異世界における他殺死ガイド63
ヒュゥゥゥウウウ
空から城の近くの森を眺めている。
城の近くの森が魔境化しているのではないかと心配していたが、確認したところ魔境化どころかほとんど魔物がいない。ここには瘴気溜りが無いため、魔物達は瘴気のある場所を求めて移動したのだ。魔物達の移動に巻き込まれた村や町は阿鼻叫喚となったのではないだろうか。それはもう過ぎてしまったことなので、今の俺にはどうしようもない。
城の近くの森の魔境化は無かったが、別の所に問題が発生している。
ここに来る途中、魔物に襲われている人達を見かけたので助けた。それでわかったのだが、瘴気を求めて移動した魔物達の中に、薄い瘴気でもまあいいかと、適当な森に住むようになってしまった強力な魔物達が居たようだ。これにより、以前からそこに住んでいた魔物達が外に追いやられ、人里を襲っているのだ。
そして俺は今、この問題を何とかするための策を考えている。
周辺を飛び回り、魔物を発見したら全て退治していけば解決しそうだが、魔物の生成する魔石はこの世界の生活には欠かせないもので、何も考えずに全て退治するというのはまずそうだ。
退治する前に、魔王が連れてきた魔物なのかとか、人里に出てしまいそうな魔物だとか、退治してよい魔物かどうか判断する必要がある。だがそれでは時間がかかってしまう。俺には他にやらなければならないことがあるのだ。
現状の記憶によると、支配の力には支配下の者の感覚を受信できるというものがある。
支配下の目を通して遠くのものを見るといったことが可能なので、これは情報収集に使えそうである。
その辺にいる魔物を片っ端から支配して大陸中に放てばどうか。いや、支配下の魔物達が危険な魔物を見つけたとして、自動的にそれを連絡してくれるわけではない。細かく指示すればある程度は可能かもしれないが、危険な魔物とは何を指すのか、うまく指示できそうにない。
ううむ…。
ぐっ
記憶の流れ込みが発生した。チョロチョロではない。何故だ?
…。
そうだ、魔物に全ての役割を担わせようとするからダメなのだ。対処が必要かどうかの判断は感覚を通して俺が行えば良い。
ヒュウウウ スト
森に下りた俺は、そこに居た綿鼠を二匹、支配下に置いた。
綿鼠とは、こぶし大くらいの大きさの鼠の魔物で、体毛が綿のようにフワフワである。
「「チーチー」」
まあまあ可愛い。
とりあえず二匹の内の一匹の感覚を受信してみる。
スゥゥゥ
おお、目の前にフードに身を包んだ怪しい人物が佇んでいる。成功したようだ。
ならば次は二匹目の綿鼠に切り替えだ。
スゥゥゥ
お、視線が少しズレた。斜め前には綿鼠が座っている。成功だ。
だがこの力を使って危険な魔物を探すのは大変だ。感覚受信の対象を何度も切り替えて確認して、なんてやっていられない。
そこで、魔法により俺の脳を何重にも並列処理させる。そうして発生した意識の一つ一つに支配下の魔物の感覚を与えれば問題が解決できる。
脳の並列処理。
これは魔王の能力ではない。ドクが作ったオリジナルの魔法が為せる業だ。先程流れ込んできたのはドクの記憶だった。必要になったからだろう。
ドクがザンシアを作れたのはこの魔法のおかげだったのかもしれない。常に脳を何重にも並列処理させて、発生した意識達同士で協力して…。
とにかく、これで支配した全ての魔物の感覚から情報を得られる。危ない魔物を見つけたら飛んで行って退治すればよいのだ。
俺は森中の綿鼠を支配下に置いた。
「「「「「「チーチーチー」」」」」」
結構な数である。
綿鼠に絞ったのは、大陸中に居る魔物だし、こいつらが鉄爪狼の広範囲気配察知には及ばないものの、同じような索敵能力を持っているからである。フワフワの綿が振動を検知し、それを視覚情報にしてうんぬん…。
