第30話 落札条件は無事故です
入札説明会で、俺は完全に場違いだった。
スーツ姿の業者たちに混ざって、作業靴のまま座っている保全現場責任者なんて普通はいない。だが今回は、現場側の意見聴取が正式条件に入った。
栄都メンテの担当は四十代半ばの男で、笑顔だけが妙に柔らかい。
「弊社はスピード重視です。見栄えの良い更新で利用者満足を高めます」
見栄え。満足。現場で一番信用できない単語が並ぶ。
他社も似たような売り文句だった。導線を広く見せる、広告連携できる、配信映えする。誰も、避難扉の閉まり方や深夜作業員の疲労まで話さない。
順番が回ってきて、俺は一枚だけ資料を出した。
「必要なのは新しい色じゃなく、無事故日数を伸ばす施工です」
会場が静かになる。
「交換周期、再点検の記録、深夜帯の再現訓練。この三つを契約に入れてください。あと、点検中の映像ログは市が持つ」
栄都メンテの担当が苦笑した。
「随分と厳しい」
「壊れた後に払う金額より安いです」
玲奈が横から補足する。
「今回の契約条件は“無事故を作ること”です。施工の派手さは評価外」
それで空気が変わった。売り込みの顔だった業者たちが、一斉に計算の顔になる。
説明会後、廊下で栄都メンテの担当が小声で言った。
「現場の人は現場だけ見ていればいいのに」
聞き飽きた台詞だった。
だが今は、昔と違う。
「現場が見える人間が条件を決めるから、今回ここにいるんです」
担当の笑顔が、そこで初めて消えた。




