異世界における他殺死ガイド64
カチ
視界が切り替わった。
コォォォオオオオ…
風の吹くような音が聞こえる。ここはどこだろうか?
視線は自身の手を見つめている。赤い色をした女性の手、これはレッドセルの手だ。俺は今、レッドセルの感覚を受信しているのだ。
彼女についての情報はまだほとんど俺の中に無い。名前以外にわかるのは彼女が耳長の特徴を持つ亜人、ヴァラー種であり、魔族化の時にどういうわけか肌が赤くなったということだけだ。
赤い肌…、いつも返り血で赤いからとか、そんな特徴を強調された結果だろうか?怖い。
ズズズズ…
レッドセルの手から何かが出てくる。これは…、文字?
手から出た文字らしきものが、いくつも並んでゆるい螺旋を描きながら上に進む。
文字の螺旋の先に視線が移動する。
そこには宙に浮かぶ灰色の大きな穴があり、穴は後ろの景色が白黒に見える空間に包まれている。
文字が穴の中に吸い込まれていった。かと思えば出てきた。文字はレッドセルの手に戻っていく。文字が穴とレッドセルの手を循環しているようだ。
視線は再び手へと戻る。
白黒の空間と、宙に螺旋を描いて浮かぶ文字のようなもの。これは彼女の解析魔法だ。
洞窟の中を調査したい時など、こちらの情報を一切与えずに一方的に調査できるという、凄い魔法なのだ。
…何故そんな魔法が必要なのだろうか。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだとか、精神的な意味ではなく、本当に向こうからこちらを覗くものが居るのを警戒しての事か?
あの灰色の穴の向こうに何があるというのだ。
何があるかわからないから調査しているのか、わかっていて調査しているのか、今の俺にはそれすらもわからない。
「っ!」
突然レッドセルの手がビクッとした。
何かあったのだろうか?
視線がゆっくりと手から灰色の穴へと移動していく。
視線は灰色の穴の中心を捉えた。穴に特に変わったところは無いように見える。
いや…。
灰色の穴の中心に切れ目のようなものが走る。
その切れ目がゆっくりと開く。
目だ。
大きな目が、こちらを探るかのようにギョロギョロする。
だがレッドセルの魔法のおかげか、目玉がこちらを認識することは無い。
…これは灰色の穴ではない。宙に浮かぶ穴を、向こうから灰色の何かが塞いでいるのだ。
雰囲気的に、これはアレな気がする。
〇ーゴンの後の〇ドー、〇ラモスの後の〇ーマ、〇スピサロの後の〇スターク、三つ目のはちょっと違うか。
こいつは魔王を倒した後に出てくる、真のラスボスというやつではないだろうか。
どうするべきか。
レッドセルに解析させている理由がわかるまで放置するか?
その間に事態が悪化したりしないだろうか?
解析を止めさせる?
今レッドセルに解析を止めさせたら、あの灰色の何かがこちらに出てきてしまうことにならないか。
ううむ…。
む!
並列意識に反応があった。今にも魔物に襲われそうな人が居るようだ。
……。
保留だ。
目の前の人助けを優先する。
バヒュウ!
