カフェに招待されました
麗奈さん達のカフェが開かれている教室は、構内でも奥の方の建物の中にあった。立地条件はあまり良くなさそうなので、お客さんはここまで来てくれているのだろうか、と少しばかり心配していたが、すぐに杞憂だと分かった。廊下だけでは飽き足らず、階段にまで行列が出来ていて、それが麗奈さん達のカフェまで続いていたのだ。
「はーい、執事&メイドカフェの行列の最後尾はこちらでーす! 尚、前売り招待券を持っている方は優先的にご案内致しますので、係の者にお申し出くださーい!」
黒の執事服を着て行列の整理をしている係の人の後ろ姿は、何だか見覚えがあった。
と言うか、カフェって普通のカフェじゃなくて、執事&メイドカフェだったのか。麗奈さんから、新庄さん、広大さん、雄大さんも一緒だとは聞いていたけれど、カフェの詳細までは聞いていなかった。だけど、これだけのイケメンと美女が揃って、執事とメイドに扮していると言うのなら、確かに人気が出そうだな、と私は一人で納得する。
麗奈さんに貰っていた前売り招待券を取り出した私は、執事姿の係の人に声を掛けた。
「すみません、前売り招待券を持っているのですが……。」
「はい、確認致します……って、堀下さんじゃないか!」
振り向いた係の人は、やっぱり新庄さんだった。相変わらずイケメンだけど、執事服姿だとより一層格好良く見える。白のシャツに灰色のベスト、黒のジャケットとネクタイとズボン。白手袋を嵌めてピシリと背筋を伸ばし、お客さんに紳士的に振る舞っているものだから、行列に並んでいる女性の視線を一身に集めている。
「来てくれてありがとう。あれ、大河さんは一緒じゃないの?」
「大河さんは、お世話になった教授が参加されているお店を、少し手伝ってから来られます。」
「ああ、コロッケのお店だね。じゃあ、大河さんが来られるまで、ゆっくりして行って。」
新庄さんに連れられて、私は長蛇の列の先頭に案内された。いくら優先してもらえるとは言え、並んでいる大勢の人達を全員抜いてしまって、何だか罪悪感を覚える。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
私が教室に入ると、丸く大きな目をした、中性的な容姿のイケメン執事さんが出迎えてくれた。慣れない呼ばれ方に狼狽えて、思わず周囲を見回してしまう。
「あれ、冴香ちゃんじゃん! 来てくれたんだーありがとう!」
「あ、本当だ、冴香ちゃんだ!」
「冴香さん、来てくれてありがとう! あれ、大河君は?」
「大河さんは後から来られます。皆さん凄く格好良いですし、可愛いですね!」
近くに居た広大さんに続き、雄大さんと麗奈さんも私に気付いて来てくださった。やはり初対面のイケメンよりも、知っている人達の方がほっとする。
新庄さん達と同じ黒の執事服を、ビシッと着こなしている広大さんと雄大さんも、いつもより格好良く見える。麗奈さんはメイド服。白いフリルが付いたカチューシャを付け、袖や裾に白いフリルが付いた丈の短い黒のドレスに、フリルが付いた白いエプロンだ。美人は何を着ても似合うなあ。
「今日はお招きありがとうございます。それにしても、お客さんが凄いですね。」
私は教室内を見回した。幾つかの机を合わせて白い布を掛けた、と思われるテーブル席は、ほぼ全ての席が埋まっている。
「こちらのお嬢様は、広大君達の知り合い?」
私を出迎えてくれたイケメン執事さんが尋ねる。
「はい。俺達の友達で、従兄の婚約者なんです。」
「そうなんだ。じゃ、案内は君達の方が良いかな? ごゆっくりお寛ぎください、お嬢様。」
イケメン執事さんはにこっと笑うと、他の女性客のお会計をしに行った。
「あの人は、藤堂悠樹先輩。私達の学部の四年生なの。因みに、あちらの藤堂悠奈先輩と、双子のご兄妹なのよ。」
耳打ちしてくれた麗奈さんが示す方向を見てみると、成程、さっきのイケメン執事さんとそっくりな美人メイドさんが、こちらを向いて微笑みながら会釈をしてくださった。慌てて私も頭を下げる。
「冴香お嬢様、こちらの席へどうぞ。」
「ありがとうございます。でも『お嬢様』って呼ばれるのは、何だか凄くむず痒いですね。」
広大さんに空いている席に案内してもらい、雄大さんに椅子を引いてもらって腰掛ける。カフェが混んでいるので、あまり皆さんの負担にならないよう、オレンジジュースをお願いした。ちびちび飲みながら、接客の様子をついつい観察してしまう。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
教室前方の扉から、悠樹さんが女性客を送り出すと、すぐに他の方々と一緒になってテーブル席を片付ける。食器は衝立で仕切られた、教室後方へ。どうやら教室前方の扉はお客さんの出入り用、後方の扉はスタッフの出入り専用にしていて、洗い物等は私服姿のスタッフがそこから運び出しているようだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
今度は悠奈さんが男性客を出迎え、先程片付けたばかりのテーブル席へとご案内していた。
少しばかり観察していると、女性客は執事が、男性客はメイドが接客を担当しているという事が分かってきた。それにしても、来店時は『お帰りなさいませ』で、退店時は『行ってらっしゃいませ』なのか。私ならつい『いらっしゃいませ』って言ってしまいそうだけど、皆さんよく間違えないなぁ。
オレンジジュースを飲み終えた私は、近くに居た広大さんにお会計をお願いした。
「冴香ちゃん、お金は要らないよ。その為の前売り招待券だからな。」
「え、そうなんですか?」
どうやら、数量限定の前売り招待券には、飲食代も含まれているらしい。知らなかった。行列に並ばずに入店出来るだけのものかと思っていたよ。
と言う事は、麗奈さんにご馳走してもらった事になっちゃうのかな?
「直也との事で、二人にはお世話になったもの。だから、ほんのお礼よ。」
私達の会話が聞こえていたのか、麗奈さんと雄大さんが来てくださった。
「ありがとうございます、ご馳走様です、麗奈さん。」
「どういたしまして。それより、もう帰っちゃうの? 大河君、まだ来ていないわよ?」
残念そうな表情を浮かべる麗奈さん。
「並んで順番を待っている方々がいらっしゃるのに、私が席を占領してしまうのは気が引けます。どうせ待つなら、お店をお手伝いしたいなと思いまして。」
私が申し出ると、皆さんは揃って目を輝かせた。
「冴香ちゃん、手伝ってくれるのか!? 助かるよ!」
「冴香さん、良いの!? ありがとう!」
「丁度良かった! 風邪で休んでいる子の分のメイド服があるから、それを着てもらおうよ!」
雄大さんの言葉に、私は固まった。
え!? 手伝うって、洗い物とか食器の運搬とかなら出来るかなーって思ったんだけど、私もあのメイド服、着るの……!?




