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天宮財閥の方々に頭が上がらない

美容院Mistの店長、霧島視点です。

 「店長、天宮財閥の大河様が予約されていたの、今日でしたよね?」

 開店準備中に、スタッフの一人、櫛田くしだが確認してきた。


 「ああ。午前十時頃に二名様で来られる予定だけど、それがどうしたのか?」

 「いや、またあの面白い女の子、連れて来てくれないかなと思いまして。」

 悪戯っぽくニヤリと笑みを浮かべる櫛田に、俺も思わず吹き出してしまった。


 天宮財閥の大河様が、俺が経営している美容院、Mistに、急に奇妙な少女を連れて来られたのは、もう数ヶ月も前の事だ。だが、俺を含め、あの日店内にいたスタッフは全員、未だにあの日の事を鮮明に覚えている。


 天宮財閥に恩がある俺は、天宮家の方々から予約があった場合は、極力応えるようにしている。だが先方もこちらの忙しさを心得てくださっていて、予約のお電話を頂く時も、『近々髪を切りたいが、都合の良さそうな日時は何時か。』と気を遣ってくださる程で、今まであまり無茶を言われる事はなかった。


 ところがあの日は、『今から少女を一人連れて行くから、髪を整えてやってくれ。』といきなり依頼されてこられたので慌てふためいた。何とか都合を付けて出迎えてみたら、髪が不揃いで痩せぎすな少女を連れておられて、俺は目を丸くした。急に押し掛けて来られるなんて初めての事だが、この少女は余程特別なのだろうか? 一体何者なんだ? と疑問に思いながらも、余計な詮索はせずに少女の髪を洗う。

 他のお客様もお待たせしてしまう訳には行かないので、掛け持ちしながら髪を切っていると、堀下様の隣でカットをしているスタッフが、お待たせしている間に、少しばかり話し相手になってくれていた。

 有り難いが、俺をカリスマと称するのは恥ずかしいから止めて欲しい。


 堀下様のご希望通り、髪は極力切らずに整えた。堀下様にもご満足して頂けたようで、我ながら良い仕事をしたと悦に入る。


 「へえ、ちょっとは可愛くなったじゃねえか。」

 大河様にお披露目し、お二人の会話を耳にしながら、さて次のお客様に取り掛かろうと段取りをしていると。


 「ええ、思わず見惚れてしまっていました。イケメンの笑顔には人を誑かす効果があるんだなーと、今身を持って実感していた所です。」


 無表情の堀下様が口にした言葉に、俺は目が点になった。

 おいおい、天宮財閥の御曹司に、そんな口を利くなんて、一体何者なんだこの子!?


 その後は、まるで漫才のような言葉の応酬。いつもは取り澄ました表情の大河様が、まだ幼さが残る少女に翻弄されている様子に、次第に笑いが込み上げてきた。ピーマンの件なんかは、もう誰もが笑いを堪えるのに必死で、お二人が退店された瞬間に、店内は爆笑の渦に包まれた。

 今でもあの時、お二人の退店まで笑いを我慢出来た俺とスタッフを褒めてやりたいと思っている。


 「予約は二名様ですよね? 俺、ちょっと期待しているんですけど。」

 「そうか。実は俺もだ。」

 またあの漫才が見れないかと期待しているのは、どうやら俺だけじゃないらしい。


 店を開け、朝一から予約を入れられていたお客様の対応をしながら、首を長くして待っていると、十時丁度に大河様が来店された。一緒に居る少女は、やはり堀下様だったが、以前と随分雰囲気が違う。きちんと身なりを整え、少しばかり笑みを浮かべていて、見違える程可愛く見えるし、何よりも、一緒に居る大河様の表情が、見た事も無い程柔らかい。


