文化祭にお邪魔しました
ある晴れた日の土曜日、私と大河さんは、東王大学の文化祭に訪れていた。東王大学の文化祭は、一般にも公開されているので、是非遊びに来て、と麗奈さん達から誘われたのだ。公共交通機関の利用が推奨されているので、大学の最寄り駅から歩き、正門から構内に入る。
「懐かしいな。俺も来るのは久し振りだ。」
大学の文化祭は初めての私は勿論の事、久々に母校を訪れる大河さんも、今日を楽しみにしていた。かつては大河さんもここで学生時代を送ったのかと、私は周囲をきょろきょろと見回す。
立派な建物が建ち並ぶ構内の隙間を縫うように並んでいる出店、行き交う大勢の人々、聞こえてくる賑やかな音楽。あちこちからお店の宣伝をされたり、チラシを渡されたりと、何処を見ても活気に溢れている。
「へえ、グラウンドの方では、ステージもあるんですね。麗奈さん達のカフェは何処かな?」
貰った案内図を見ながら、目当てのカフェを探す。出店参加は完全に自由なので、麗奈さん達は仲の良い人達とカフェを出すと言っていた。場所は教室を利用するらしい。
「あった、ここだな。あ、途中で別の店に寄っても良いか?」
一緒に案内図を覗き込んでいた大河さんが尋ねてきた。
「構いませんよ。何処に寄るんですか?」
「中庭でやっているコロッケの店だ。毎年一部の先生方が出している名物店で、俺がお世話になった教授も参加しているんだよ。農学部で試験栽培しているジャガイモを使っていて、結構美味くて人気なんだ。」
「へえ! 私も食べてみたいです!」
大河さんによると、そのジャガイモは病気に弱く、収穫量も少ないので栽培が難しいらしい。その代わりに味が良いと聞いて、是非とも食べたくなってしまった。
向かう途中、常に漂ってくる、たこ焼きやチュロス等の良い匂いに誘惑されながらも、私達はコロッケのお店を目指す。広い中庭に設営されたテントの一角で、他のお店よりも少しばかり行列が出来ているお店があった。周囲は若い学生ばかりのお店の中で、年配の方々が接客されているので、どうやらあのお店で間違いないようだ。
「財前教授! お久し振りです。」
お店に辿り着き、一緒に行列に並んだ大河さんが、奥の方に声を掛けると、コロッケを揚げていた白髪交じりの男性が振り返った。
「あ、天宮大河君か? 久し振りだな! コロッケを買いに来てくれたのかい?」
「はい。ここのコロッケは美味しいですからね。」
頭にタオルを巻き、汗だくでコロッケを揚げている男性。きっと偉い教授なんだろうけど、こうして一生懸命に揚げている所を見ると、何だか親近感が湧いてくる。
行列が進んで私達の順番が回ってくると、大河さんは私の分のコロッケも買ってくれた。大河さんと一緒にコロッケを食べ歩きながら、お店の裏へと回る。揚げたてのコロッケは、甘味が強くて味が濃く、ほくほくしていて、とても美味しい。
「教授、相変わらず美味しいです。それにしても繁盛していますね。」
大河さんが声を掛けると、教授は忙しそうに手を動かしながら苦笑した。
「まあね。嬉しいけれど、年々ばてるのが早くなっている気がするよ。年は取りたくないものだな。今日はそちらのお嬢さんとデートがてら来てくれたのかい?」
「まあ、そんな所です。ご紹介しますよ、俺の婚約者の堀下冴香です。」
大河さんがそう言った途端に、教授はコロッケを揚げる手を止めて、吃驚したように私達を見た。
「婚約!? 君がか!? こちらのお嬢さんと!?」
「はい。そうですけど。」
「あの……初めまして、堀下冴香と申します。」
やっぱり私では、大河さんには似合わないのかな。そう思いながらも、恐る恐る挨拶をする。
「そうか……君も漸く落ち着いたんだな! そうかそうか、本当に良かった!」
嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる教授。心から祝福してくださっているようで、私は胸を撫で下ろした。
「ゆっくり話をしたい所だが、今ちょっと忙しくてね。まあ楽しんで行きなさい。」
「財前教授! あと十個追加でお願いします!」
「十個!? 分かりました! タネが残り少ないけど、誰か取って来れる人いませんか!?」
教授が声を上げたが、接客に包装にと、誰もが忙しそうに動いている。
「冴香、悪いけど、ちょっとだけ手伝っても良いか?」
「はい。私もお手伝いします。」
小声で話し合った私達は、手持ちのコロッケの残りを食べ終えた。
「教授、俺取って来ますよ。食堂のいつもの所ですよね?」
「ああ! 助かるよ。悪いね、デート中なのに。」
ついでに洗い物も受け取って、私達は食堂に向かった。お店のスペースだけでは狭いので、大抵の飲食店は、食堂の一角を借りて、仕込みや洗い物をしているらしい。
「すみません。コロッケのタネが足りないので、取りに来ました。」
食堂の中に入り、机を囲んで作業をしている方々に、大河さんが声を掛ける。周りは明らかに学生と分かる若い人達ばかりだが、この一角だけは大体三十代から六十代まで、色々な方々が混じっているから分かりやすい。
「助っ人かい? ありがとう。洗い物は受け取るよ。これを持って行ってあげて欲しい。」
少し年配の男性に洗い物を預け、代わりに数枚のトレーに乗せられたコロッケのタネを預かる。
「予想以上に売れているみたいですね。もうジャガイモが残り少ないわ。農場まで取りに行かないと……。」
タネを丸めている中年の女性が呟く。
「あ、僕行って来ますよ。」
この中では一番若そうな、三十代くらいの男性が言った。
「多少力仕事だから、人手はあった方が良いだろう。君、悪いけどこれを運んだら、ちょっと彼を手伝ってあげてくれないか?」
「あ、はい。分かりました。」
先程の年配の男性に頼まれ、快く引き受ける大河さん。
農学部の助教だと言う男性と一緒にコロッケのタネを運んだ私達は、構内の隅に停められている軽トラックに案内してもらった。軽トラックは、何と言うか……うん。かなり年季が入っている事が窺えた。
「冴香、お前は先に麗奈達のカフェに行って待っていてくれ。俺も手伝い終えたら、すぐ行くから。」
「分かりました。じゃあお先に行っていますね。」
収穫を終えたジャガイモは段ボールに詰められていて、運搬作業だけで良いらしい。軽トラックの定員は二名だし、ジャガイモが大量に入った段ボールを運ぶのは力仕事なので、非力な私では戦力外だ。少し残念ではあったが、私は大河さんの指示に従って、先に麗奈さん達のカフェを目指す事にした。




