異世界における他殺死ガイド65
ヘデラ大陸 -とある森-
ザッ ザッ
森の中、背中に背負った籠に山菜などを入れた男二人が歩いている。
「なあモイ兄、もう帰らないか?」
「まだ十分じゃねえ。もう少し集めんぞ。」
二人は森の近くに住む兄弟で、兄の方の名がモイ、弟の方の名がムイと言った。
森の中で二人が何をしているのかと言えば食料の調達である。
魔王にヌベトシュ城が落とされたことがヘデラ大陸中に広まり、それによって発生した混乱で流通が止まり、二人の住む家の周辺で食べ物を手に入れづらくなってしまったのだ。
「でも、親父を襲った魔物がまだ近くにいるかもしれないし…」
二人の父親を襲ったのは白狒狒という大型の魔物である。瘴気の濃い森にしか生息しない強力な魔物で、瘴気だまりの存在しないこの森になど出没しないはずの魔物であった。
「あれは運が悪かったんだ。ほら行くぞ。」
ザッ ザッ
モイがさらに森の奥へと歩を進める。仕方なくそれについていく弟のムイ。
無謀な選択をして自分と弟の身を危険に晒す愚かな兄という図に見えるが、二人が確保しなければならない食料は二人分だけではない。親と幼い弟妹達の分も確保する必要があるのだ。家族を飢えで泣かせたくないがためのモイの選択を、誰が咎められようか。
カサ
森の奥へ奥へと進んでいく二人を、茂みからジッと見つめる小さな瞳がある。
だが二人はそれに気づかない。
「あ、モイ兄、あの木の実、食べれるんじゃなかったっけ?」
ムイが指差す先に、小さな丸い実をたくさんぶら下げた木がある。
「ん?ああ、ありゃメモミドの実だな。いいぞ、あれを籠いっぱいに持って帰れれば…」
「ロロロロ」
「今何か…」
不気味な声を聞き、二人が戦慄する。
ザッ
「あ…、ああ…」
モイが弟の後ろに現れた何かに気づき、震え始めた。
ムイは兄の様子を見て察した。後ろに居るのだ。恐ろしい魔物が。
ムイは後ろを振り向けない。振り向いたらそこで人生が終わる気がしたからだ。
「モ、モイ兄…」
「…ムイ!」
モイは弟を引き寄せようと手を伸ばした。
ガッ!
だが時既に遅く、弟の体は白狒狒の大きな口の中に消えた。
「うわああああ!」 ドッ
絶望し、モイが叫ぶ。と同時に白狒狒の首が落ちた。
「…え?」
いつの間にそこに居たのか、フードを深くかぶった男が首の無い白狒狒の横に立っている。
ズルッ
フードの男はムイを魔物の口から引きずり出した。外傷はなさそうで息もしている。気絶しているが無事の様だ。
「あ、あんたまさかあの噂の!」
モイがフードの男を見て目をキラキラさせる。先程まで絶望に染まっていた目には見えない。
「…コブラ?」
「そうだといったら?」
フードの奥に少し見える男の口元がニヤリとした。
「ヒューッ!」
***
ヘデラ大陸 -とある屋敷-
「くくく…」
「離してくださいマーロ様!」
恰幅の良い、装飾で煌びやかな服を纏った男が薄幸そうな少女の腕を掴んでいる。
「逃げても無駄だぞ。」
マーロという名のこの男は、色々と卑怯な手で成り上がったことで有名な成金であった。
ドン ドサッ
「ああっ!」
マーロに突き飛ばされ、少女はベッドの上に倒れた。
「こ、こんな暴力、許されると思うのですか!」
少女がキッとマーロを睨む。
「ははは、誰が許さないって言うんだ?」
マーロは少女の服の首元に手を掛けた。
「そら」
「あっ!」
バリィッ!
マーロが少女の服を破った。少女の胸元が露わとなる。
ガッ!
マーロは少女の両手を片手でベッドに押さえつけた。もう片方の手が少女の腰に伸びる。
「いや…、いやだ!」
「抵抗していいぞ?その方が犯しがいがある。最後は首を絞めて殺してやろう。一度試してみたかったんだ。」
「いやあああ!誰かあああ!!」
泣き叫ぶ少女。マーロは下卑た表情で少女に言う。
「いくら泣き叫んでも無駄だ。お前を気にかけていたあの男も、この国から去った。最早お前を守る騎士は居ない。」
マーロの言葉に、少女の目から希望の光が失せかけた、その時であった。
「いるさっ! ここにひとりな!!」
マーロの背後の窓に人の影。
「だ、だれだっ、お前はっ!!」
ガシャア!
窓を破って入ってきたのはフードを深くかぶった男であった。
「あててみろ、ハワイへご招待するぜ」
ツカツカツカ ドスッ
「見張りはどうし、ぶげぇ!」
フードの男はマーロを腹パンして気絶させた。
「あ、あなたは…」
少女がフードの男を見て目をキラキラさせる。先程まで泣き叫んでいた目には見えない。
フードの男はマーロの上着を剥ぎ取ると、少女にかけてやった。
「こんな奴の上着で済まないな。このフードの下を晒すわけにはいかないんだ」
少女はかけて貰った上着を下に引き、服が破かれて露になっていた部分を隠した。
「あなたはコブラさんですね」
「そのとおりさ」
「私、ハワイに招待されるの?」
ハワイって何かしら?少女はそう思いながら問うた。
「すまないがあれは天国、あの世って意味なんだ。」
「そうなんですか」
「だが別の意味でなら連れていくことも不可能では無…、調子に乗り過ぎた。忘れてくれ。」
シュバババ!
