉をノックもせずに開け切り入って行った。
「よぅ、コーディの爺さん。邪魔するぜ!」
「声が大きいのう、なんじゃいな」
やっぱりあの人は見習っちゃだな…… それにしても、へんな事を言うものだ。なんで、私がシャオに謝らないといけないのだろうか。私には、何も間違いは無かったというのに。