俺は並列意識の案内に従って飛び立った。
■■■
ギィ…ギギィ…
船体の軋む音。ここは船の中である。
狭い部屋、狭いベッドの上に、未だ目を覚まさないジークが寝かされており、傍にはそれを見守る二人の女性。
サーリアとコマキである。
この船は現在、カホト大陸にある港町ポルトへと向かっている。何故そんな船に二人が乗っているのかと言えば、モルトウ王国に助けを求めるためである。
ヌベトシュ城が落ちた後、撤退した兵士達となんとか合流できたサーリア達は、どうやって城を取り戻すかについて話し合った。しかし、敵の力が強大すぎる。敵は山を抉る力を持つのである。大部隊を揃えて戦いを挑んだとしても、一撃で全滅してしまう。頼みの綱であった勇者も倒され。どうしようもないという諦めムードの話し合いであった。
そんな中、ある兵士がモルトウ王国に助けを求めることを提案した。その兵士はモルトウ王国の火力演習を見学したことがあり、そこでとんでもない力を持った女性を見たことがあるという。
その女性は素手で大岩を砕き、手も触れずに地面に穴を開けるらしい。
そんな女性が本当に居るのか信じがたい。仮にいたとして、その力が魔王に通じるのかわからない。モルトウ王国が助けてくれるかどうかもわからない。だが何もしないよりは良い。
サーリアは兵士達を治安の乱れている町や村に向かわせた。いつ魔王が町や村を滅ぼそうとやってくるわからない上、最早給金を貰えないかもしれないのに、故人であるルードの持っていたカリスマがそうさせたのか、兵士達は従ってくれた。
そしてグロツ王国の姫であるサーリアが直々に、モルトウ王国に救援要請に向かうという事になったのである。
お供にはコマキがつけられた。
他国に行く姫を守るのがメイド一人なのかと思うだろうが、何を隠そう、彼女は普通のメイドではない。彼女はメイド忍者なのだ(以前ジークの体の炎を消した水は水遁の術である)。代々続く忍びの家系に生まれた彼女の体術は、ジークを除けば現状のサーリアが持つ最高戦力と言える。兵士を数人付けるよりも彼女一人の方が頼りになるのだ。
中々目を覚まさないジークは置いていった方が良いという話が出たが、もはや一時でも離れたくないと主張するサーリアを思い、コマキが背負って連れていくことになった。
「ジーク様…」
ジークの手を握りサーリアが語り掛けるが、ジークは反応しない。
ギギィッ
「あっ」
船が揺れ、かがんで前のめりになっていたサーリアがジークに向かって倒れこんだ。
トス
ジークの胸にサーリアの頭が乗る。
「う…」
「ジーク様!?」
ジークの目が開いた。
「ここは…」
ジークは自分がどういう状況に居るのか把握したいのか、周りを見回す。
「ああジーク様、目が覚めて良かった、本当に…」
サーリアの目に涙がたまる。
「サーリア…?うぐっ…ジュ…レス…」
手で頭を押さえてジークが呻く。
「ジーク様!?」「無理をしてはいけません。」
コマキがジークに横になるように促す。
「現状の…説明を…」
説明を求められたコマキは現状についてジークに聞かせた。
少し朦朧としながらジークは説明を聞いた。
「…というわけで、ジュレス様は恐らくもう…」
朦朧としながらも、ジュレスが行方不明であるという話を聞いた時点でジークが口を開いた。
「ジュレスは生きている…。」
「本当ですか!?」
「俺にはジュレスの状態が見える…」
ジークは仲間の状態を確認することができる。そしてジュレスはジークの仲間から外れていない。それによればジュレスはまだ生きているのだ。
「捕まっているという事でしょうか?酷い目にあわされていないかしら…」
こういう時の想像は際限無く悪い方向へと膨らんでしまう。考えないようにしたいのか、ジークはコマキに現状説明の続きをお願いした。
コマキの説明が大体終わった。
未だ朦朧としながらも、現状の把握ができたのか、ジークがサーリアに向かって話しかける。
「サーリア、君は…、偽名を使った方が良い…」
魔王によって城が落とされたとはいえ、まだ国がなくなったというわけではない。サーリアはグロツ王国の姫という立場である。ルード亡き今、王家の血を引く者はもはや彼女しかいないのだ。その立場を旅先で不用意に明かすべきではない。
「君はこれから…、シラと名乗るんだ…」
「わかりましたジーク様、私はこれからそのように名乗ります」
サーリアが頷きながら返事をする。
「今から慣れておくんだ…、様付けも、ダメだ…」
「はい」
予想外の事態が起こった時、思わず本名が出てしまったり、様付けしてしまったら偽名を使っている意味がない。向こうに着いてからでは遅い。今から慣れておくのは大事である。
「ジュレス…必ず…助け…る…」
そこまで言って力尽きたのか、ジークは再び目をつむり、意識を手放した。
「ジーク様…」
サーリアはジークの手をギュッとしてから離した。
「コマキ、ジーク様の言った通り、私は今からシラです。姓は、そうですね…、私の好きな動物の種類から取って、ンガナとしましょうか。私の事はシラ・ンガナと呼んで。敬語も使わないで。」
「ええ、しらんがな(サーリア様)」
船はポルトに向かって進む。




