第32話 違法配線の主
扉の向こうから現れたのは、四十代の男だった。
ヘルメットも腕章も正規品に似せてある。だが靴底だけが、安価な現場靴だ。名乗った名前は偽名だろうが、由佳はすぐに思い出した。
「栄都メンテの夜間主任、長沢です」
長沢は笑った。
「よく覚えてるね、真壁さん」
彼が工具箱を置く。中には違法パス、予備バッテリー、旧式の認証基板。つまりこいつが、案内板裏や非常灯へ電気を回していた主だ。
「死人は出してない」
長沢は平然と言う。
「危ない手前で戻るよう、こっちも調整してた。金を払ってる客にスリルを見せただけだ」
その言い分に、講習参加者の一人である三十三歳の税理士が怒鳴った。
「勝手に安全を名乗るな」
俺も同感だった。
「壊れない程度にだけ直すのは、安全じゃない」
「でも商売になる」
長沢の答えは、それだけだった。
玲奈が拘束を指示するが、長沢は背後の非常階段へ工具箱を蹴り込み、照明を落として逃げる。真っ暗な中、俺は壁の配線へ触れた。
違法配線は粗い。だからこそ流れが読める。
修繕で正規回路だけを生かし、落とされた灯りを順番に戻していく。通路が一列ずつ明るくなると、長沢の逃げた方向が浮かび上がった。
「北側排水路!」
辻本と監査担当が追い、玲奈が封鎖を回す。俺は残って参加者を引き返させた。
捕まえるのも大事だ。だが今は、巻き込まれないことの方がもっと大事だった。
その時、地上で雨が降り始めたという連絡が入る。
高架下バスターミナル支線。あそこは大雨に弱い。




