第3話 地味スキル【修繕】は命をつなぐ
工具も替え部品も足りない。普通なら、ここで保守班の応援を待つしかない。
なのに俺の手は、折れた歯車の欠け目を正確になぞっていた。
ひびの走り方、噛み合わせ、負荷の流れ。頭の中へ図面みたいに浮かんでくる。
『修繕可能』
短い言葉が、誰の声でもなく響いた。
「は?」
自分でも間抜けな声が出た。だが次の瞬間、手のひらから熱が流れ込み、折れた歯車の欠けた縁がじわりと埋まっていく。
魔力だ、と気づいたのは、視界が少し暗くなってからだった。
「須藤さん!」
澪の声で我に返る。俺はすぐに補助ワイヤーを噛み直し、非常手動レバーを回した。
ぎぎ、と嫌な抵抗の後、シャッターが持ち上がる。
「今です、走って!」
三人の探索者が這うようにこちらへ飛び込んできた。三十代前半の営業マン風の男、二十八歳くらいの配送員、四十代の経理職らしい女性。全員きっちり大人の顔で、恐怖だけを剥き出しにしていた。
だが天井のきしみは止まらない。避難路側の梁まで亀裂が入っている。
「まだ落ちる!」
俺は反射的に梁へ手を当てた。さっきと同じ熱が走る。ひびの線が目に見えるみたいに浮かび、その通りに力を流すと、亀裂が少しだけ閉じた。
「……マジか」
「それ、スキルですか?」
「たぶん!」
自分のことなのに、説明が一番雑だった。
澪は驚きながらも、カメラを下ろさない。
「今、配信を開きました。保安局の連絡先も画面に流します」
「顔は映さないでください!」
「そこは守ります!」
その返事が意外と信用できた。
俺は誘導灯の配線も二本だけ繋ぎ直し、足元を照らす。配送員の男が女性を支え、営業マン風の男が澪の肩を借りて階段へ向かう。
最後に自分が離れる時、補修した梁からまた小さな音がした。
「急げ!」
全員で階段を駆け上がり、地上側の安全扉を閉めた瞬間、下で派手に何かが崩れた。
外ではすでに保安局と消防連携班が待っていた。先頭にいたのは、市ダンジョン安全室の高峰玲奈。三十一歳。無駄のないスーツ姿で、現場を一目見て眉を寄せる。
「救助者は四名、取材者一名、保守員一名。誰が判断しました」
「俺です」
「……外注腕章で?」
そこへ、遅れて倉田が駆け込んでくる。
「須藤! 勝手なことを」
だが最後まで言えなかった。澪がカメラを少し持ち上げたからだ。
「全部、配信に残ってます」
スマホが震える。画面には見知らぬ通知が何十件も並んでいた。
終電後の救助映像が、もう外へ出ているらしい。