 「お待ちしておりました、天宮様、堀下様。」

 「久し振りだな、霧島。忙しいだろうけど、頼む。」

 「はい。ではどうぞこちらへ。」

 お二人をシャンプー台に案内し、櫛田にも手伝ってもらって髪を洗う。


 「堀下様とのご来店は二度目ですね。あの、失礼ですが、お二人のご関係を伺っても宜しいですか?」

 人懐こい櫛田の発言に、思わず大河様の顔色を窺いながらも、俺も耳をそばだてる。


 「ああ、婚約したんだ、俺達。」


 嬉しそうな笑顔を浮かべた大河様の返答に、驚いて堀下様を見遣ると、顔を真っ赤に染めておられた。

 うわ、可愛い。


 「そうだったんですか!? おめでとうございます!」

 口々に祝いの言葉を掛けるスタッフに混じって、俺もお祝いを口にする。


 そうだったのか。言われてみれば、堀下様は最初から何だか特別な感じがしたものな。無茶を言われた初めての女性だし、漫才も何処か親しげで、大河様の意外な一面も見せてもらえたし。

 そうかー婚約者かー良いなぁ畜生リア充め。


 自分との境遇の違いに溜息を吐き出しそうになりながらも、ぐっと堪え、笑顔を浮かべて上機嫌の大河様の髪を整える。


 「お二人が羨ましいですね。俺も彼女が欲しいですよ。」

 今度は堀下様の髪の毛先を切りながら、ついぽろっと愚痴を零すと、堀下様が目を丸くされた。


 「彼女さん、いらっしゃらないんですか? 霧島さんモテそうなのに。」

 「いやぁ、仕事が忙しくて彼女作る暇もないんですよ。それに仕事柄、土日は出勤で休みが平日なので、いいなぁって思う子がいても、なかなか二人で会う時間が作れないので、全然進展させられなくて。仕事への理解があって、あまり構ってあげられなくても大丈夫だって言ってくれて、平日でもデートしてくれる女性、何処かに居ませんかねー。」


 って、そう都合良く居る訳ないよな。

 苦笑しながら手を動かし、左右の長さを揃える。ドライヤーを当てて乾かし、最終調整をして、うん、今日も上出来だ。


 「何だ、あまり切らなかったんだな。」

 堀下様のショートボブを見て、大河様が口にされた。


 「今くらいが丁度良いかなと思っていますけど、伸ばしてもみたいですから。大河さんはさっぱりされましたね。」

 「ああ。ますます格好良くなっただろう?」

 「そうですね。見た目だけは。」

 「見た目だけって何だよ!?」

 堀下様に噛み付く大河様に、また吹き出しそうになるのを堪える。


 「じゃあ頑張って、中身も格好良くなってくださいね?」

 堀下様がそう言ってにっこりと笑うと、大河様は真っ赤になって顔を逸らしてしまわれた。


 ああ、成程。大河様、中身の方も頑張ってください。

 俺以外のスタッフも、気を抜くとニヤつきそうになる口元を堪えながら、大河様に生温かい視線を送っていたので、きっと思っている事は一緒だったに違いない。


 そんな事があった日の数日後、大河様経由で、堀下様から連絡を頂いた。何でも、紹介したい人がいるから、次の休みの日にジュエルと言うカフェに来られないか、と。


 不思議に思いながらも行ったカフェで、一人の女性を紹介された。名前は岬由香里みさきゆかりさん。有名な大手アパレルメーカー、WESTに勤務されているそうだ。彼女も仕事が忙しく、シフトの都合上、休みが平日になりがちなので、彼氏が出来ないと悩んでいたらしい。


 仕事に対する価値観が似ていて、お洒落に詳しい岬さんに、俺は急速に惹かれていった。平日デートを数度重ね、ついに今夜、結婚を前提とした交際を申し込んだ所、可愛く頬を赤らめながら、快く承諾してもらえた。もう嬉しくて嬉しくて、このまま昇天してしまいそうだ。

 いや、折角念願の彼女が出来たんだから、してたまるかっ。


 岬さん改め、由香里さんを家まで送って帰宅した俺は、由香里さんと交際する事になったと、堀下様にご報告のラインを送って、口元を緩ませた。


 参ったな。開店時のお力添えと言い、可愛い彼女の紹介と言い。やっぱり俺は、天宮財閥の方々には、頭が上がりそうにない。

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