こいつらを大陸中に配置すれば、俺は超広範囲の索敵能力を持つことになる。
脳の並列化を実施する。
ズラアアアア
合わせ鏡を見た時のように、自分の後ろに自分がずらりと並んでいくような感覚。
あまりに多く並列化すると脳に負担がかかりそうだが、そこを問題ない負荷に抑えているところもドクの魔法の凄いところだ。
現れた意識の一人一人に綿鼠の感覚を担当させていく。つまらない仕事だろうに、文句を言う者はいない。我ながら聞き分けの良い意識達だ。
綿鼠たちに互いの索敵範囲をカバーしあうように散れと命令した。
「「「「「「チーチーチー」」」」」」
綿鼠たちが散っていく。
担当する場所によっては綿鼠は敵に食べられたり、食料の確保ができなくて死んでしまうかもしれない。可愛そうだが仕方がない。
減っても困らないくらいに数を増やしてやる必要がある。
これからは綿鼠を見かけたらすかさず支配下に置くようにしよう。
***
シャク
森の木に実っていたリンゴっぽい果実を齧る。甘酸っぱくて美味い。
綿鼠達を散らせてから暫くが立った。危険が危いと感じる事態にはまだ遭遇していない。
一旦城に帰ろうか?部下達が城でおとなしくしているか確認したいし。
そうだ、部下達は支配下なのだから、その感覚を受け取ることができるはずだ。
事態の収拾が大体終わったら、部下をたきつけて俺を殺させる必要がある。部下達の中には支配されたことで仕方が無く魔王に従っている者と、そうでない者がいる。ダフは後者らしい。ダフに殺されるのはアリだろうか。
部下達の人となりを把握するためにも、ちょっと感覚を受け取ってみよう。
なんだか覗きみたいだな…。ドキドキしてきた。
まずはダフの、おっと、彼女の支配は解除したのだった。残念。
しかし、そもそもどれが誰の感覚なのだ?頭の中に支配下と繋がる紐が垂れ下がっている感じだ。支配化を急に増やし過ぎてしまって整理ができてない。
よく観察(頭の中で?)してみたところ、綿鼠以外の紐は見分けがつくようになった。だが残った紐のどれが誰なのかわからない。
まあいい、一つ一つ見てみよう。俺は頭の中で紐と自分の意識を繋げてみた。
カチ
視界が切り替わった。
ここは城の訓練場だろうか?
目の前に白い毛に覆われた腕が見える。感覚を受信している相手の腕だろう。
他の部分も見てみたいが、視線を自分で動かすことはできない。この力は受信することしかできないのだ。酔いそう。
白い毛に覆われた腕から推理すると、俺が今受信しているのはモチャムの感覚のようだ。
モチャムは猫のような特徴を持つ亜人、バルバロス種の男性である。魔族化により猫分が強調され、フサフサのたてがみを持つようになった。
「ブロロロロー!」
ドカッ!
いきなり殴られた。俺が殴られたのではない。感覚を受信している相手、モチャムがである。
なんだ?争いか?城に誰か攻めてきたのか?
モチャムの視線が殴ってきた相手の顔を捉えた。トカゲの顔のような鉄仮面の男がこちらに殴りかかってきている。
こいつは魔王の部下のブロッホだ。体の一部が金属という特徴を持つ亜人、ザクセン種の男性である。魔族化した時に金属部分が謎の機構に作り変えられた(これは動力機構ではないだろうか)。彼はそれによって喋ることが出来なくなった。
部下二人が戦っている。城が攻められたわけではないようだ。喧嘩だろうか?
「まだまだあ!」
モチャムの声が内から響く。変な感じだ。
モチャムはブロッホの攻撃を凌ぎ切り、今度は自分の番だと殴りかかる。
「ギュンギュギュン!」
ドカッ!
