9 会議のお時間がやってまいりました
「さて、時間だ」
ロンシェは俯かせていた顔を静かに上げる。
皆が動きを止めて、ロンシェに注目した。
「本日はお忙しい中、本拠地へと足を運んでいただけたこと。感謝する」
感謝の言葉を述べて、ロンシェは頭を下げた。ロンシェが頭を下げると、皆もそれに倣って頭を下げたため、ルカも慌てて頭を下げる。
「此度の議題は二つ。『マールム』の少年、ルカの処遇について。そして、アラシの『ツインレイ』の討伐についてだ。まずはルカの処遇について各々、」
「……あの」
レイトが右手を挙げる。ロンシェは頷いて、発言を許した。
「あーっと、空気読めなくてすんません。どうしても気になって。──第三部隊隊長、レオンさんは欠席なんすか? あの人、こういう場にはよほどのことがない限り、必ず出席するお方だと思いますが。何かありました?」
「発言を遠慮することはない、レイト。質問が上がったため、お答えしよう。第三部隊隊長は現在、定期的に行われる『妖精族』との交流で出張中だ。残念ながら、会議には参加できない」
「ああ、なるほど。確かにそれは、中断ってワケにはいきませんね。貴重な友好関係ですし。ありがとうございます」
ルカはロルフの前にある、一つの空席へ目を向けた。
一つ、不自然に席が空いてたのはそういうことらしい。
「話を戻す。まずは、ルカの処遇について各々の意見を聞きたい。現状、判断するための情報が些少でな。ルカと共に過ごしたアンズ、ロルフ、メイズ、リル。この四名を一度優先し、意見を聞かせていただこう」
「────」
「……あァ、じゃァ。俺から始めた方が良さそうだ。俺からが一番わかりやすい進行だろォしな」
リルがアンズに無言で視線を送る。リルから受けた合図に応えて、アンズが右手を気怠げに挙げた。
ルカを拾った本人でもあることから、アンズの意見を優先してまず聞かせた方がいいとの判断だろう。誰一人として反駁しなかった。
「俺の意見としては、『白夜』に入隊させてェって所だ」
「理由を聞こう」
「理由は二つ。一つ、本人が望む形に一番近けェ選択肢だと思ったから。二つ、ルカが持つ『固有魔法』が、今の『白夜』には必須だと思われるから」
「……固有魔法『結界』か。リルから聞き及んでいる」
「そう。皆サマご存知の通り、現在『大結界』は第一部隊隊長、リズの失踪によって非常に不安定だ。『大結界』の核として、リズの部下三名が存在する以上。リズがいなくなったから今すぐ『大結界』を喪失するってなことはない。が、」
アンズが会議室にいる皆に、現状をルカでもわかりやすいよう一から伝える。
知識がないルカにとっては、助かる現状報告だ。
「『大結界』の管理をなさっていたのはリズだからな。『大結界』はあと数年持つかどうか、くらいだろ。そもそもリズが生きているのかどうかもわからないんだから、いずれ代替は探すことに……」
「────」
ロンシェは目が細めて、アンズを見定めている。アンズがロンシェの目を見て言葉を詰まらせた。
観察者としての冷たさを根底に潜ませている。そんな目だったのだ。
「おっと。悪りィな、おいたが過ぎたか。そんな目ェすんなよ第一部隊副隊長。とっくのとうに死んでるなんてこと、俺だって本気で考えてるわけじゃねェわ」
「そうか」
「ただな、代替はいた方がいい。雲隠れしたリズを発見できなかった場合の話……リズの『ツインレイ』を『継承』できなかった場合の話を、今のうちに考えておくべきだ。今すぐヤベェわけじゃねェなら、尚更。対応できる術を、今のうちに身につけておくべきなんじゃねェか」
「アンズの主張は以上か?」
「あァ」
アンズが発言を打ち止める。
ロンシェはロルフ、メイズ、リルの三名の顔を順々に見ていって、次に意見を述べる人間を探った。ロンシェが進行のための形式上の言葉を使おうと口を開いた所に、リルが右手を挙げる。
「次、私でいいでしょうか」
「許可する」
「私は、ルカくんを『白夜』に仮入隊させたいと考えています」
「仮入隊となると、保護に近い形を望んでいるようだな」
「はい。本人は望まないかもしれませんが」
リルはルカを一瞥する。
