猫と九官鳥とあいつと俺と
大河視点です。
その日は、朝から雨が降っていた。
会社からの帰り道、マンションの地下駐車場に入る直前に、俺は入口付近に小さな塊があるのを視界の端に捉えた。何だろう、と車を停めてから歩み寄ってみると、茶トラが蹲っている。まだ仔猫のようだ。衰弱したような様子で、ミィィ、とか弱く鳴く姿を見てしまった以上、そのままにしておく訳にも行かず、俺は仔猫を連れ帰る。
「大河さん、お帰りなさい。あれ? その仔猫どうしたんですか?」
出迎えてくれた冴香に、俺は仔猫を手渡した。
「マンションの入り口で拾ったんだ。弱っているようだから、面倒見てやってくれ。」
「分かりました。わあ、可愛い! 人懐っこいですね、この子!」
タイミング良く、ミィ、と鳴いて冴香に擦り寄る仔猫。目を輝かせて笑顔を浮かべる冴香に、俺は思わず目を見開いた。
……可愛いのはお前だろ。
兎に角お腹が空いているようだ、と冴香はすぐにコンビニに行って、キャットフードやミルクを買って来てくれた。
「猫ちゃん、ちょっと待っててね。すぐご飯準備してあげるからね。」
仔猫に笑い掛けながら、いそいそとキャットフードを準備する冴香。
あれ、俺の夕飯は?
「あ、大河さん、夕食殆ど準備出来ているので、お先に召し上がっていて頂けますか?」
俺は猫より優先順位が低いのかよ! ……まあ、あの猫は弱っているみたいだから仕方ないか。
その後も、冴香は夕食そっちのけで、猫がキャットフードに有り付く様子を、にこにこしながらずっと見守っている。
いつもなら、一緒に食事しながら他愛無い会話の一つや二つはしているのに、俺が話し掛けても上の空だ。冴香を猫に取られたような気がして面白くない。
「猫ちゃん、お腹一杯になったかな? ちょっと撫でさせてね。わあ、気持ち良い! 後で一緒にお風呂入ろうね~。」
猫が餌を食べ終えた後も、猫の背中を撫でながら、猫に構いまくっている冴香。
くそ! 冴香の奴、俺には憎まれ口しか叩かないのに、何でそいつには猫撫で声出しているんだよ! ずっとそいつに構ってばっかだし、俺より待遇良くないか!? しかも一緒に風呂とか、猫が羨ま……ムカつく!!
この時点で、俺は絶対にペットは飼わないと決めた。
「冴香、あまり情を移すなよ。そいつは里親を探すんだからな。」
「ええ!? 飼わないんですか!? こんなに可愛いのに!」
「飼わないし可愛くない!」
抗議する冴香にピシャリと言ってのけると、その後、冴香は不機嫌そうにずっと頬を膨らませていた。
祖母さんが動物好きだった事を思い出して連絡を取ってみると、案の定、是非引き取りたいと言ってきた。その事を冴香に伝えると、少し機嫌が直ったようだったのでホッとする。仔猫は明日、冴香がアルバイトに出掛ける前に、祖母さんに取りに来てもらう事にした。
だが翌日、俺は会社から帰宅してギョッとした。食卓には、ピーマンとベーコンと玉葱の中華風スープ、炒飯、青椒肉絲、酢豚、八宝菜が並べられている。しかも全てにピーマンが大量に入っていた。
「……冴香。これは何かの嫌がらせか?」
「そうですよ。猫ちゃん可愛かったし、飼いたかったのに。」
膨れっ面で答える冴香。どうやら仔猫を飼わないし可愛くない、と言った事が気に入らなかったらしい。
「嫌そうな顔をされても駄目です。ちゃんと何でも食べないと、大きくなれませんよ。」
「お前の目は節穴かよ。俺は十分背も高いし、体格も良いだろうが。」
「私は人としての器の事を言っているんです。大河さんの外見は確かに優れていますが、人としての器はそれに反比例して小さいですよね。嫌いな食べ物を我慢して食べれば、少しは器も大きくなるんじゃないですか?」
「そんなんでなる訳ねーだろ!」
冴香の言葉にムッとしたが、口喧嘩をしていても仕方がないので、頑張って食べる事にした。俺はピーマンの独特の苦味と青臭さが嫌いなのだが、冴香の料理は苦味が抑えられていて、今まで食べてきたものよりは格段に食べやすいように思えた。冴香に尋ねてみると、ピーマンはヘタの部分が六角形のものの方が甘く、縦に切ったり油通しをしたりすると、苦みを感じにくくなるらしい、との事。
「へえ。嫌がらせにしちゃ、随分手が込んでいるな。」