ブロッホがそれを防ぐ。
「ブロロロロー!ブロロロロー!ブロロロロー!」
エンジンの様な音を出し(口で言ってるみたいだが)、ブロッホの身体が振動し、背中にある筒から黒い煙が吐き出される。
ドルルルル! ドゴ! ズザア!
ブロッホの猛烈な体当たりに視界が後ずさる。
「うおおお!」
モファアア
モチャムの腕の白い毛がフサる。
ガッシ!ボカッ!
「ルロルロロォ!?」
モチャムの殴りつけにブロッホが怯んだ。モチャムはフサると強くなるのだろうか?
「ははあ、楽しいなあブロッホ!」
「キューンキュン」
ブロッホはもう止めたそうな顔をしている。喧嘩では無さそうだ。これは稽古か何かだろうか?二人は仲が良いように見える。
ブロッホは魔王が無理やり支配したようだが、モチャムは望んで魔王の支配化になったようだ。
理由は自分より強い奴と戦いたいからとかなんとか。〇トリートファイターかな?
モチャムに俺を殺させるというのはアリだな。
次だ。
カチ
視界が切り替わった。
ここは…、ベッドの上だ。今俺が受信している感覚の持ち主はベッドの上に座っている。
ベッドは天蓋付きのようで、レースのカーテンが四方を囲んでいて外がはっきり見えない。
「ああ、ジャブア様…。」
ギシ
外から声と何かが軋む音が聞こえた。この声はダフの声だ。
その声に反応したか、視線が声のした方向へと動く。だがカーテンで外はうっすらとしか見えない。
カーテンの向こうに動く影は下半身が蛇である。
「んん…。」
ギシギシ
なんだかまずそうな雰囲気だ。
視界にカーテンへと伸びる手が映る。その手は女性の手である。カーテンを開く気だ。
これはおそらくジュレスの手だ。今俺はジュレスの感覚を受信しているのだ。ジュレスはダフと一緒に居るのか。
「はああ…。」
ギシィ
駄目だ。これは駄目だ。ジュレス、カーテンを開けてはいけない。
シャッ
躊躇なくカーテンが開かれた。
「んんああああ…。」
ギシ…メシメシ…メキッ!
カーテンの開いたそこには丸太に巻き付くダフの姿があった。丸太は今にも折れそうで、メキメキと悲鳴を上げている。
メキィ…バキッ!
遂に丸太が折れた。凄まじい圧力だ。
「はあ、はあ、ジャブア様…。」
ダフの目は恍惚としている。
…ダフに絞殺されるというのはアリだろうか?アリか?
まあいい、次だ。
カチ
視界が切り替わった。
やや暗い部屋の中だ。
目の前に診察台のようなものがあり、その上に白い甲殻を持った生物が寝かされている。
こいつは見たことがある。海の中でアウロラ達を襲った奴だ。
「カレル様、この人生きてるっすか?」
「うむ、イゴル君は生きている。残念なことに。」
ジョシュアの声が横から聞こえ、内からカレルの声が響く。今俺が受信しているのはカレルの感覚のようだ。
「見たまえ」
視界に映る指がイゴルの背中を差した。
「なんすか?」
イゴルの背中には白い触手が生えている。
「ラチェル君の持つ因子を彼に移植したのだ。」
「凄いっすね。因子の移植で背中から触手が生えるっすか。」
「うむ、だが彼に施したのはこれだけではないぞ。」
「なにしたんすか?あ、この人目を覚ましたみたいっす。」
「ヴ…ヴハ…」
イゴルが目を開けた。
「おお、イゴル君、気分はどうだね?」
「ヴ…ヴ…」
「ヴ、なんだね?」
「ヴ…」
「…」
「ヴロロロロー!」
「成功だ!」
「カレル様、まさか!?」
「うむ、彼に内緒でブロッホ君の因子も移植してみたのだ!」
「YATTA!」
ジョシュアは踊り出した。左右交互に、手と足を同時に上にあげる奇怪な踊りだ。
視界が揺れる。カレルも踊っているのだろう。
…。
次だ。