確かに生きると決めはしたが、ルカは保護を望んでいるわけではない。皆がルカを平気で置いていくその姿を見て、生存意欲に駆られたのだから。置いていかれたくはないのだ。
しかし、リルの言い分はなんとなく察しており、無闇に否定しようとも思わなかった。
「アンズさんの言う通り、彼の『固有魔法』が『白夜』にとって必要であることは確かです。が、彼自身がまだ未熟な子供であり、『白夜』として活躍させることと、自身の身を守らせることの両立は難しいと思われます。そこで、『固有魔法』を保護するような形式を取らせていただきたいなと」
「ルカの『固有魔法』を失うリスクと、ルカが『白夜』として働いて得られるメリットを天秤にかけた結果。リスクの比重が大きい、と。リルの主張は以上か?」
「はい」
リルが発言を打ち止める。
ロンシェはメイズとロルフの二名を、先ほどと同じような形で順々に見ていった。メイズが右手を挙げかけて、中断する。
ロルフが右手を挙げていた。左手は、血が滲み出そうなほど強く握りしめられている。
「……宜しいでしょうか? 第一部隊副隊長」
ロンシェは手を挙げかけたメイズに、確認の一瞥を与える。メイズは首肯して「構わない」と暗に伝えた。
「許可する」
「『マールム』の固有魔法が有用であることは認めます。今の『白夜』にとって、きっと必要であることも。ですが、」
ロルフは嫣然と微笑みを浮かべた。ルカは思わず、粟立った二の腕をさする。
あまりにも退廃的で、あまりにも怒気を孕んでいて、あまりにも憎悪で濁りきっている。
黒い感情そのものが、渦巻いているのを見た。
「──だからこそ、『白夜』を陥れる罠だとは考えられませんか?」
「は」
驚きで声を洩らしたルカにはお構いなく、ロルフの演説は止まらない。
「こちらの『マールム』が、生き残るために。大結界に役立つ『固有魔法』を持っているという事情を知る他種族と契約した、とは考えられませんか」
「……他種族の中でリズの失踪を知る者がおり、その者が『白夜』へ送り込んだ刺客、ということか? 少々、話が飛躍しているように感じられるが」
「第一部隊隊長の情報が洩れていようと、洩れていまいと、変わりがないのです。この話において大事な論点は、『結界』という『固有魔法』を知っていたかどうかでしょう。『大結界』の仕組みも、所詮は魔法の仕組み。この『マールム』を『白夜』に送り込めば。『大結界』の管理で大いに役立つことを証明できると、わかっていたのかもしれません」
「…………」
「最低限の結果であれば保護に近い形で『白夜』に。最低限でなければ、『大結界』にまつわる重要な隊員として存在することが可能である……と、考えたのかもしれません。そうなれば、契約で『マールム』経由の盗聴による情報収集は容易でしょう。もし叶わなくとも、それはそれで構わない捨て駒くらいの認識で済ませられる」
「契約を交わし、『白夜』へ刺客を送りこんでまで、情報収集に執着する『他種族』というのは? キミの話で出てくる他種族というのは、随分と執念深いようだが。目的が見えてこないな」
ロルフはロンシェの言葉に即答した。
ロルフのその口調には苦虫を噛み潰すような、目を逸らして耳を塞いでしまいたいものを感じさせる断定があった。
「生贄の献上でも、人族の隷属化でも。理由など幾らでも考えられますよ。──人族がどうなろうと構わない。人族など餌になることが当たり前だと、そう考える他種族は多くいるものですから」
「……そうか。それでは、キミはルカの処遇をどのように望む? 『白夜』内に取り込みたくない、情報を渡したくない、という意思表示は理解したが」
「『白夜』管轄の児童養護施設に入れることを望みます。通常、『白夜』で保護した者は、そのような形で居場所を与えられるものでしょう? 似たような環境下に置かれた子供達と交流を得られるという点では、『マールム』のためにもなるかと」
──よくも、まあ。
よくもまあ、ここまで平然と、「『マールム』のためにもなる」なんて嘘っぱちを吐けたものだ。『ルカ』という名前すら、呼びたがらない人が。
『マールム』を児童養護施設に送り込むことなど、全くもってしたくはないだろうに。『マールム』そのものが悪だという考えなのだから、他の可愛くて純粋な子供達に接触させてしまう機会など、与えたくはないだろうに。領土外に追い出してやるか、いっそこの場で殺してやりたくて仕方がないだろうに。