「和子さんが引き取ってくださる所までは、大河さんがちゃんと手配してくださったので、その分は負けておきました。」
「そ、そうか……。まあ、確かにこれなら食べられるかな。」
「それなら良かったです。少しは器が大きくなったようですね。」
無表情で答える冴香。そろそろ機嫌を直して欲しい。
取り敢えず、次に冴香が週末に休みを取れた日に、祖父さんの家に連れて行ってやる、という事で手を打ってもらった。
そして週末、早速俺達は祖父さんの家へと足を運んだ。ミイと名付けられた猫を中心に、俺の目の前で楽しそうに猫談議に花を咲かせる冴香と祖母さん。そして 何故か祖父さんまでもがそれに加わっている。
くそ、面白くない。どうせなら冴香とデートしたかった、と俺は半ば不貞腐れながらその光景を眺めていた。
勧められるままに祖父さんの家で夕食を摂って、俺達は家路に就く。
「ミイちゃん、相変わらず可愛かったなー。会長と和子さんにも、可愛がって頂けていて良かったですね。」
笑顔で話し掛けてくる冴香。漸く二人きりになれたのに、冴香の口から出る言葉は猫の事ばかりだ。
「……大河さん、どうかしたんですか? 先程からずっと仏頂面されていますが。」
「別に。」
「折角のイケメンが台無しですよ。大河さんの唯一の取り柄なんですから、もう少し笑ってみたらどうですか。」
「唯一って何だよ! 唯一って!」
俺が抗議しても、しれっと窓の外に視線を背ける冴香。
くそ、家に帰ったら覚えてろよ。あまり俺をほったらかしにしておいたら、狼になるって教えてやるからな。
「あれ……? 大河さん、ちょっと止めてください!!」
冴香の焦ったような声に、俺は慌ててブレーキを踏む。
「どうした? 冴香?」
助手席を見ると、冴香は素早くシートベルトを外して、車を降りて行ってしまった。何事かと思っていると、すぐに腕に黒い鳥を抱えて戻って来る。どうやら九官鳥のようだ。
「この子、怪我していて飛べないみたいです。足輪があるから、迷子じゃないかと思うんですけど……。」
心配そうに鳥の背を撫でる冴香に、俺は溜息をついた。
「仕方ないな……。迷子なら、警察に届けてみるか?」
「でも怪我していますし、先に動物病院に行った方が良いんじゃないでしょうか?」
二人で頭を悩ませていると、突然九官鳥が喋り出した。
「キュー、チャン。キュー、チャン。」
「へえ、キューちゃんって言うの? お家は何処かな?」
「シンジョーシンリョーショ。」
俺と冴香は、思わず顔を見合わせた。
それってまさか、新庄診療所の事か?
早速新庄君に連絡を取ってみると、案の定、実家で飼っている九官鳥が迷子になっていて、探している所だったらしい。もう乗り掛かった船なので、このまま届けに行く事にした。
「良かったね、キューちゃん。もうすぐお家に帰れるよ。」
猫の時と同様、冴香はずっと九官鳥に優しく話し掛けている。
やっと二人きりになれた所だったのに。そして猫と言い九官鳥と言い、明らかに俺より待遇が良くないか? もう動物が嫌いになりそうだ。
「ったく、傍迷惑な九官鳥だな。後で飼い主に文句を言ってやる。」
「大河さん、何で機嫌悪いのか知りませんけど、八つ当たりしないでください。」
「キゲンワルイ、ヤツアタリ。」
「お前、そいつに妙な言葉を教え込むなよ。」
「この子が勝手に学習しているだけですよ。私が教えているんじゃありません。」
「カッテ。」
「そう。大河さんは勝手だよねー。」
「タイガ、カッテ。」
「冴香、そろそろその辺で止めておけ。もう着くから。」
九官鳥を新庄診療所に引き渡し、怪我をしている様子だと伝えて、俺達は漸く家に帰った。
何だか、今日は酷く疲れた気がする。
後日、新庄君の実家に遊びに行ったと言う麗奈から電話があった。
『大河君、まさかとは思うけど、冴香さんに辛く当たったりしていないわよね?』
「はあ? 何の話だよ。」
『この間迷子になっていた所を、保護して届けてくれた、九官鳥のキューちゃんは覚えているかしら? その子が、タイガ、カッテ、キゲンワルイ、ヤツアタリ、って繰り返しているのよ。もしかしてDVとか……。』
「する訳ねーだろ!!」
思いっ切り怒鳴り付けて、電話を切った。
やっぱり俺は動物が嫌いだ。関わると碌な事が無い。




