第11話 終電後の屋台で作戦会議
潜入の前に、一度だけ腹を満たした。
駅裏の高架下で、深夜だけ開くおでん屋台。店主の香織は三十三歳で、夜勤明けの社会人を相手にするのが妙にうまい。
「二人とも顔色悪いよ。はんぺん多めにしとく」
「助かります」
澪が湯気に眼鏡を曇らせながらノートを広げる。彼女が元テレビ局の社会部を辞めたのは二年前。駅構内の事故がスポンサー都合で握り潰されたのがきっかけだと、さっき聞いた。
「目立つ事故より、握り潰された小さい事故の方が、あとで人を殺すんです」
熱い大根を割りながら、澪はそう言った。
俺も似たようなことを考えていたのかもしれない。
「保守って、何も起きないのが成功なんですよ」
「うん」
「だから現場がちゃんとしてるほど、誰にも気づかれない」
香織が鍋の蓋を開けながら笑う。
「でも気づいてる人はいるよ。夜勤の人間は、毎朝ちゃんと電車が動くありがたさ知ってるから」
その何気ない言葉が、妙に胸へ残った。
食べ終えると、澪は新しい小型ドローンと替えバッテリーを見せてきた。
「スポンサー案件?」
「違います。昨日の投げ銭で買いました。使い道は全部、公開します」
徹底している。
俺たちは役割を確認した。俺が前、澪が後ろ。撮影は証拠優先、危険なら即切る。事故が起きた時だけは、視聴者に避難経路を伝える。
「配信って、本来そういうものの方がいい気がするんですよね」
澪が言う。
「人が落ちる瞬間より、落ちないようにする手順を見たい人も、ちゃんといる」
俺はうなずき、命綱を締めた。
「じゃあ行きましょう。今夜は、落ちない方を見せます」
高架下を出ると、終電後の駅舎は黒く大きい。
その裏で、誰かが隠してきた通路の入口が、冷たい風を吐いて待っていた。