『マールム』だからといって、保護そのものを軽視するような発言は体裁上できないのだろう。
ルカはロルフの心中を自ら進んで想像してしまい、顔を顰める。
「ロルフの主張は以上か?」
「はい」
ロルフが発言を打ち止める。
ロルフの発言に区切りがつくと、ロンシェはすぐさまメイズに視線を送った。メイズは視線に応ずる。
「あー。この微妙な空気で、意見するのシンドイんですが。俺も、アンズさんと同じく、『白夜』に入隊させたいと思ってますよ。理由はちょっと違うんですけどね」
「理由を聞こう」
「理由は〜……まあ、二つですかね。一つ目は、皆が散々言ってる『固有魔法』の有用性。二つ目は監視、ってところかな」
「キミも、ルカは何らかの契約を交わしている可能性が高いと?」
「いや、その可能性自体は特別否定しませんけど。肯定もしませんね。俺が監視を望んでいるのは『マールム』としてというより、ルカ個人としてです」
ロンシェが微かに瞠目する。
メイズはロルフと似たような理由を持っていないにも関わらず。一見変哲もない一人の少年を監視したいと考えていることを、意外に感じたのだろう。
「それは何故だろうか」
「個人的に、なんとなーくルカに対する不信感があるから、ですかね。動機が曖昧というか、信用できないと言いますか。……詳しく話さなきゃダメですか? 感情論と近いことになるので、この場に相応しいかはちょっと不安ですね」
「……『ルカの動機を信用できない』という理由が聞けただけでも、十分だろう。無理に話す必要性はない」
「ありがとうございます。俺の主張は以上です」
会議の場において、単純な感情論は相応しくないと思ったのか。それともまとめきれていない意見を話させるのは、時間の無駄だと感じたか。メイズが話したがっていない、という意志の部分を尊重したのか。
ロンシェはメイズの話の簡略化を許可する。メイズが発言を打ち止めた。
「さて。ルカの処遇について、四名の意見を優先して聞かせて貰ったわけだが。一区切りついた今。レイト、ルカの発言を許可する。賛成、反対、提案。どれでも構わない」
ロンシェがレイトとルカに、現状考えている意見を言うよう視線で訴えかけた。
レイトはルカが考え込んでいるそぶりを確認すると、自身の意見から述べ始める。
「んー、俺は、そうっすね。正直なところ、このタイミングで固有魔法『結界』持ちが現れたことにはー……不信感を若干、若干は持っていますが。ルカくんの入隊には大賛成っすよ。働きで信用を勝ち取るって意味で」
レイトが軽い口調で話し終えると、ロンシェが発言を躊躇っているルカへ視線を向ける。
「先ほども言ったが、発言を遠慮することはない。特に、現在進行されている議題は、キミの将来に大きく関わるものだ。考えたことを話せば良い」
「……要望で、差し出がましいのは重々承知ですが。保護という形は、望ましくないなと思います。あらぬ嫌疑をかけられていることに関しては、口を挟む余地もないというか。偏見ですので。僕からは、発言のしようがないかと」
「そうか」
ルカの要望、感想を一通り静聴した後、ロンシェが瞑目する。会議室の中は冷たい沈黙で覆われた。
やがて、ロンシェはゆっくりと目を開ける。
「各々、意見を述べていただき感謝する。──キミ達の意見を踏まえ、判断を下すとしよう。ルカの処遇としては、仮入隊という形を取らせてもらう、」
リルが僅かに身じろいだ。
「だが。仮入隊して一ヶ月。一ヶ月の間は、通常の入隊と同様の扱いを受けさせる。もし、一ヶ月の間で任務に励み、自身の身を守れると判断できた場合。通常の入隊と同様の扱いを受けさせることとする。身を守れないと判断した場合には、リルの言う通り仮入隊という形で保護。以上」
淡々と最終的な判断を下したロンシェの言葉に、リルは安堵の息を吐く。アンズは肩をすくめて同意を示し、メイズとレイトは特に何の反応も示さずにロンシェの声を静聴している。
ルカとロルフは、
「…………」
「…………」
偶然タイミングが合って視線が交錯し、お互い即座に目を逸らした。
「次の議題に移る。アラシの『ツインレイ』の討伐についてだ」




