第四項 きっかり十時の探偵と、小さなお供え
第四項 きっかり十時の探偵と、小さなお供え
ピンポーン。
自宅のチャイムが鳴り、壁の時計に目をやると、きっかり午前十時を指していた。
(宮下、本当に時間ぴったりにやってきた。)
慶次の母「はーい、今開けるねぇ」
リビングから母が玄関へ向かい、ガチャリと玄関の扉が開く。
宮下「おはようございます! 今日もお邪魔します」
ペコリと綺麗に頭を下げるその仕草が、なんか妙に丁寧で、普段学校で見る姿よりも一段と可愛らしく見える。
慶次の母「あら、さゆちゃん! 涼しげで可愛い服着て……今日は一段と可愛らしい、いや、美人さんやねぇ」
(あ、今、お袋『可愛い』から『美人さん』って言い直したな)
宮下「ふふっ、そんなことないですよ〜。松野くんのお母さんのほうが、まるでお姉さんみたいでスタイル良くて綺麗です」
(おいおい、すごい返しやな……。大人の女性の扱いを完璧に分かってる。って言うか、女性の必須スキルなんかいな)
慶次の母「まぁ嬉しい! 慶ちゃん、さゆちゃん来てくれたよー。今日もゆっくりしていってね。うちは男所帯で女は私だけやから、さゆちゃんみたいな娘が本当に欲しかったわぁ」
松野「……いらっしゃい」
俺も部屋から階段を降りて玄関へと顔を出す。
宮下「松野くん、お邪魔します。なんかさ、遅れたらあかんと思って、ちょっと急いできちゃったよ」
そう言って少し息を弾ませてみせる宮下だが……。
(嘘つけ! 俺、さっき自分の部屋の窓からずっと見てたし。十五分も前からうちの家の前に到着して、まるで探偵みたいに不審に辺りを覗き込んだり、大きく深呼吸したりしてたやん。……まあ、それを上からじっと観察してた俺も相当アレやけどな)
宮下はサンダルを脱ぎながら、ちょっと緊張しているのか指先をそわそわと動かしていた。
口では平然を装っているけれど、その様子が“本当は来るのが嬉しくて仕方なかったけど、男の子の家に連日来るのが恥ずかしい”という初々しい本音を全部物語っていて、なんだか無性に愛おしくなる。
ーー
宮下が靴を揃え、階段へと上がろうとした、その時だった。
宮下「あれ……? なに、あれ……」
宮下がキッチンの奥の方を小さく指さした瞬間、ハッとしたように慌ててその手を引っ込めた。
宮下「あ、ごめんなさい! 人のお家のものに不躾に指をさしたりして……大変失礼しました。今の、なんでもないです! 忘れてください!」
松野「ん? なんか変なもんでもあったか?」
(え……何やろ。もしかして幽霊でも見えたんかな? うちのお袋も地味に霊感強いから、時たま見えるとか、金縛りに遭ってるみたいやけど…)
様子がおかしいことに気づき、キッチンから母も顔を出した。
慶次の母「どうしたん? さゆちゃん」
宮下「ほんまに、なんでもないんです。私の気のせいで……」
松野「いや、逆にそうやって隠される方が気持ち悪いやん。なんなん? 気になるから言って」
俺が促すと、宮下は少し申し訳なさそうに躊躇してから、蚊の鳴くような小さな声で言った。
宮下「あの……昨日も、部屋に上がる時にチラッと見えて、何かなってずっと気になってて。あの、ガスレンジの上の棚のところ……。神棚っていう感じでもなさそうやし……。白い小さな湯呑みと、白い小皿に盛られたご飯と……お塩が置いてあって。何か、すごく“大切なもの”が祀ってあるのかなって……」
慶次の母「ああ、あれね」
母は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに、これまでに見たこともないような柔らかくて優しい表情になった。
慶次の母「あれはね、慶ちゃんのお姉ちゃんにお供えしてるのよ」
宮下「え……? お姉ちゃん……?」
慶次の母「そう。慶ちゃんの二つ上の子。あの子はね、この世にあまり縁がなかったの」
宮下はハッと息をのむ。
慶次の母「生まれた時はね、真っ白な肌をした子でね、ほっぺただけが林檎みたいに、ぽっと赤くて、本当にかわいい女の子やったわ。でも……生まれてから、三時間くらいかな。そのまま静かに息を引き取ったのね。今みたいに医療が進んでて、ちゃんとした大きな病院やったら助かってた命かも分からんけどね。……まあ、もしあの子が生きてたら、その時は慶ちゃんがこの家に生まれてなかったかも?」
そう言って寂しそうに笑う母に、俺は(ははは……笑えへんわ)と心の中で苦笑するしかなかった。中身おっさんの俺がこの体を借りている因果を思うと、余計に胸に迫るものがある。
宮下「……本当にすみません。そんな、ご家族の大切なものだとは知らなくて、変な質問をしてしまって……」
宮下は顔を曇らせて、本気で申し訳なさそうに身を縮めた。
慶次の母「いいのよ、気にせんで。あの子もね、こうして可愛い女の子が家に来て賑やかになってくれた方が、絶対に喜んでると思うわ」
そう言って、母は努めていつもの明るいトーンに声を戻した。
慶次の母「ほら、お喋りしてんと、はよ二階に上がり。勉強するんやろ?」
宮下「……あの、お母さん」
宮下は階段にかけようとした足を止め、まっすぐに母を見つめた。
宮下「……私、手を合わせてもいいですか?」
慶次の母「……ありがとう。そうしてあげて。あの子も、きっとすっごく喜ぶわ」
宮下はそっとカバンを置き、キッチンの棚の前に正座した。
そして、宮下は両手を胸の前で合わせ、静かに目を閉じて頭を垂れる。
その真っ直ぐで真摯な後ろ姿は、見ていて胸の奥がじんわりと熱くなるくらいに丁寧で、どこまでも優しさに満ちていた。




