第20話 朝一番の安全確認
朝六時、桜葉ターミナルはいつもの顔へ戻りつつあった。
始発前のコンコース。清掃員が床を磨き、売店スタッフがシャッターを上げ、保全部隊の新しい腕章を巻いた俺たちが最後の確認を回る。
臨時保全部隊は、辻本、玲奈の部下二人、それに俺。名称は仮だが、やることは明確だ。壊れる前に見つけ、壊れたら最短で直し、人を通す。
南改札裏の非常扉A―17へ立つ。
すべての始まりになった場所だ。
継ぎ目を指でなぞる。昨日取り替えたばかりの蝶番は滑らかで、警告灯はきれいな緑を灯している。最後に、ボルト一本だけ僅かに遊んでいたので、指先の修繕で締めた。
「その程度なら工具いらないんですね」
澪がカメラ越しに言う。今日は広角じゃなく、作業手元だけを映す設定らしい。
「見つけた時点で直せるなら、その方が早いです」
「地味だなあ」
「派手じゃ困るんですよ、本当は」
始発ベルが鳴る。
ホームへ人の流れが戻ってくる。三十代の会社員、四十代の店長、夜勤明けの作業員。誰も、昨夜の深部で心臓核が暴れていたことなんて知らない。
知らなくていい。
何も起きない朝を作るのが、俺たちの仕事だ。
澪が小さく尋ねる。
「配信、締めます。最後に一言ありますか」
俺は緑の警告灯を見て、それから改札を通っていく人波を見た。
「見えない仕事でも、街はちゃんとその上を歩いてます」
それだけ言うと、澪は満足そうに録画を止めた。
始発列車が滑り込み、ホームドアが開く。
壊れた罠も、壊れかけた人生も、全部一度で完璧には直らない。
それでも今日また確認して、必要なら締め直して、次の朝へ通していく。
俺は新しい腕章の位置を整え、最初の点検表へペンを入れた。




