異世界における他殺死ガイド87
ゴオオオオオ
バサササ
背中のマントが風に吹かれて暴れる。
俺は現在、空から巨人を見下ろしている。
巨人の胸の中央には金属製の女性像が埋まっている。おそらくあれが本体、ディー・エクス・マキナであろう。
エクスとかマキナとか、カッコイイ名前だが長いのでディーと呼ぶことにする。
遠隔通信によるザンシアからの報告では、ディーは古代人の作った人工知能であるらしい。
どんな力を持っているかわからない、俺を殺せる可能性を秘めた相手だが、人工知能であるディーに魂は無い。そしてディーを作った古代人は既に滅んでいる。
つまり俺がディーに殺された場合、乗り移る先が無いということである。他殺死できることを期待していたのだが、とても残念である。
ディーの本体から視野を広げ、巨大な全身を観察する。
ディーの巨体は髪の長い女性の形をしている。体を構成しているのは黒いゴムのような素材なので真っ黒である。
よく見るとその体はいくつもの管が集まってできていて、場所によって管の太さが違い、上腕二頭筋やふくらはぎの部分は管が太く、筋繊維が露出しているかのように見える。
少しグロい。だがこれで良い。
もしディーの巨体がもっと人間に近い見た目だったりしたら大変であった。
何が言いたいのかというと、巨大な女体は素晴らしいものだということだ。そしてそれが内包する需要は決して小さいものではない。
想像してみて欲しい。
あなたの隣に美しい女性が立っている。その女性の体は巨大であり、身長はあなたの数十倍もある。その女性に話しかけようと、あなたは女性の顔を見る。身長が違いすぎるため、あなたは上を見上げることになる。女性は短めのスカートを穿いている。見上げたそこに何かを見てしまったとしても、話しかけようとしただけのあなたは潔白である。だが残念、女性はスカートの中にスパッツを穿いていた。残念? いいや、そんなことはない。見る価値、あるいは見たいという需要、それは普段中々見ることのできないものに発生する。その意味ではスパッツにも十分な需要があるかと思われるが置いておく。ここで伝えたいこと、それは視線の角度、アングルである。女性の体を下から見上げるという普段中々見ることの無いアングル。それには見る価値があり、巨大な女性はただそこに居るだけでその需要を満たし……。
やめよう。
つまり巨大な女体には大きな需要があるが、ディーの体は巨大な女体ではあるものの、黒いしグロいのであまり需要がないだろうということだ。筋繊維丸出しの女体は流石に需要無しであろう。いや、それもまた普段中々見ることが無いものではあり、無視できない需要が……。
やめよう。
ディーの足元を見れば、そこにはザンシアが倒れている。少し離れたところに守護兵二十八号に守られたモチャムがいる。二人ともボロボロだが命に別状は無さそうに見える。だがディーが暴れたらいずれ二人とも踏み潰されてしまうであろう。ここは何とか俺がディーを抑え込まなくてはならない。ディーはおそらく強敵である。強敵と戦う時、目のやり場に困ったり、集中を乱されるのは困る。
ディーの見た目が俺の好みから外れていて良かった。
やっと結論である。
ディーには古代人の技術が詰め込まれている。古代人の技術は非常に魅力的である。中には俺を殺せる技術もあるかもしれない。だがディーの力は未知数であり、今回は殺されるイコール死なので油断はできない。俺の力でディーを抑え込めればよいが、余裕がない場合は破壊も辞さない。
そう覚悟しディーの巨体に目を戻した時、その巨体に変化が起こった。
ヌヌヌヌヌヌ……
ディーの体を構成する管が、隣り合う管とくっついていく。これによりディーの体表面がツルツルになっていく。
なんということか、ディーのその巨大な体は未だ構築中だったのである。
いかん。
ヌヌヌヌヌヌ……
ディーの体表面がどんどんツルツルになっていく。
このままではディーの見た目はまるで薄くて黒いボディースーツを全身に纏った女性のようになってしまうであろう。
しかも巨体である。
それはいかん。そこには間違いなく別の需要が生まれる。ともすればそれは俺の心の琴線に触れてしまう恐れがある。
「ザンシア下がれ」
「はいお父様」
ザンシアが守護兵二十八号の所へ退避し、俺が攻撃態勢に入ろうとしたその時である。
キィィィィン
ウィィィィン シャガガガガ!
ディーから高音が発せられると、ディーの足元の金属製の床が開き、中から大型の魔砲がいくつも出現する。
中には円柱形の筒、いわゆるミサイルを抱えた発射台も見える。
ズガガガ ドシュドシュドシュ
魔砲やミサイルが一斉に発射された。
ドドドド ドガアア!
魔法は俺に命中したが、不可視の盾がそれを防ぐ。ミサイルの爆発による煙で視界が悪い。だが気配察知により俺にはディーの動きが見えている。
グオッ!
ディーが巨大な腕を振りかぶり、魔砲が命中し続ける俺に向かって殴りつけてきた。
ドゴアアア!
風圧で煙が晴れる。見えたのは割れたディー・エクス・マキナの腕の内部。管がウネウネと蠢いていて気持ち悪い。
「不可視の盾に不動、その他防御層。我ながら臆病すぎる」
ジャブアの防御能力の一番外、不可視の盾ですらこの大質量を退ける耐久力。ジャブアめ、魔王のくせにどれだけ防御に気を使ったんだと言いたくなる。だがジャブアは別に防御特化の存在というわけではない。この世界の人間の標準に照らせば、その攻撃能力も桁違いの強さなのだ。
両手を広げる。
ボボボボッ!
巨大な火球が俺の周りに現れた。
ボボッ! ドジュウウウ!
放たれた火球がディーの体を抉る。
キィィィィィ
腹を大きく抉られてグラつくディーの巨体。効いているようだ。これなら俺の力で抑え込めそうである。
そう思い、手心を加えようと油断する俺。
その時、ディーがその大きな口を開けた。
コォァァァァァァ
口の中に光がある。
カッ!
ディーの口から放たれた光が俺を包み込む。
「これは」
荷電粒子砲。物理防御不能の粒子光線である。
粒子光線は不可視の盾を貫き、不動を透過したが、防御層の内のどれかに遮られて俺には到達しなかった。
カァァァァァァ
光線の放射が止まらない。防御層の維持のため移動できない俺。
ヌヌヌヌ……
ディーの体が再生していく。体表面もツルツルになっていく。
いかん、このままでは……。
ゴガァッ!
何者かがディーの横っ面を殴りつけた。それにより粒子光線が俺からそれる。
ヒュゴオオオオ
見れば上半身に大きな鎧を纏ったザンシアが飛んでいる。
「援護します。お父様」
頼もしい。
だが少し遅かった。
ヌヌヌ
ディーの体表面が全てツルツルとなった。
薄めの黒いボディースーツを全身に纏った巨大な女体が、完成してしまったのである。




