第13話 元上司の再就職依頼
蒸気が薄れると、倉田はいつものスーツ姿のまま立っていた。
隣には黒曜牙の装備を着た男が二人。黒瀬本人はいないが、用心棒としては十分だろう。
「余計な場所に鼻を突っ込んだな」
「灰塔設備の点検倉庫ですか。趣味が悪い」
俺が返すと、倉田は小さく笑った。
「まだ口が回るなら大丈夫だ。須藤、お前に悪い話じゃない」
「悪い顔してますよ」
「現場主任へ戻してやる。給料も、手当も、前より上だ」
澪が無言でカメラ角度を少し変える。胸元に仕込んだ予備端末へ音声が流れているのを、俺だけが知っていた。
倉田は続ける。
「大人はな、全部正しくなくても生きていける方を選ぶんだ。事故なんてどこでも起きる。責任を押しつけ合うより、丸く収めた方が現場は守れる」
「守れてませんよ」
俺は小部屋の積み上がった魔石箱を見た。
「ここにある全部が、その証拠だ」
倉田の顔から笑みが消える。
「お前一人が騒いだところで、市は桜葉を止めない。黒曜牙もスポンサーも、灰塔設備も、この駅で食ってる人間もいる」
「だから壊していい理由にはならない」
「綺麗事だ」
「現場が壊れたら、綺麗事を言う場所すらなくなるんです」
沈黙の後、倉田が吐き捨てるように言った。
「相変わらず扱いにくいな」
用心棒の一人が前へ出た瞬間、澪が足元の工具箱を蹴った。転がったスパナを俺が拾い、蒸気で緩んだ点検扉のロックへ突っ込む。
修繕。
逆だ。壊れて戻らないようにするんじゃない。戻るべき形へ戻す。
固着していた点検扉が一気に開き、俺たちは狭い非常通路へ飛び込んだ。背後で怒鳴り声が上がる。
だが逃げ切ったと思った直後、通路全体の風が止まった。
「……換気が死んだ」
肌で分かる。ダンジョンの呼吸そのものが鈍っている。
これは通路一つの問題じゃない。




