第9話 行政監査官は三十一歳
翌日の安全室は、徹夜明けの空気で満ちていた。
会議室のホワイトボードには、桜葉第三層崩落未遂、黒曜牙スポンサー案件停止、灰塔設備報告書精査と並んでいる。どれも重い単語なのに、玲奈の声だけは妙に落ち着いていた。
「私は高峰玲奈、三十一。現場畑から安全室へ回されて三年目です」
「年齢まで言う必要あります?」
「社会人同士、腹を割るためです」
少しだけ笑ってしまった。
玲奈は資料を机へ広げる。そこには過去半年分の点検報告が積まれていた。
「桜葉ターミナルの保守は、灰塔設備へ丸投げに近い形で委託されています。市の現地確認は月一回。つまり、現場で嘘をつかれたら通る」
「通ってきたんですね」
「残念ながら」
玲奈は悔しそうに言った。
資料をめくると、同じ写真、同じ文章、同じ寸法誤差が何度も出てくる。現場にいた人間なら一目で雑だとわかる改ざんだ。だが机の上だけで回していれば通ってしまう。
「市としては監査を入れます。ただ、証拠が足りない。事故が起きかけた、だけでは押し切られる」
澪がノートPCを開いた。
「こっちは映像と視聴者提供の時系列ログ。黒曜牙側のアーカイブと突き合わせれば、崩落前後の位置関係は詰められます」
「ありがたいです」
玲奈は一礼し、それから俺を見る。
「須藤さん、臨時の現場助言者になりませんか」
「肩書きだけならいりません」
「条件は?」
「現場判断で避難を止められる権限。あと、救助装備の予算」
玲奈は少しだけ目を見開いた後、すぐ頷いた。
「通します」
その返事の速さに、こっちが戸惑う。
俺が欲しかったのは偉そうな席じゃない。壊れる前に止めるための権限だけだ。
澪が、別のファイルを開いた。
「もう一つ。内部から来たリークです」
画面に映った旧図面の隅へ、小さく線が引かれている。
現行マップには存在しない、第三層裏のサービスシャフト。
「そこ、昔は保守専用でした」
俺は即座にそう言った。
「倉田が新人の頃だけ使ってたはずです」
なら、隠したいものがある場所は決まっている。




