第六節 アルバムと君への想い 第一項 見慣れないスニーカーと、独占欲
第六節 アルバムと君への想い
第一項 見慣れないスニーカーと、独占欲
夏休み十日目。
いつものように午前中から宮下の家へ向かうと、玄関に見慣れない小ぶりなスニーカーが、ちょこんと置いてあった。
(……ん? 誰か来てんのかな)
不思議に思いながらリビングを覗き込むと、そこに座っていたのは意外な人物だった。
——浅野恭子。
大阪府のピアノコンクールでは常に上位に入っており、学校の文化祭でも合唱の伴奏を一手に引き受けている、有名な“お嬢さま”だ。
宮下「あ、松野くん! ごめん、今朝のランニングの時に言っとけばよかったね」
申し訳なさそうに立ち上がった宮下の横で、浅野がお上品に小さく手を振った。
浅野「松野くん、おはよう。突然押しかけてしもてごめんなぁ。さゆちゃんから、夏休みは毎日松野くんと一緒に勉強してるって聞いて、どうしても気になって来てもうてん」
(……毎日一緒に勉強してる、か。班の研究課題もあったから、まだ、そんなにしてへんけど。それにしても、浅野さんがわざわざ俺のところに? なんか目的でもあるんかな……)
中身がおっさんの俺は、ついそんな邪推をしてしまう。
浅野「私なあ、実は算数がすっごい苦手で……。松野くん、学校でも男子に勉強教えてたりしてたやろ? だから、私にも教えてほしいなぁと思って。お願い!」
浅野は少し上目遣いになって、両手を合わせて可愛らしくおねだりしてくる。
浅野の横に立つ宮下の方に目をやると、宮下は頭を下げながら、頭の上で両手を合わせ、「ほんとにごめん!」と必死に謝っていた。
松野「……まあ、俺で良ければええけど」
口ではそう承諾したものの、胸の奥が少しだけチクッと痛んだ。
(なんか……宮下と二人だけの特別な時間を、急に壊されたような気がするな……)
いやいや、あかん。宮下にだって俺以外の女子の友達はいる。俺ばっかりが彼女の時間を独占して構ってもらえると思う方が傲慢だ。
そう自分に言い聞かせながら、午前中は宮下の部屋で三人並んで勉強することになった。……というか、実際のところは俺が一人で女子二人に勉強を教えているような形だった。
浅野はかなりお疲れの様子だったが、どうやら午前中だけで帰るらしい。午後からは防音室でピアノの猛練習が控えているのだとか。そういえば、夏休みの後半に大きなコンクールがあると言っていた。
浅野「今日はほんまにありがとう、松野くん! おかげで分からんところがスッキリしたわ。……あの、また今度教えてもらってもいい?」
松野「うん、まあ、タイミングが合えばええよ」
(……本音を言えば、これ以上二人きりの時間を邪魔されたくはないんやけどな)
浅野は上品にお礼を言うと、ピアノの時間が迫っているのか、足早に宮下の家を去っていった。
宮下「松野くん、恭ちゃんのこと急に呼んじゃってほんまにごめんね」
浅野を見送った宮下が、ホッとしたように息を吐きながら謝ってくる。
ちょうどそのタイミングで、キッチンから宮下の母親の明るい声が響いた。
白百合の母「はーい、三人ともお昼ご飯にする~? ……あら、恭ちゃんもう帰っちゃったん?」
宮下「うん、ピアノがあるって! 松野くん、お昼にしよ!」
それにしても、ここ最近は当たり前のように、毎日宮下の家でお昼ご飯をご馳走になっている気がする。
(……ええのかな、これ。完全に胃袋掴まれてるというか、家族同然の扱いになってへんか?)
そんな贅沢な戸惑いを抱えながら、宮下のお母さんの美味しい手料理を二人で平らげた。
ーー
昼食を終えて、再び宮下の部屋に戻った時のことだ。
「ねえ、松野くん。今から、松野くんの家に場所変えてもいい?」
「え? 俺ん家? ……まあ、ええよ。別に断る理由もないしな」
「やった! お母さん、今から松野くんの家に移動して勉強してくるね!」
白百合の母「はいはい、行ってらっしゃい。でも、慶ちゃんのお母さんにあまりお邪魔せんようになぁ!」
(ほんまに宮下の家は、オープンというか警戒心が薄いというか)
そのまま二人でノートと筆記用具をカバンに詰め込み、俺の家へと向かうことになった。