フードの男はマーロを脇に抱えたまま、部屋から走り去った。
***
ヘデラ大陸 -とある村-
村の入り口に現れたガラの悪そうな男たちの集団を見て村人が叫ぶ。
「と、盗賊団だ!」「なんだって!?」「こ、殺されるぞ!逃げろ!」「きゃああああ!」
剣を持った盗賊団の頭領らしき男が部下に向かって命令する。
「ぐはははは!野郎ども!殺せ!犯せ!奪え!奪って奪って奪い尽くせえ!!」
「おお!」「ひゃっはーっ!」「女あ!」「種もみは、種もみはどこだあ!」
魔王に恐れをなして他の大陸へと逃げたのか、傭兵として雇われていたものが居なくなり、村は自衛の手段を失っていた。この盗賊団はそこに目をつけて襲いに来たのである。
だが、盗賊団が村に襲い掛かろうとしたその時ー
ガサッ
「こんちはーーーーっ!!」
突如として茂みから現れたフードの男の手から糸が伸びる。
シュルルルルッ!
「な、なんだあこりゃあっ!?」「もごごご!」「う、動けねえ!」
盗賊団は糸でグルグル巻きにされてしまった。
「フードを深くかぶった男…」「あの噂の」「彼がそうなの?」
ズルズル
盗賊達を引きずりながらフードの男が去っていく。
「あれがコブラだ」「盗賊から村を守ってくれたのに、何の見返りも求めずに去るなんて、なんて紳士なの!」「かっこいいぜコブラ…」「ありがとうコブラーッ!」
■■■
…どうしてこうなった。
現在ヘデラ大陸では、どんな危機に陥ってもフードを深く被ったコブラという人物が颯爽と現れて助けてくれる。そんな噂が流れている。
その原因となったのは誰か。
それはまぎれもなく俺である。
レッドセルのことを保留にした後、暫く危険な魔物を退治していた俺だが、並列意識からの連絡が一旦落ち着いたので城に帰ることにした。
そして訓練場に行き、モチャムに俺を攻撃させてみた。不可視の盾や不動、防御層を全て取っ払い、無防備な状態でである。すると俺の意思とは関係なく勝手に展開された防御層がモチャムの攻撃を防いでしまった。自動防御が働いたのだ。
完全な無意識化に発動機構が組み込んであるのか、自動防御を解除することはできなかった。モチャムはそれを見て「もっと強くなって必ず一発食らわすぜ」とかそんなことを言っていた。なんであれ、向上心があるのは良いことだ。いずれ防御層を貫くほどの力を身につけて俺を殺してほしい。だがモチャムの成長を待ってはいられない。あまり悠長にしていたら勇者が俺を殺しに来てしまう。
そこで俺は、綿鼠を町や村の中にも配置した。何のためにって、悪人を探すためである。悪人を見つけたら攫ってきて瘴気漬けにする。ほとんどは死ぬだろうが、何人かは魔族化するだろう。
魔族化した人間の能力はバラツキがあるものの、飛躍的に上がる。
何人も魔族化するうち、何かの拍子にとんでもなく強い能力を持った魔族が生まれるのではないかと期待したのだ。つまりは悪人ガチャみたいなことをやり始めたのだ。
こうして、危なそうな魔物を見つけては飛んで行って退治し、襲われている人間を見つけては飛んでいって助け、同じ人間に酷い目にあわされている人間を見つけては飛んで行って助ける。そんなことを暫く続けた結果、あの噂が流れることになってしまった。
コブラの口調についてだが、自分の正体がバレないためにはどうすればよいか悩んだ結果、全く違うキャラを演じるのが良いという考えに至り、あのような口調となった。
…怒られたらどうしようか? ※笑ってごまかすさあ!
まあ、コブラについては一旦置いておいて、俺のやるべき作業として、最初は危険な魔物の駆除しか考えていなかったのだが、今は食糧の配給と治安の回復及び維持が必要であると感じている。
魔王の記憶は流れ込み続けているが、未だレッドセルについての記憶は流れ込んできていない。危険な魔物の駆除はまだ十分ではないし、瘴気漬けにした悪人も、一人として魔族化していない。
食糧の配給と治安の回復及び維持を加えたうえで、もう暫くこの作業を続けるしかなさそうである。
■■■
「シェイハシェイハ!」
「コ、コブラーッ!!」「ああ、コブラ様…」
魔王が城を落として明日どうなるかもわからない不安な毎日を送るグロツ王国の民にとって、コブラの存在はこの上なく英雄的であった。
そしてコブラは、その正体が不明なのも相まって、崇拝者にも似た支持者達を次々と増やしていくことになったのである。




